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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: 月館望男
【第6部】帰郷・生命の賛歌編 ~死の運命にある少年と、魂のタッグマッチ~
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第049話 邂逅:その少年は『悪役』に憧れていた。……なら、見せてあげるわ。本物のヒールを

 翌日。

 屋敷はまだ、弟の誕生を祝う祝祭の熱気に包まれていた。

 父ユリスは親バカ全開でゆりかごにへばりつき、ミリアとアリスは厨房でお祝いの特別メニュー(ミソ仕立ての鯛の尾頭付きなどという渋いものだ)の開発に勤しんでいる。


 そんな喧騒から少し離れるように、わたしは一人、屋敷の裏手へと足を向けた。

 目指すのは、木立の向こうにひっそりと佇む「離れ」。

 昨日、そこからこちらを見つめていた、小さな影の正体を確かめるために。


 離れの庭は、綺麗に手入れされているものの、どこか寂しげな静寂に包まれていた。

 色とりどりの花が咲いているのに、生命の熱量が感じられない。まるで、ここだけ時間が止まっているかのような。


 その庭の片隅、大きな樫の木陰に、彼はいた。


 車椅子に座り、膝に分厚い本を乗せ、じっと空を見上げている少年。

 年齢は十歳くらいだろうか。けれど、その体躯はあまりに小さく、細い。

 陶器のように白い肌、色素の薄い髪。触れれば折れてしまいそうな指先。

 まとう空気は、生まれたばかりの弟とは対極にある――静かで、冷たい、「終わり」の予感。


 わたしは、砂利を踏む音を隠さずに近づいた。

 少年がビクリと肩を震わせ、ゆっくりと車椅子を回してこちらを向く。


「……あ」


 わたしと目が合った瞬間、彼の虚ろだった瞳に、信じられないほどの光が宿った。

 それは、恐怖でも警戒でもない。

 憧れ、驚き、そして歓喜。


「本物、だ……。黒いドレスに、鉄の扇子……」


 彼は震える手で車椅子の車輪を掴み、前のめりになった。

 まるで、夢か幻を見ているような表情で、掠れた声を絞り出す。


「はじめまして、『北の撲殺令嬢』……。僕の、ヒーロー」


 その瞬間、わたしの脳裏にフラッシュバックしたのは、かつての自分。

 消毒液の匂いがする病室で、動かない体を呪いながら、それでも画面の中のプロレスラーに憧れ、焦がれていた、あの頃の「わたし(鷹乃)」の姿だった。


(……ああ。この子は、わたしだ)


 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。

 この子がここから動けずにいる間、どれだけの渇望を抱いて外の世界を見ていたのか。痛いほどにわかってしまう。


「……ヒーロー?」


 わたしは感傷を振り払うように、パチンと鉄扇を鳴らした。

 優雅に、そして傲慢に、悪役の仮面を被る。


「聞き捨てなりませんわね。わたくしはレヴィーネ・ヴィータヴェン。泣く子も黙る、天下の大悪党ですわよ?」


 少年――ノアは、わたしの言葉に怯えるどころか、さらに瞳を輝かせた。


「知っています。……学園の決闘で、魔剣を椅子で叩き折ったこと。ラノリア王国で、悪い大人たちを全員投げ飛ばしたこと。……全部、知っています」


 ノアは、膝の上の分厚い本を、宝物のように差し出した。

 それは、本ではなかった。不器用な手つきで綴じられた、手製のスクラップブックだ。


 中を見ると、帝都の新聞の切り抜きや、風の噂を書き留めたメモ、そして想像で描かれたであろう「私が大立ち回りを演じている挿絵」が、びっしりと貼られていた。

 挿絵の中のわたしは、どれも凶悪な笑みを浮かべ、パイプ椅子を振り回している。


「……よく集めたものね」


「父様や母様が、お見舞いに来るたびに話してくれたんです。……『ヴィータヴェン家の娘が、また何かやらかしたぞ』って」


 ノアは少しはにかんで、けれど真っ直ぐにわたしを見つめた。


「大人たちは『乱暴だ』とか『淑女らしくない』って言います。……でも、僕は違うと思います」


 ノアの視線が、自分の動かない足へと落ちる。


「僕は、弱いです。病気で、歩くことも、走ることもできない。……この庭の外に出ることさえ許されない。理不尽な運命に、ただ縛られているだけです」


 そして、再び顔を上げ、熱っぽい声で続けた。


「でも、レヴィーネ様は違う。……どんなに『常識』や『身分』や『数値』で縛り付けようとしても、それを全部へし折って、自分の足で立っている。……誰に何を言われても、自分の生きたいように生きている」


