第057話 入場:魔力制限(ハンデ)のつもりでしょうが、基礎スペック(筋肉)が高すぎて素手で粉砕してしまいました
ドン・ゴルドーとの交渉(という名の脅迫合戦)を終え、わたしたちは闘技場の奥にある一室――選手用の居室に通されていた。
豪奢な家具が並ぶ広い部屋だが、窓はなく、分厚い鉄扉が外界との繋がりを断っている。
「ここがお前たちの部屋だ。……ボスのお慈悲に感謝するんだな」
案内してきた強面の部下が、ニヤニヤと笑いながらわたしたちを見回した。
「今夜くらいは同室にしてやる。明日の試合でお前が死ねば、残りの二人は慰み者だ。……せいぜい、今生の別れを惜しんでおくんだな」
彼は扉の取っ手に手をかけ、最後に凄んでみせた。
「間違っても逃げられると思うなよ? ここの警備は鉄壁だ。……大人しく運命を受け入れろ」
ガチャン、と重い金属音が響き、鍵がかけられた。
事実上の軟禁状態だ。普通の令嬢なら、絶望して泣き崩れるところだろう。
――だが。
「……ふぅ。やっと静かになりましたわね」
「ですねー。あの顔、絶対後で『ひえぇっ!』って言わせてやりたいです!」
「まあまあミリアちゃん。それより、時間がないよ! さっそく準備しなきゃ!」
部下の足音が遠ざかると同時に、わたしたちは素早く行動を開始した。
泣く? 絶望? ……そんな暇はない。
明日のデビュー戦に向けて、最高の「演出」を準備しなくてはならないのだから。
「さて……。出るからには、準備が必要ね」
わたしは姿見の前で、深紅の戦闘用ドレスの裾をつまんだ。
「あの『デカゴン』のリング……コンクリートのように硬いマットに、金網の壁。このドレスでは、あまりにも場違いだわ」
優雅に舞うには良いが、泥臭い金網デスマッチには不向きだ。ヒラヒラした装飾は掴まれる隙になるし、何より――
「あの場所には、もっと『殺伐とした華』が必要よ。観客が求めているのは、優雅な令嬢じゃない。……暴れ回る『悪役』だもの」
「ンン~~! その通り! その通りですぞレヴィ氏!」
それまでソファでふんぞり返っていたアリスが、ガバッと起き上がり、眼鏡をクイッと押し上げながら早口でまくし立て始めた。
「この状況、単なる露出では三流! 求められているのは『暴力的な支配者』の記号……すなわち! 黒革! 金属! そして機能美! バイク……じゃなくて魔導二輪車で荒野を爆走するような、煤とオイルの匂いがする『不良』なデザインこそが至高! ンン~~! イメージが沸いてきましたぞ~! 滾りますなぁ!」
アリスは備え付けのメモ帳とペンを取り出すと、ブツブツと呟きながら猛烈な勢いで何かを描き始めた。
その姿は、かつての聖女の面影など微塵もない。
「……アリス、あなたひょっとして……」
「はっ!? あ、えっと!?」
わたしの視線に気づいたアリスが、我に返ったように慌てて咳払いをした。
「そのっ、実は私、昔同人……じゃなくて、ちょっと絵心には自信があるの! あのリングにふさわしい、最強にクールな衣装、私がデザインしてあげる!」
数分後。アリスが「できたっ!」と掲げたスケッチを見て、わたしは思わず口笛を吹いた。
「……へぇ」
そこに描かれていたのは、貴族的な優雅さをかなぐり捨てた、荒々しくも機能的なスタイルだった。
黒いスポーツブラのようなタンクトップ。背中は大胆に開いており、わたしの鍛え上げた広背筋と脊柱起立筋を存分に見せつけることができる。
下は黒いデニム地のような丈夫なパンツ。動きやすいよう太ももにスリットが入っている。
そして入場用の、足首まである黒革のロングコート。
「どうかな? レヴィちゃんの腹筋も、背中の鬼も、これならバッチリ映えるよ!」
