第047話 幕間:王都の憂鬱と、悪役令嬢の『裏取引』。……次は「命」を懸けた戦いです
ケビンを物理的に粉砕し、帝都に平和(と筋肉の教え)を取り戻してから数週間。
わたし、東の辺境伯領で束の間の休暇をとっていたわたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンは、再び帝都の貴族院にいた。
目的は二つ。
一つは、ラノリア留学中に溜まっていた単位の取得と、事後処理。
これは優秀な(元)聖女アリスと、実務能力の塊であるミリアのサポートもあり、書類仕事自体は瞬殺だった。
問題は、もう一つの方だ。
「……あら、お聞きになりまして? ヴィータヴェン家の噂」
「ええ。あのような『規格外』の力を持つご令嬢ですもの。次期当主は彼女で決まりでしょう」
「ですが、お母君がご懐妊中とか……。もし男児が生まれたら、お家騒動になるのでは?」
「まさか。生まれたばかりの赤ん坊と、魔神のようなお姉様ですよ? 勝負は見えていますわ」
学園のサロン、廊下、社交場の至る所で囁かれる、無責任な噂話。
『レヴィーネ・ヴィータヴェンこそが、次期辺境伯に相応しい』
『弟が生まれたとしても、姉の傀儡になるだけだ』
扇子で口元を隠し、優雅に紅茶を啜りながら、わたしのこめかみには青筋が浮かんでいた。
(……不愉快ね)
わたしは、家督など欲しくない。
領地経営という椅子に縛り付けられるより、パイプ椅子を持って世界中を暴れ回る「自由」が欲しいのだ。
何より、これから生まれてくる弟(まだ性別は確定していないが、わたしの勘は男だと言っている)の未来を、わたしの存在が脅かすなど、あってはならない。
カチャン。
わたしはティーカップをソーサーに置いた。少し強く置きすぎたのか、ソーサーにヒビが入る。
「……ミリア。アリス」
「はいッ! ここに!」
「なになに、レヴィちゃん?」
控えていた二人が即座に反応する。
「出かけるわよ。……少し、上の方々と『お茶会』をしにいくわ」
◆◆◆
皇宮、その離宮の奥の院。
本来ならば、一介の貴族令嬢などが立ち入れる場所ではない。
だが、わたしは警備兵を顔パス(という名の威圧)で通過し、皇族のプライベートサロンへと足を踏み入れた。
そこには、この国の実権を握る三名の皇族が揃っていた。
策士の第二皇子。
冷徹な第一皇女。
そして――アリスの治療とリハビリによって、車椅子ながらも顔色を取り戻した第一皇子。
「やあ、いらっしゃいレヴィーネ嬢。……相変わらず、アポイントメントという概念がないね」
第二皇子が苦笑しながら手招きする。
「あら、殿下との契約をお忘れで? 『わたしのティータイムを何人たりとも邪魔させない』。……今、巷の雑音がうるさくて、お茶が不味いのです」
わたしはどかりとソファに座り、単刀直入に切り出した。
「取引をしましょう」
「……内容は?」
「ヴィータヴェン家の家督についてです。わたくしは継ぎません。継ぐのは、これから生まれてくる弟です」
皇族たちが顔を見合わせる。
「そのための『外堀』を、殿下方の権力で完璧に埋めてくださいませ。公式に『レヴィーネは継承権を放棄した』と発表するなり、弟の箔付けをするなり、やり方はお任せします」
「……ふむ。君ほどの傑物を野に放つのは惜しいが……」
第二皇子は顎をさすり、計算高い目を向けた。
「辺境の安定を考えれば、血気盛んな君より、これから教育できる弟君のほうが御しやすい、という判断もできるか。……いいだろう。請け負おう」
「感謝いたしますわ」
話が早くて助かる。これで弟の未来は安泰だ。
「その代わり、だ。……今後も帝国の危機には、その『武力』を貸してほしい。フリーの遊撃戦力としてね」
「ええ、構いませんわ。売られた喧嘩を買うのは、悪役の嗜みですもの」
商談成立。わたしが席を立とうとした時、第二皇子が意地悪な笑みを浮かべた。
「ところで……家督を継がないということは、君は身軽になるわけだ。それなら、兄上にもチャンスがあるんじゃないかな?」
「は?」
第二皇子が、車椅子の第一皇子に水を向ける。
「兄上。命の恩人であり、帝国最強の武力を持つ彼女を妃に迎えれば、兄上の『王の威光』も盤石なものになりますよ?」
その瞬間。
第一皇子の顔色が、サァーッと青ざめた。
「よ、よさないかッ!!」
皇子はガタガタと震える手で車椅子をバックさせ、必死に首を横に振った。
「か、彼女は恩人だ! 感謝している! だが……その、私はまだ命が惜しい……いや! 彼女の自由を尊重したいのだ!!」
その目には、御前試合でのわたしの暴れっぷりを見た時のトラウマがまざまざと蘇っているようだった。
……失礼しちゃうわね。
「あら、光栄ですわね殿下。ですが……」
わたしは鉄扇を開き、ニッコリと笑った。
「わたくしの夫になる条件は、『わたくしより強いこと(物理)』ですわよ? ……もしご希望なら、今からリングを作りますけれど?」
「ひぃッ!? け、結構だ! 丁重にお断りする!!」
皇子の悲鳴がサロンに響く。第一皇女が「あらあら」と楽しげに笑っている。
まあ、冗談はこれくらいにして。
その時。
サロンの扉がノックされ、慌てた様子の侍従が飛び込んできた。
「し、失礼いたします! ヴィータヴェン家より、至急の魔道鳩です!」
「……実家から?」
侍従が差し出した手紙を受け取り、封を切る。
中には、父ユリスの震える筆跡で、短い言葉が記されていた。
『イリーザの容態が変化した。予定より早まりそうだ。……急げ』
――ッ!
全身の血が沸騰するような感覚。
高齢出産だ。母の体への負担は大きいはず。もしものことがあれば……。
「殿下、話はこれまでです!」
わたしは手紙を握り潰し、立ち上がった。
「今すぐ出発よ、アリス! あなたの治癒魔法が必要よ!」
「う、うん! 任せて!」
「ミリア! 栄養価の高い食材と、ポーションの在庫をありったけ!」
「準備万端です! 馬車に積んであります!」
二人の頼もしい返事。
わたしは皇族たちに一礼もせず(そんな余裕はない)、ドレスの裾を翻して走り出した。
「行ってまいります! ……あとのことは頼みましたわよ!」
「ああ、行け! 母君の無事を祈っているぞ!」
背後で皇子の声が聞こえる。
待っていて、お母様。そして弟よ。
どんな理不尽が邪魔をしようと、このわたしがへし折って、必ず無事に生ませてみせる。
帝都の門を、ヴィータヴェン家の馬車が弾丸のように飛び出した。
目指すは東の果て。
そこで待つのは、新しい「生」の輝きと――そして、わたしを待つ「死」の予兆。
物語は、最後の章へと加速する。
試合後の事後処理と、家督の問題。彼女らしい「お茶会(取引)」でした。
物語も佳境に入りました。感想などいただけますと幸いです。