 ノアの言葉は、確信に満ちていた。


「だから、僕にとっては……理不尽をぶっ飛ばしてくれる貴女こそが、一番強くて、一番かっこいいヒーローなんです」


 ――参ったわね。

 そんな風に言われてしまっては、ヒールの仮面も形無しだわ。


 わたしは、かつて前世で見た光景を思い出していた。

 リングの上では凶器を振り回し、観客を罵倒する最凶のヒールレスラーが、難病と闘う子供たちの前では、誰よりも優しい顔で膝をつき、「お前こそが真のチャンピオンだ」とベルトを巻いてあげる姿を。


 彼らは知っていたのだ。

 リングの上の戦いなど、病魔という見えない敵と24時間戦い続ける彼らの苦しみに比べれば、エンターテインメントに過ぎないことを。

 本当の「強さ」を持っているのは、小さな体で死の恐怖に立ち向かっている彼らなのだと。


 わたしはドレスが汚れるのも構わず、ゆっくりとノアの前に片膝をついた。

 目線を合わせる。

 彼の瞳に映るわたしは、悪役令嬢ではなく、ただの一人の「戦友」として。


「……ノア、といったわね」


「は、はい」


「訂正してあげるわ。わたくしはヒーローではありません。……やっぱり、『悪役(ヒール)』よ」


 わたしはニヤリと笑い、彼の手を取った。

 冷たく、骨張った手。けれど、そこには確かに脈打つ命の鼓動がある。


「だって、そうでしょう? 良い子にしていれば神様が救ってくれるなら、あなたはとっくに元気になっているはずだもの」


「……!」


「理不尽な運命を押し付けてくる神様なんて、クソ喰らえよ。……そんな奴の言うことを聞く必要なんてないわ」


 わたしは彼の手を、グッと強く握り返した。


「ノア。あなたは今、わたくしなんかよりもずっと過酷な場所(リング)で、たった一人で戦っているのね」


「え……?」


「見えない敵。鳴らされることのない終わりの鐘(ゴング)。……逃げ出すこともできない『死闘(デスマッチ)』。そんな戦いを、毎日続けている」


 わたしは真剣な眼差しで、彼に告げた。


「誇りなさい。あなたは、強いわ。……わたくしが認める、立派な『戦士(ファイター)』よ」


 ノアの目が見開かれ、やがて大粒の涙が溢れ出した。

 「可哀想な子」という同情ではなく、「戦っている男」としての称賛。

 それが、何よりも彼の魂を震わせたのだ。


「う、うぐっ……ひグッ……! ぼ、僕は……怖くて……いつも、泣いてばかりで……」


 泣きじゃくる彼の手を離さず、わたしは言葉を継いだ。


「泣くんじゃありません、顔を上げなさい! ……戦士なら、涙を見せるな。敵に弱みを握られるわよ」


「は、はいッ……!」


 ノアは必死に袖で涙を拭い、赤くなった目でわたしを睨み返そうとした。

 その表情。その反骨心。

 いい目だ。まだ、魂の炎は消えていない。


「気に入ったわ。……ノア、あなたと『同盟(タッグ)』を組んであげる」


「え……同盟(タッグ)、ですか?」


 聞き慣れない言葉に、ノアが小首をかしげる。

 わたしはニヤリと笑い、彼の手をさらに強く握りしめた。


「ええ、そうよ。でも、ただの協力関係じゃないわ。魂で繋がった、運命共同体。……私の故郷(前世)戦場(リング)では、背中を預け合うパートナーのことを、親愛と敬意を込めてこう呼ぶの」


 わたしは、彼の瞳を真っ直ぐに見つめて告げた。


「――『兄弟(ブラザー)』、とね」


「ブ、ブラザー……? 兄弟……」


「そう。血の繋がりなんて関係ない。同じ敵に立ち向かい、痛みを分かち合うなら、それはもう家族以上の絆よ。……今日から、あなたはわたしの『兄弟(ブラザー)』だわ」


 わたしは立ち上がり、ふんぞり返って宣言した。


「さあ、これからはこの『北の撲殺令嬢』が、あなたの(セコンド)につくわ。病気だか運命だか知らないけれど、そんなナメた対戦相手、最強のタッグチームでボコボコにしてやりましょう!」


