第056話 【カジノ編】魔封じの椅子? 筋肉の前では無力です。地下闘技場(リング)への出演契約(カチコミ)を結びました
通されたのは、カジノの最上階にあるVIPルームだった。
床にはふかふかの絨毯、壁には名画、そして窓からはゴールド・ベガスの夜景が一望できる。
「まあ掛けたまえ。極上のワインを用意させよう」
ゴルドーが勧めたのは、部屋の中央にある深紅のベルベット張りのソファだった。
いかにも高級そうな家具だが、わたしの悪役センサーが微かに反応する。
(……あら? この魔力の流れ……)
わたしは警戒しつつも、あえて無防備にそのソファへと腰を下ろした。
隣にはアリスとミリアも座る。
ズシッ。
座った瞬間、身体に鉛のような重さがのしかかった。
アリスが「うぐっ!?」と声を上げて沈み込む。ミリアも顔をしかめている。
「……あら? 随分と体が重いですわね。……この生地、『魔封じのベルベット』ですの?」
わたしが涼しい顔で尋ねると、ゴルドーは勝ち誇ったように笑った。
「その通り! 高名な魔導師をも無力化する特注品だ。これに座れば、魔力回路が圧迫され、指一本動かせなくなる!」
ゴルドーが指を鳴らすと、隠し扉から武装した部下たちが現れ、わたしたちを取り囲んだ。
「単刀直入に言おう。カジノから巻き上げた金、ミソ・ディップの違法販売による利益、店の壁の修繕費、そして諸々の迷惑料……。しめて一億ベルだ」
「……一億? 随分と吹っかけましたわね」
わたしは眉一つ動かさずに答える。
一億ベル。ちょっとした都市の年間予算にも匹敵する金額だ。
「支払えなければ、お前たちには身体で払ってもらう。……私の『愛人』兼『所有物』としてな」
典型的な脅しだ。
アリスが涙目でわたしを見る。「レヴィちゃん、動けないよぉ……」
――やれやれ。
わたしはため息をつき、テーブルの上のグラスを手に取った。
「……ふうん。座り心地は最悪ね」
ギシッ……バキィッ!!
わたしは、魔力を封じられたままの身体で、強引に立ち上がった。
純粋な筋力だけで、魔封じの拘束圧力をねじ伏せる。
ソファのフレームが悲鳴を上げ、脚がへし折れた。
「な、なにィッ!?」
ゴルドーが葉巻を取り落とす。
「馬鹿な! 魔力なしで動けるはずが……貴様、何者だ!?」
「ただの通りすがりの『悪役令嬢』ですわ」
わたしはワインを一息に飲み干し、グラスを握りつぶした。パリンッ。
「安いお芝居はそこまでになさい。……ただ」
わたしは壊れた肘掛けの断面から覗く、特殊な黒い繊維を指先で弾いた。
「家具としては三流ですが……この素材の『魔力遮断性能』だけは、評価に値しますわね」
わたしはチラリとミリアに視線を送る。
ミリアも微かに頷き、その特殊な生地の質感を、商人の目つきで記憶に焼き付けていた。
(……覚えておきましょう。使い道がありそうだわ)
「ええい! 何をしている、構えろ!」
ゴルドーの怒号と共に、部下たちが一斉に武器を構えた。
銃口には魔石が埋め込まれた魔導銃。そして、魔法の威力を収束させるための杖。
この世界における、対人制圧用の標準装備だ。
カチャリ、と硬質な音が室内に響く。
「動くな! こいつらの命が惜しければな!」
狙いはわたしではない。動けないアリスとミリアに向けられている。
その数、十三。
(……ふむ。魔力を封じられた状態での、一対十三)
わたしは脳内でシミュレーションを行う。
ソファを盾にして射線を切り、テーブルを蹴り飛ばして三人無力化。残りは鉄扇と素手で制圧。
わたしの本気の一割も出せば、二人に被害を出すこともなく、秒を数える間もなく制圧できるだろう。
――だが。
(……ここで暴れても、ただの「暴力沙汰」で終わってしまうわね)
せっかくの黄金の都だ。もっと派手で、もっと実入りのいい「興行」に繋げなければ面白くない。
ここは乗っておこう。なにやら面白いことになりそうだもの。
「きゃあー、レヴィちゃん、たいへーん」
「ああっ、銃を向けられては、か弱い私たちには手も足も出ませんー」
わたしの心を読んだかのような、たくましい仲間達の棒読み気味の声を聞き流し、わたしはゆっくりと両手を上げた。
「……わかったわ。降参よ」
「フン、賢明だ。……だが、ただ返すわけにはいかん」
ゴルドーは脂ぎった顔で笑い、部屋の奥にある強化ガラスの窓際へと歩いていった。
「こっちへ来い。……お前に、選択するチャンスをやろう」
わたしは促されるまま、窓の外を見下ろした。
「さあ、見るがいい。これがこの街の『裏の顔』だ」
眼下に広がっていたのは、熱狂と鉄錆の匂いが充満する、巨大な地下空間だった。
薄暗い会場の中央、まばゆい魔導照明に照らされているのは、高さ3メートルほどの金網に囲まれた十角形のリング――「デカゴン」だ。
そこでは今まさに、二人の大男が血みどろの殴り合いを演じていた。
一人はトゲ付きの肩パッドをつけた巨漢、もう一人は全身に入れ墨を入れた狂戦士。
逃げ場のない檻の中で、金網に押し付けられ、顔面を削られる音がガラス越しにも聞こえてきそうだ。
「ひぃー、なんて残酷なのー」
「あんなの、人がすることじゃありませーん」
アリスとミリアが、申し合わせたような棒読みの悲鳴を上げ、口元を押さえて震える(フリをする)。
