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悪役令嬢の凶器はドス黒い鈍器です  作者: 月館望男
【第4部】聖教国ラノリア・殴り込み編 ~聖女の「運営」システム、ちゃんこ鍋で破壊しました~
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第32話 枢機卿からの招待状は「挑戦状」。大聖堂の扉を粉砕して、百人の筋肉と共に入場します。

 その日の夕方。

 わたしは学園内の隠れ家(ちゃんこ道場の部室)で、トレーニング後の紅茶を飲んでいた。

 そこに、一羽の白いフクロウが飛び込んできた。足には、豪奢な封筒。


「……来たか」

 ギルベルトが身構える。


 封筒の蝋封には、ラノリア正教の紋章――「杖と鎖」。

 わたしは封筒を開き、中の手紙を読み上げた。


『親愛なるレヴィーネ・ヴィータヴェン嬢へ。

 貴女の類稀なる力に、我々は深い感銘を受けました。

 つきましては、今週末に大聖堂にて行われる「聖女降臨祭」へ、貴女を主賓として招待いたします。

 ――枢機卿 バルバロス』


「バルバロス……! 教団の実質的な支配者だ! 罠だ、姐さん! 行けば間違いなく、異端審問にかけられる!」


 ギルベルトが止めるが、わたしは手紙を指先で弾き、不敵に笑った。


「罠? ……いいえ、これは『招待状(挑戦状)』よ」


 敵の本丸からの呼び出し。悪役(ヒール)として、これを受けない手はない。


「行きましょう、ギル、ミリア。……大聖堂という最高のステージで、神の奇跡とやらを『物理』で検証して差し上げますわ」


 わたしは足元の影を撫でた。

 そこには、まだ出番のない「本物(オリジン)」が、血に飢えた獣のように静かに眠っていた。


◆◆◆


 週末。王都の中央に位置するラノリア大聖堂の巨大な扉の前に、わたしは立っていた。


 扉の向こうからは、異様な熱気と、何千人もの人間が発する狂信的な波動が漏れ出してくる。

 「聖女降臨祭」。

 国中から選ばれた信者たちが集い、聖女アリスによる「奇跡の御業」を拝謁する、この国最大の宗教行事だ。


(……やれやれ。随分と趣味の悪い舞台装置(セット)だこと)


 わたしの肌には、扉越しにでも感じ取れるほど、あの無機質な魔力がまとわりついてくる。

 中の空気は完全に出来上がっているようだ。宗教という名の洗脳空間。


 わたしはドレスの裾を整えた。

 今日の装いは、漆黒のイブニングドレス。背中が大きく開いた大胆なデザインだが、その下には極限まで圧縮した身体強化の魔力が練り上げられている。


 わたしの背後には、ギルベルトと、頼もしい「弟子たち」が控えている。


「準備はいい?」

「……ああ。いつでも行けるよ、姐さん」


 ギルベルトが力強く頷く。その顔つきは、もうひ弱な王子のそれではない。


「では――入場(ショータイム)よ!」


 わたしは右足を高く振り上げ、重厚な装飾が施された大扉の中心を、ヒールで思い切り踏み抜いた。


 ドゴォォォォォンッ!!