「……ッ!!」


 ノアの顔が、パァッと輝いた。

 それは、病弱な少年の顔ではない。頼もしい相棒を得て、戦う覚悟を決めた一人の男の顔だった。


「はいッ! お願いします、姐さん!!」


「……ふふ。その呼び名も、悪くはないわね」


 わたしは満足げに頷いた。

 ギルベルトや道場の野郎どもと同じ、わたしの「身内」としての呼び名。

 それを彼が口にしたということは、彼もまた、わたしの魂の系譜に連なる者としての覚悟を決めた証だ。


 わたしは心の中で決意した。

 この「兄弟」の戦いを、絶対に孤独にはさせない。

 私の持てる全ての知識(前世の記憶)と、物理(筋肉と栄養)を総動員して、この理不尽なデスマッチをひっくり返してみせる。


 ――そう、この時のわたしはまだ、信じていたのだ。

 物理は万能だと。

 努力と根性と、最強のタッグさえあれば、どんな壁でも壊せるのだと。


 「命の期限」という、絶対的な壁の厚さを、まだ知らなかったから。


 ノアと固い握手(タッグ結成)を交わし、病室を出たわたしは、そのまま母と弟のいる寝室へと向かった。


 部屋に入ると、ちょうど授乳を終えた母イリーザが、慈愛に満ちた表情で赤ん坊をあやしていた。

 窓からは暖かい日差しが差し込み、新しい命を祝福するように包み込んでいる。


「あら、レヴィーネ。おかえりなさい」

「ただいま戻りました、お母様。……弟の様子は?」


 わたしが覗き込むと、弟はミルクの匂いをさせて、すやすやと眠っていた。

 その寝顔は、悩みも苦しみもまだ知らない、無垢な光そのものだ。


「とっても元気よ。……そうそう、お父様と相談して、この子の名前を決めたの」


 母は赤ん坊の小さな手を優しく握り、告げた。


「『ソレン』。……古語で『輝く太陽』を意味する言葉よ。あなたの名前が『月』だから、二人はお互いを照らし合う存在になってほしいと願って」


「ソレン……。素敵なお名前ですわ」


 わたしは弟――ソレンの頬を、指先でそっとつついた。

 温かい。生命力の塊だ。

 この子は、これからのヴィータヴェン家を、そして未来を照らす「太陽」になる。守られるべき、希望の象徴。


 そして。

 わたしは窓の外、離れの方角へと思いを馳せた。


 あそこには、もう一人の「弟」がいる。

 太陽のような健やかさはないかもしれない。明日をも知れぬ闇の中にいるかもしれない。

 けれど、その魂は、わたしと同じリングに立ち、背中を預け合うことを誓った「戦友(パートナー)」だ。


(……悪くないわね)


 わたしは自然と笑みをこぼした。


 未来を守り、継いでいくための、血を分けた弟・ソレン。

 現在(いま)という過酷なリングを共に戦い抜く、魂の弟(ブラザー)・ノア。


 二つの異なる「命」が、わたしの人生に新たな意味を与えてくれている。


「ねえ、ソレン。早く大きくなりなさい」


 わたしは眠る弟に囁いた。


「あなたには、最高にかっこいい『お兄ちゃん』も紹介してあげるから」


 いつか、病気という理不尽をねじ伏せて、ノアとソレンと三人で、この庭を走り回る。

 そんな、物理法則を無視したような奇跡のような未来も、今のわたしなら「力ずくで手繰り寄せてやる」と思えた。


 守るべき希望と、共にある闘志。

 二人の「弟」を得て、最強の悪役(ヒール)令嬢は、かつてないほどに満たされた気持ちで、青く澄み渡る空を見上げた。


 さあ、トレーニングのメニューを組み直さなくては。

 これからは、二人分……いいえ、三人分だもの。

病弱な少年との出会い。かつての自分と重ね合わせる、レヴィーネの優しさと強さを描きました。


二人の関係性を応援してくださる方は、ブックマークをお願いいたします。

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