ゴルドーは(その演技に気づく様子もなく)満足げに鼻を鳴らした。
「ハッハッハ! そうだろう、そうだろう。ここは法の及ばぬ無法地帯。金と力がすべての『黄金の檻』だ」
彼はわたしの方を向き、ねっとりとした視線を送ってきた。
「レヴィーネ、と言ったか」
ゴルドーはわたしの全身を値踏みするように眺め、ニタリと笑った。
「その立ち居振る舞いに、仕立ての良いドレス……。どこぞの貴族の娘、といったところか?」
「……」
「賢い選択をするんだな。私の『愛人』になれば、こんな野蛮な真似は勘弁してやってもいい」
彼は窓ガラスに手を突き、眼下の惨劇を指差した。
「だが、断るなら話は別だ。あそこの『黄金の檻』の中で、存分に見世物になってもらう」
「見世物、ですか」
「ああそうだ。お前がカジノで見せた暴力はともかく……あの中には理性がないケダモノみたいなやつも、凶暴な獣人もいる」
ゴルドーはわたしの耳元で、楽しげに囁いた。
「さて、温室育ちのお嬢様が、奴らの前でどこまで耐えられるかな? 愛玩人形として可愛がられるか、獣の餌として消費されるか……。好きな方を選ぶがいい」
「…………」
わたしは扇子で顔の下半分を隠し、じっとリングを見つめたまま、小刻みに肩を震わせていた。
ゴルドーはそれを「恐怖による震え」だと勘違いしたようだ。
アリスとミリアが、チラリとわたしを見て、目だけで会話を交わしているのがわかった。
(……あーあ。これ、レヴィちゃんワックワクだろうなぁ……)
(……間違いありません。レヴィーネ様、絶対にご自分で選手としてやりたがる目をしてらっしゃいます……)
――その通りよ、二人とも!
わたしの震えは、恐怖などではない。抑えきれない興奮、そう、「武者震い」だ!
(なんてこと……! 前世の記憶にある、あの伝説の金網リングそのものじゃない!)
わたしはガラスに張り付かんばかりの勢いで、眼下の攻防を食い入るように分析していた。
(見て! あの巨漢のラリアット! 派手な音と血飛沫が上がっているけれど、インパクトの瞬間に首の急所を微妙に逸らしているわ! 殴られた方も、金網の反動を利用してダメージを逃がしている!)
素人目には残虐な殺し合いにしか見えないだろう。
だが、わたしの目は誤魔化せない。
(選手のレベルや戦闘技術そのものは低俗ね。身体強化の使い方も雑だわ。……でも!)
狂戦士が、隠し持っていたフォークで巨漢の額を切り裂く。鮮血が舞い、観客が沸く。
(あっ! 今の展開! 観客のヘイトを一点に集めるための、完璧に調整された『台本』通りの動きね! 出血量も、額の浅い部分を切って派手に見せているだけ! ダメージは見た目ほどじゃないわ!)
わたしは感動に打ち震えた。
ここはただの殺し合いの場ではない。
観客を熱狂させ、金を動かし、興奮の坩堝へと叩き込むために計算され尽くした、「闘いのショーアップ」が完成された空間なのだ。
(素晴らしいわ……! ここには『プロのエンターテインメント』の土壌がある!)
わたしの思考が、高速で回転を始める。
この金網。この照明。この観客の熱気。
ここに、「最強の悪役令嬢」という劇薬を投入したら?
さらに、圧倒的な実力差を見せつけた後で、まさかの「敗北」を演じたら?
――ドォォォンッ!!
脳内で、特大の爆発音が響いた。
カタルシス。興奮。そして、莫大なファイトマネー。
すべてが手に入る未来が見えた。
「……くっ、くふふ……」
思わず漏れそうになった笑い声を、咳払いで誤魔化す。
わたしはゆっくりと振り返り、恐怖に青ざめた(ように見える迫真の演技の)顔で、ゴルドーを見上げた。
「ほう? やっと素直になる気になったか」
「ええ」
わたしは鉄扇をパチンと閉じ、胸の前で握りしめた。
「私自身が、選手として出ますわ」
「……なんだと?」
ゴルドーの葉巻が、ポロリと床に落ちた。
「そのリングに、私が立つ、と言っているのです。借金も、人質の解放も、すべて私の『腕っぷし』で精算させていただきます」
わたしはガラス越しに、血塗られたデカゴンを指差した。
「ファイトマネーは、そのまま全額私にベットしてくださいな」
「くっ……ははは! 面白い! カジノで見せた腕っぷしに、それほどの自信があるというわけか!」
ゴルドーは腹を抱えて笑った。
愛人か見世物か、という二択を迫った相手が、まさか自ら「見世物」としての最強のポジションを要求してくるとは思わなかったのだろう。
「ふふふ……強者との闘いこそ、私の望むところですわ」
わたしの不敵な笑みに、ゴルドーもまた、底知れぬ欲の光を瞳に宿して笑い返した。
「いいだろう! せいぜい勝ち進んでみるんだな! もし仮に、仮にだが、新参者の女が前座から成り上がったなら、それはそれで地下闘技場に新しい風が吹く!!」
アリスが「やっぱり言い出したー!」と天を仰ぎ、ミリアが「それでこそレヴィーネ様です!」とガッツポーズをする(人質なのに)。
こうして、最強の悪役令嬢の、地下闘技場デビューが決まったのだった。
魔力を封じる罠? そんなものは筋肉の前では誤差の範囲です。まさかの「自分から出場を志願する」展開。次回、いよいよ「北の撲殺令嬢」、地下リングに降臨です!
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