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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: 月館望男
【第6部】帰郷・生命の賛歌編 ~死の運命にある少年と、魂のタッグマッチ~
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第050話 敗北:特製ちゃんこもスクワットも、死神には届かないのか?

 ノアと魂の「兄弟(ブラザー)」の契約を交わした翌日。

 わたしの――いいえ、わたしたちチーム・レヴィーネによる、全力のサポートが始まった。


 場所は、ノアの療養所である離れの庭。

 そこには今、香ばしい味噌と出汁の香りが充満している。


「さあ、出来ましたよ! 離れ特設リング、最初の補給物資! 特製『ヴィータヴェン風・滋養強壮ちゃんこ(消化ケアver.)』です!」


 割烹着姿のミリアが、土鍋の蓋を開ける。

 もわっと立ち上る湯気。中には、消化に良い鶏団子、くたくたに煮込まれた根菜、そしてたっぷりの豆腐。

 ラノリア王国で数多の虚弱な男たちをマッチョに変え、帝都の親衛隊たちの心を救ってきた、実績ある「魔法のスープ」の改良版だ。


「すごい……。いい匂いです、姐さん、ミリアさん」


 車椅子のノアが、目を輝かせる。

 その横では、アリスが心配そうに、しかし励ますように微笑んでいる。


「ノア君、無理しないでね。でも、これを食べればきっと体力がつくよ」


「ええ。まずは『食う』ことよ、ノア」


 わたしは熱々のスープを椀によそい、彼の前に置いた。


「人間、腹にモノが入らなきゃ戦えないわ。胃袋を動かし、血を巡らせ、細胞の一つ一つに燃料をくべるの。……さあ、食べなさい」


 わたしの理論は完璧だった。

 これまでの経験がそう告げている。「食べる」ことは「生きる」ことへの渇望。それを呼び覚ませば、体は必ず応えてくれるはずだと。


「……はいッ! いただきます!」


 ノアは震える手でスプーンを持ち、スープを口に運んだ。

 一口。二口。

 その顔に、パァッと赤みが差す。


「……おいしい。すごく、温かいです……」


「でしょう? ミリアの腕は確かなのよ。全部平らげたら、次は軽めのスクワットよ。筋肉がつけば体温が上がって免疫力も――」


 わたしが明るく言いかけた、その時だった。


 カランッ。


 ノアの手からスプーンが滑り落ちた。

 彼の顔色が、一瞬にして土気色に変わる。


「う、っ……ぷ、ぅ……ッ!!」


 ノアは口元を押さえ、苦しげに身をよじった。

 そして、堪えきれずに、食べたばかりのものを全て吐き戻してしまった。

 吐瀉物には鮮血が混じっている。


「ノア!?」

「ノア君!?」


 わたしとアリスが駆け寄る。

 ノアは呼吸を荒げ、脂汗を流しながら、必死に謝罪の言葉を紡ごうとする。


「ご、ごめんなさい……せっかく、作ってくれたのに……ごめんなさい、姐さん……」


「喋らなくていいわ! アリス、治癒魔法を!」

「や、やってる! でも……魔力の通りが悪いよ!?」


 アリスの手から光が溢れるが、ノアの苦悶の表情は消えない。むしろ、魔法の光を受けるたびに、苦しそうに顔を歪める。

 そこへ、屋敷の主治医が血相を変えて走ってきた。


「何を食べさせたのですか!?」


 医師はわたしを一喝し、ノアの脈を取った。


「……消化不良を起こしています。彼の内臓は、もう固形物を受け付けて栄養に変える力すら残っていないのです! 今の彼には、食事という行為そのものが『毒』になりかねない!」


「な……」


 わたしは言葉を失った。

 栄養が、毒?

 食べれば元気になるはずの食事が、生きるための行為が、彼を苦しめた?


「……安静にさせてください。これ以上の負荷は、寿命を縮めるだけです」


 医師に連れられ、ノアはベッドへと運ばれていった。

 去り際、彼は申し訳なさそうに、けれど必死にわたしに手を振った。

 その姿が、胸に突き刺さる。


 残されたのは、冷めかけた鍋と、私たちだけ。


「……そんな。私のちゃんこが……」

 ミリアが鍋のふちを掴み、悔しそうに俯く。


「……ごめんね、レヴィちゃん。私の回復魔法も、なんだか弾かれちゃって。……彼の体、魔力への抵抗力も極端に落ちてるみたい」


 アリスが沈痛な面持ちで告げる。


 物理(栄養)も、魔法(治癒)も、通じない。

 わたしは拳を握りしめた。爪が食い込む。


「……まだよ。食事ダメなら、他の方法で――」


 言いかけて、わたしは口をつぐんだ。

 食事すら受け付けない体で、運動などできるはずがない。エネルギーがないのにエンジンを回せば、焼き付いて壊れるだけだ。


 その時、庭の向こうから楽しげな声が聞こえてきた。


「兄さん! 見て、走れるよ! こんなに走れる!」

「ああ、すごいぞ! でも転ぶなよ!」


 芝生の上を駆け回っているのは、ジンと一緒にこの地へ静養に来ていた、彼の妹だ。

 彼女もまた不治の病とされていたが、わたしが渡した最高級ポーションと、その後の適切な食事療法(ちゃんこ含む)によって、劇的に回復していた。

 頬は薔薇色に輝き、その足取りは軽い。

 まさに、わたしの「成功例」だ。


 ジンがこちらに気づき、会釈をしてくる。妹も、満面の笑みで手を振ってくれた。

 わたしは、引きつった笑顔で手を振り返すことしかできなかった。


(……どうして?)


 同じ病弱な子供。同じように手を尽くした。

 なのに、片方は光の中を走り回り、片方は吐瀉物にまみれてベッドに横たわっている。


 これが、「寿命」の差なのか。

 ポーションやちゃんこで埋められるのは「体調」の溝であって、あらかじめ定められた「運命」の溝ではないということなのか。


 その夜。わたしは自室で、一人『漆黒の玉座』を磨いていた。

 黒鋼の冷たい感触。

 こいつがあれば、どんな敵も倒せた。どんな壁も壊せた。

 魔王級の魔物も、腐った貴族も、世界の管理者さえも、物理でねじ伏せてきた。


 けれど。


「……殴れない」


 わたしはクロスを握りしめ、玉座の座面に額を押し付けた。


 敵がいない。

 ノアを苦しめているのは、誰かの悪意でも、システムでもない。

 ただ、彼自身の生命力が尽きかけているという、自然の摂理。


 殴る相手がいなければ、この最強の鈍器はただの鉄屑だ。

 前世のわたしが一番恐れていた「どうしようもない手詰まり」が、今世の最強の肉体を持ったわたしを、再び嘲笑うように包囲していた。


「……クソッ」


 絞り出した声は、誰にも届くことなく夜の闇に消えた。

 タッグを組んだばかりだというのに、わたしはパートナーとして、彼に何一つしてあげられていない。

物理も栄養も通じない壁。最強の彼女が初めて直面する「無力感」です。


ここからの再起にご期待いただける方は、評価をお願いいたします。

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