第054話 【第2シーズン(海外編)開始】傷心旅行? いえ、カジノへの「殴り込みツアー」に変更されました
【第2シーズン開始】
悪役令嬢、世界に殴り込む編
※本シーズンでは、主人公の舞台が国外へと広がり、
国家・宗教・文明そのものに介入していく物語が展開されます。
帝国の港を出て、数日。
わたしたちを乗せた帝国の交易船は、どこまでも続く青い海原を滑るように進んでいた。
甲板のデッキチェア(もちろんわたしが持ち込んだものだ)に寝そべり、潮風に当たっていると、隣でトロピカルジュースを飲んでいたアリスが、ふと思い出したように尋ねてきた。
「ところでレヴィちゃん、行く先は決めているの?」
「それが、特に決めてはいないのよね……」
わたしはサイドテーブルに広げた世界地図(そこそこの精度のものだ)に視線を落とし、東の果てにある島々を指先でなぞった。
「ただ、漠然と考えているのはこのあたりかしら。……ジンのご先祖さまと、ミリアのお母様にショーユとミソの作り方を伝授した旅人。どちらも『東の島国』の出身だというから、きっと『そう』だと思うのよ」
「あー、なるほどね。『あっち』ね。わかるわかる」
アリスがポンと手を打ち、ニシシと笑う。
前世の記憶を持つわたしたちにとって、味噌と醤油、そしてカタナが存在する国といえば、答えは一つだ。
「だから、そのあたりを目指そうかとは考えているのだけれど……」
わたしは地図の上で、現在地から東の果てまでの距離を指で測り、ため息をついた。
「どう考えても、航路の最後の経由地なのよね。ここからだと、船を乗り継いで数ヶ月はかかるわ」
「うへぇ、さすがに遠いねえ。いくらレヴィちゃんとの旅が楽しくても、ずっと船の上じゃ干からびちゃうよ」
「ええ。まあ、今回の旅は見聞を広めることが第一だから、焦る必要はないわ」
わたしは懐から、一枚の豪奢な金属プレートを取り出した。
表面には帝国の紋章が刻まれ、魔力で青白く輝いている。
これは今回の出立に際し、第二皇子と第一皇女から餞別として押し付けられた……いただいたものだ。
「この『皇帝の道』があることだしね。帝国の船ならどこの泊地からでも、無期限で、最上級船室に乗れるフリーパスよ。どこで降りてもいいし、気ままに羽を伸ばすとしましょう」
「さすが皇族だね! 太っ腹スポンサー!」
アリスが無邪気に喜ぶ横で、わたしはプレートを握りしめ、水平線の彼方を見つめた。
(……ノア)
胸の奥が、チクリと痛む。
あの小さな「兄弟」を看取った時の、手の冷たさと、魂の熱さ。
わたしはまだ、あの別れから完全に立ち直れてはいない。
ふとした瞬間に、彼の笑顔や、最後に交わした約束が蘇り、心に穴が空いたような寂しさに襲われる。
けれど、わたしは「悪役」だ。
湿っぽい顔をして周りに気を遣わせるなんて、三流のすること。
だからわたしは、精一杯の強がりで、口角を吊り上げた。
「せいぜい楽しむわよ。……世界は広いんだもの」
そう、自分に言い聞かせるように呟いた、その時だった。
「――むぅ! またお二人だけで、私にはわからない言葉でお話しして!」
背後から、不満げな声が飛んできた。
振り返ると、両手に大量のトウモロコシ(おやつ用らしい)を抱えたミリアが、頬を膨らませて立っていた。
「ミリア。別に内緒話をしていたわけじゃないわ。どこに行こうか話していたのよ」
「むー、怪しいですよ! 『そう』とか『あっち』とか、絶対私だけ仲間はずれにしてます!」
ミリアはズカズカと歩み寄ると、テーブルの地図を覗き込み、そして瞳をキラリと光らせた。
「……レヴィーネ様。この旅の最大の目的は、『見聞を広めること』なんですよね?」
「ええ、まあそうね。世界の理不尽をへし折りながらね」
「でしたら! 何はともあれ、まずは『懐』を潤しませんか?」
「懐?」
ミリアはニヤリと笑い、地図上のある一点――現在地からほど近い、巨大な島を指差した。
「船員さんから聞きました。次はここ、『ゴールド・ベガス』に寄港するそうです。……大陸有数のカジノと、世界中の富が集まるリゾート地ですよ!」