 爆音と共に、巨大な扉が蝶番から引きちぎれ、内側へと吹き飛んだ。

 聖なる賛美歌が流れていた大聖堂に、場違いな轟音が響き渡り、土煙が舞い上がる。


「な、なんだ!?」

「テロか!?」


 数千の視線が一斉に入り口へと向けられる。

 その視線を切り裂くように、土煙の中から雪崩れ込んできたのは、わたしではない。


「どけえェッ! 道を開けろッ!!」

「ボスのお通りだァッ!!」


 怒号と共に飛び込んできたのは、およそ100名の男子生徒たち――通称「ちゃんこ道場門下生」だ。

 かつてはいじめを行い、あるいはいじめられ、青白い顔をしていた彼らの姿は、そこにはない。

 短期集中型の地獄の特訓と、特製ちゃんこ鍋によって魂の底から鍛え上げられ、筋肉という鎧を纏った彼らは、洗脳のモヤを完全に吹き飛ばし、精悍な戦士の顔つきをしていた。


「下がれ! 下がるんだ!」

「触れるんじゃねえ! 道を開けろ!」


 彼らはプロレス興行のセキュリティ(若手レスラー)さながらに、驚き戸惑う一般信徒たちを左右に強引に押し分け、扉から祭壇へと続く一直線の「花道」を作り上げた。

 その動きは統率されており、迷いがない。物理という名の信仰に目覚めた者たちの、力強い行進だ。


 突然の集団乱入に、祭壇の上のバルバロス枢機卿がたじろぐ。

「な、なんだ貴様らは!? 警備兵は何をしている!」


 そのどよめきの中、わたしは悠然と、部隊が切り開いた花道へと足を踏み入れた。


 カツ、カツ、カツ……。


 静寂を取り戻した大聖堂に、ヒールの音だけが響く。

 手には鉄扇。唇には不敵な笑み。

 両脇を屈強な男たちに守られ、その中央を堂々と歩く姿は、まさに悪のカリスマ。


 わたしが祭壇の下、リングの中央に相当する位置で足を止めると、遅れて入ってきたギルベルトが、わたしの横に進み出た。

 彼は懐から魔導拡声器を取り出し、腹の底から声を張り上げた。


「――ご注目願おう!!」


 ギルベルトの声が、大聖堂のドーム状の天井に反響する。

 彼は大きく息を吸い込み、鍛え上げた腹筋を使って、会場の空気を震わせる咆哮を放った。


「身長170cm! 体重『淑女の秘密』ゥ……!!」


「帝国の『悪夢』! 物理の『伝道師』! そして、我が師にして最強の『悪役(ヒール)』ッッ!!」


「レヴィイイイィイィイイイネッッ!!! ヴィータヴェンンンンッッ!!!」


 割れんばかりの、魂のリングコール。

 その呼び込みに合わせて、わたしは開いていた鉄扇をバチンッと閉じると、力強く右手を突き上げて叫んだ。


「――このわたしが、悪趣味な儀式とやらを全部ぶっ壊しに来たわよ!! さあ地獄を謳えッッ!!!」


地獄を謳え(HELL YEAH)ッッ!!!!!」


 およそ100人のわたしの信者(ちゃんこ道場門下生)が、怒号のように応じる。

 その熱気と殺気が爆発し、神聖かつ静謐だった空間に、一気に暴力の気配が広がった。


 祭壇の上のバルバロス枢機卿が、あまりの威圧感にたじろぐ。

「な、なんだ貴様らは!? 警備兵は何をしている!」


 わたしはその狼狽ぶりを鼻で笑い、視線を祭壇の中央――煌びやかなステンドグラスから差し込む光の下へと向けた。


 最も高い位置にある豪奢な玉座には、きらびやかな法衣を纏った老人が座っている。この国の頂点、教皇だ。

 一見すると穏やかな笑みを浮かべた好々爺に見えるが、わたしは違和感に眉をひそめた。


(……変ね。あいつ、呼吸をしていない?)


 それだけではない。長年の武術経験と、筋肉への深い愛を持つわたしの目は誤魔化せない。

 彼からは「重心」が感じられないのだ。

 まるで、背景に貼り付けられたテクスチャのように、そこにあるのに「質量」が存在しない。


 そして、その教皇を背にするようにして、聖女アリスが立ち、その横には「実質的な支配者」を気取る恰幅の良い老人――枢機卿バルバロスが、予想外の事態に顔を引きつらせながら控えていた。


 バルバロスは、想定していた「孤独な悪役の入場」とは異なる、集団を率いての圧倒的なパフォーマンスに、明らかに動揺していた。

「き、貴様ら……! 神聖な儀式の場に、土足で踏み込むとは……!」


 わたしは祭壇の下から、優雅にカーテシーを披露した。


「ごきげんよう、枢機卿猊下。そして聖女様。……熱烈な歓迎、痛み入りますわ。招待状をいただきましたので、こうして馳せ参じましたの」


「ふん、神聖な扉を破壊し、暴徒を引き連れての入場とはな! その野蛮さこそ、貴様が悪魔である証拠だ!」


 バルバロスはなんとか気を取り直し、杖を突いて声を荒らげた。


「神の敵を、この聖なる場所で断罪せよ!!」


 「悪魔!」「殺せ!」「聖女様を守れ!」

 信者たちの敵意が一気に膨れ上がる。憎悪の波動が肌を刺す。

 洗脳による思考誘導が働いているのだろう。


 すると、聖女アリスがパァッと顔を輝かせ、背後の教皇に向かって親しげに話しかけた。


「ねえ、運営さん(教皇様)! やっとイベントボスが来たわよ! 早く進行して! 私のハッピーエンドのために!」


 アリスにとって、教皇は信仰の対象ではない。

 自分をこの世界に招き、望むままのシナリオを提供してくれる「運営の窓口(ゲームマスター)」なのだ。彼女の目には、教皇が頼もしいサポートスタッフにでも見えているのだろう。