「……いいわね。気に入ったわ。採用よ」
わたしはニヤリと笑った。これなら文句なしだ。
「ただし、一つ注文を追加させてちょうだい。……腕に巻くバンテージのことなんだけど」
わたしは先ほどゴルドーの罠に使われた高級ソファを思い出していた。
「ミリア、ちょっと『交渉』して、『あのソファ』の生地を持ってこれないかしら?」
わたしの意図を察したミリアが、ニカッと笑って敬礼した。
「合点承知です! あの魔封じのベルベットですね? 商売道具にするなら、あいつらも本望でしょう!」
ミリアは通気口にするりと入り込み、数分後には先ほどのVIPルームから、切り刻んだソファの生地を抱えて戻ってきた。この子、一人でも脱出できるんじゃないかしら。
そこからの彼女は早かった。携帯裁縫セットを取り出し、目にも止まらぬ速さで針を動かし始める。
「弟たちの服を縫っていましたから、お裁縫は得意なんです! 任せてください!」
貧乏男爵家で培われた生活力という名のサバイバルスキル。彼女の万能従者っぷりには、毎度のことながら感服する。
「暗闇の間」に保存しておいた魔獣の革などの素材をふんだんに使い、見る見るうちに、アリスのデザインが立体化していく。
数時間後。
わたしは、完成した「戦闘服」に袖を通していた。
革の匂い。肌に吸い付くようなフィット感。
鏡に映るのは、東の辺境伯令嬢レヴィーネ・ヴィータヴェンではない。地下闘技場の怪物「北の撲殺令嬢」の姿だ。
大胆に露出した背中と腹部。
そこに浮き上がるのは、ボディビルダーのような肥大化した筋肉ではない。
北の氷獄で極限まで削ぎ落とされ、鍛え上げられた、ミスリル製のワイヤーを束ねたような「圧縮された筋肉」だ。
一見するとしなやかで女性らしいラインを保っているが、その実、密度は常人の数倍。皮膚の下には、凶器そのものの筋繊維が張り巡らされている。
そして、両腕に巻かれた、魔封じの生地で作られた黒いバンテージ。
「……ふむ。やはり、布一枚程度では完全に遮断できないわね」
わたしは拳を握りしめた。
かつて実家でつけた「封魔の拘束具一式」のような完全な無力化ではない。
体内の魔力回路が泥の中に沈んだように重く、流れが滞っている感覚。
「出力は……せいぜい一割から二割、といったところかしら」
だが、それでいい。
一割でも魔力が通れば、身体強化の「種火」は灯せる。
完全に消すのではなく、ギリギリまで絞ることで、暴走しがちな出力をコントロールし、相手に合わせて「プロレス」をする余裕が生まれるはずだ。
「あっ! 最後にこれを!」
ミリアがわたしの額に、黒いバンダナをキュッと結んだ。
その中央には、金糸で刺繍された『V&C商会』のロゴと、ドーンと描かれた「味」の文字。
「……なにこれ」
「スポンサー契約の証です! 一番目立つ額に広告を載せる……これぞ敏腕商人の基本です!」
……ダサい。死ぬほどダサい。
だが、この「ダサさ」と「強さ」のミスマッチこそが、わたしたちらしい。
「……フフッ。いいわね、これ」
わたしはバンダナを締め直した。
準備は整った。あとは本番を待つだけだ。
◆◆◆
翌日の夜。
重厚な扉が乱暴に開かれ、武装した部下たちが入ってきた。
「出番だ、出ろ」
短く告げられ、わたしたちは引き立てられた。
ミリアとアリスは、試合中の人質として、既に別の軟禁場所――おそらくVIP席から見える特別な檻か何かへと連れて行かれるようだ。
「レヴィーネ様ぁ~! 絶対助けてくださいねぇ~!」
「レヴィちゃぁ~ん! 怪我しないでねぇ~! 私たち待ってるからねぇ~!」
引き離される直前、二人は涙声(棒読み)で悲痛な叫びを上げていた。