「カジノ……?」
その単語を聞いた瞬間、アリスがガタッと身を乗り出した。
「カジノ!? レヴィちゃん、私、行きたい! 任せてよ、この手のゲームは『昔』から得意なの! 廃課金ガチャとRTAで鍛えた『乱数調整』の勘、見せてあげる!」
「あ、アリスさんばかりズルいです! 私だって、この島なら『ヴィータヴェン産ミソ・ディップ』が高値で売れると踏んでいるんです! 富裕層の舌を唸らせて、活動資金を稼ぎましょう!」
二人の目が、欲望のマークになっている。
……やれやれ。感傷に浸っている暇なんてなさそうだ。
わたしは苦笑し、鉄扇を開いた。
「いいでしょう。……まずはその『黄金の都』とやらで、運試しと行こうじゃないの」
船の前方に、煌びやかなネオンと、欲望の匂いを漂わせる巨大な人工島が見えてきた。
新たなリングの予感に、わたしの心が、少しだけ高鳴った。
◆◆◆
夜。甲板に出たわたしは、月明かりの下で「相棒」の手入れをしていた。
『漆黒の玉座』を影から取り出し、クロスで丁寧に磨き上げる。
「……ふふ。いい艶ね。潮風に負けないよう、コーティングもしっかりしておきましょう」
わたしは椅子に語りかけるように、魔力を注ぎ込んでいく。
ドワーフの遺跡で出会い、わたしの魔力で生まれ変わったこの黒鋼は、わたしの魔力に敏感に反応する。最近では、言葉を交わさずとも意志が通じ合っているような気さえしていた。
「ねえ、レヴィちゃん。何してるの?」
背後からアリスが顔を出した。ミリアも一緒だ。
「あら、起きてきたの?……少し、この子と『対話』をしていたのよ」
「対話って……椅子と?」
アリスが呆れたような顔をする。
「ええ。この『黒鋼』という素材はね、注ぎ込む魔力の密度によって、その『質量』を変化させる特性があるみたいなの」
わたしは実験の成果を見せることにした。
「アリス、これを持ってみて」
「え? うん、いいけど……」
アリスが椅子の背もたれを掴み、持ち上げようとする。
――ビクともしない。
「っぐぬぬ……! お、重っ……!? 何これ、床に張り付いてるの!?」
アリスが顔を真っ赤にして踏ん張るが、数ミリも動かない。数百キロの鉄塊なのだから当然だ。
「ふふ。……じゃあ、次はどうかしら」
わたしは椅子の背に手を添え、優しく魔力を流し込んだ。
イメージするのは「羽毛」。重力からの解放。
わたしの魔力回路と椅子の分子構造がリンクし、質量への干渉が行われる。
「――はい、どうぞ」
「えー、変わんないでしょ……って、うわっ!?」
アリスが再び力を込めると、今度は勢い余って椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。
彼女の手の中で、あの重厚な鉄塊が、まるでバルサ材の模型のように軽々と舞っている。
「か、軽い!? 風船みたい!」
「魔力制御による『軽量化モード』よ。これなら、あなたでも片手で持てるでしょう?」
「すごいですレヴィーネ様! これなら、私たちでもレヴィーネ様の『相棒』をお運びできますね!」
ミリアが目を輝かせる。
「ええ。これからの旅、何があるかわからないわ。いざという時は、あなたたちにこの子を預けることもあるかもしれない。……その時は頼んだわよ?」
わたしが言うと、二人は真剣な顔で頷いた。
「任せて! レヴィちゃんの魂、絶対守るから!」
「命に代えても!」
……まあ、命に代えるほどではないのだけれど。
わたしは軽くなった椅子を撫で、夜空を見上げた。
(頼むわよ、相棒。……これからは、もっと身軽に暴れまわりましょう)
最強の悪役令嬢、次はカジノへ殴り込みである。
傷心旅行のはずが、いつの間にかカジノへの殴り込みツアーになってしまいました。次回からは欲望渦巻く「黄金の都」でレヴィが大暴れ(物理)します!
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