 そのアリスの無邪気な呼びかけに呼応するように、教皇が口を開いた。


『――対象ノ、座標ヲ確認。シナリオ「断罪」ヲ、開始シマス』


 その声には、抑揚がなかった。

 老人のかすれ声ではない。複数の無機質な音声を合成したような、耳障りな響き。

 だが、バルバロスもアリスも、信者たちも、その異常な声に疑問を抱いていない。認識を阻害されているのだ。


(なるほどね……。トップが傀儡どころか、「人間ですらない」とはね)


 わたしは瞬時に理解した。

 あれは生き物ではない。このふざけたシナリオを強制進行させるための「運営(システム)の端末」だ。

 バルバロスは自分が教皇を操っているつもりなのだろうが、実際はシステムの都合の良いように思考誘導されているだけのピエロに過ぎない。


 わたしは鉄扇で口元を隠し、ニヤリと笑った。


「……へえ。面白い『置物』を飾っていますのね、枢機卿」


 アウェイこそが、悪役(ヒール)の輝く場所。

 そして今日は、頼もしい「セコンド」たちも一緒だ。


「さて、ギル。そして野郎ども」


 わたしは背後に控える筋肉の精鋭たちに声をかけた。


「これからここで、派手な『解体工事』を始めるわ。……でも、観客席にゴミ(一般信徒)が残っていると、埃がかかって迷惑でしょう?」


 わたしの意図を瞬時に理解したちゃんこ道場門下生の面々が、獰猛な笑みを浮かべて頷く。

 これから起きる大破壊。そこに一般信徒がいれば、ただの虐殺になってしまう。

 だからこそ、強制的に退場願うのだ。


「――会場清掃の時間(クリアリング)よ! 一匹残らず外へ放り出しなさい!!」


「応ッッ!!!」


 号令と共に、100人の筋肉の塊が弾けた。

 彼らは蜘蛛の子を散らすように大聖堂内の客席へと雪崩れ込むと、呆然としている信徒たちを次々と捕獲し始めた。


「失礼しますよっと!」

「軽い軽い! 米俵より軽ぇや!」


 一人が右脇に一人、左脇に一人、さらに肩に一人。

 合計三人もの成人男性を軽々と抱え上げると、彼らは猛ダッシュで入り口へと走る。

 そして、壊れた扉の外へ向かって――ポイッ。


「ひぃぃぃぃ~っ!?」

「あ~れ~っ!?」


 放り投げられた信徒たちは、外の広場の植え込みや、先に投げられた信徒の柔らかい腹の上に、見事な放物線を描いて着地する。

 受け身の取れない素人を怪我させずに投げる、絶妙な力加減。これもまた、筋肉の制御(コントロール)の賜物だ。


「な、何をしている貴様ら!? 神聖な信徒たちを荷物のように!」


 バルバロスが杖を振り回して激怒するが、ちゃんこ道場門下生たちの手は止まらない。

 彼らはピストン輸送のように、抱えては走り、投げては戻るを繰り返す。その速度は常人の倍以上。

 数千人いたはずの信徒たちが、まるで吸い出されるように減っていく。


「暴れないでくださいねー、舌噛みますよー」

「はい次! おばあちゃんは優しくお姫様抱っこで特急搬送だ!」


 それは避難誘導ではない。「人間投擲リレー」だ。

 慈悲などないかのような乱暴さで、しかし結果として誰一人傷つけることなく、彼らは会場を清掃していく。


「ば、馬鹿な……! あの数の人間を、たった百人で……!?」


 バルバロスが戦慄する。

 わたしは扇子をパチンと閉じ、悠然と告げた。


「言ったでしょう? 彼らはわたしの自慢の『作品』だと。……さあ、これで心置きなく暴れられますわね?」


 最後の信徒が入り口から放り出されると同時に、わたしは右手を高々と掲げた。


「始めましょうか。――『大聖堂崩し』のメインイベントを!」

招待状という名の挑戦状。次回、大聖堂にて盛大な「入場」を行います。ご期待ください。

いよいよ敵本拠地への殴り込みです。応援のブックマークをお願いいたします。

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