ゴルドーの部下たちは、そんな二人を見ないふり聞かないふりを決め込み、ピクリとも表情を動かさない。
……もしこれが「絶対に笑ってはいけない地下闘技場」とかで耐えているのだとしたら、大したものね。
二人の姿が見えなくなると、わたしはふっと表情を引き締めた。
コミカルな時間は終わりだ。
――ここからは『暴力の時間』だ。
わたしは影から『漆黒の玉座』を取り出した。
魔力を調整し、今の出力でも持ち上げられる程度に「軽量化」させる。
それを片手で掴み、無造作に肩に担ぎ上げた。
「行くわよ」
ゲートが開く。
まばゆい照明と、観客の罵声、そして熱気が押し寄せてくる。
「――入場! 謎の新人、レヴィーネェェェッ!!」
アナウンスと共に花道を歩く。
観客からは「椅子なんか持ってきやがった!」「パフォーマンスかよ!」と野次が飛ぶ。
わたしは金網の扉の前で椅子を下ろし、カシャンと展開してリングサイドに設置した。
(――特等席で見ていてね、相棒)
わたしはコートを脱ぎ捨て、デカゴンのマットに足を踏み入れた。
対戦相手は、人食い虎の獣人。
身体強化を使った肉弾戦が得意なパワーファイターだ。地下格闘技場の常連らしく、観客からは「殺せー!」「引き裂けー!」と期待の声が上がっている。
「グルル……美味そうな女だ。その細腕で俺と殴り合うつもりか?」
(フフッ、いいわね。このバンテージのおかげで、今のわたしの魔力は出力一割程度。身体強化も最低限しか使えない)
これなら、一方的な蹂躙にはならないはず。
相手の攻撃を受け、いなし、反撃する。そんな熱い攻防が楽しめる!
わたしは足を踏ん張り、迎撃の体勢をとった。
(査定! 相手の身体強化アリ! そこそこ頑丈! 武装なし! ここでは素手喧嘩でいく! まずは魔封じの布での割と安全なナックルパートの打ち合いから!)
わたしは「軽く」左手を突き出した。
魔力をほとんど乗せない、挨拶代わりのジャブ。出力10%なら、鼻血が出る程度で済むはず――
ドパンッ!!!
乾いた音ではない。濡れた雑巾をコンクリートに叩きつけたような、重く、湿った爆音が響いた。
「あぶっ……!?」
わたしの拳がかすった瞬間、獣人の顔面が波紋のように歪んだ。
そして次の瞬間、その巨体は物理法則を無視した速度で後方へすっ飛んでいった。
ガシャァァァァンッ!!!
対面の金網に激突した獣人は、バウンドすらせず、そのまま金網に深くめり込んだ。
特殊合金製の頑丈な金網が、彼の背中の形にべっこりとひしゃげ、彼はそのまま網に捕らえられた虫のように宙吊りになって沈黙する。
「…………え?」
わたしは突き出した左拳を凝視した。
バンテージは機能している。魔力は確かに一割程度しか出ていない。
だというのに、なぜ?
(……あ。そういえば、わたしの筋肉……魔力がなくても『ドラゴンの鱗を素手で割る』くらいには、密度が仕上がっていたんだったわ……!)
結論:魔力出力を絞ったところで、基礎スペック(圧縮された筋肉)が高すぎてデバフになっていない。
静まり返る会場。
引きつった顔のゴルドー。
そして、軟禁部屋のモニター越しに「やっぱりかー!」と突っ込むアリスの声が聞こえた気がした。
「……しょ、勝者! レヴィーネェェェッ!!」
審判の震える声に、わたしは気まずそうに拳を下ろした。
……どうやら、この程度のハンデでは、わたしの「悪役」としての格は落とせないらしい。
ハンデとして魔力を制限したはずが、基礎スペックが高すぎてハンデになっていませんでした。獣人を素手で金網にめり込ませる令嬢、これぞ「北の撲殺令嬢」の真骨頂です。
秒殺劇に爽快感を感じていただけましたら、ぜひ★で応援してください!




