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悪役令嬢の凶器はドス黒い鈍器です  作者: 月館望男
【第4部】聖教国ラノリア・殴り込み編 ~聖女の「運営」システム、ちゃんこ鍋で破壊しました~
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第30話学食が草と水だったので、魔獣肉を焼いて餌付けと屈伸を始めます。

 食堂での一幕の効果は劇的だった。


 最初にステーキを食べた彼からは完全に黒いモヤが消え失せた。今も元気に鍛錬に励んでいる。

 同じように、肉を食らい、鍛錬に励む生徒たちからは、洗脳の証である黒いモヤが霧散し、代わりに瞳の中に精悍な光が宿り始めたのだ。


 だが、ここで致命的な問題が発生した。


 ――このままでは肉が、足りなくなる。


 さすがに食堂をステーキハウスにして占拠し続けるわけにもいかず、今では活動拠点としている旧校舎の裏庭に場所を移したものの、噂を聞きつけた男子生徒たちが日増しに増えている。

 彼ら全員に、毎日ステーキや焼肉を振る舞うには、わたしが「暗闇の間」に蓄えていた肉だけでは限界があった。それに、脂と肉の精気だけでは栄養バランスも偏る。


 夕暮れの裏庭。わたしは腕を組み、沈みゆく太陽を見つめていた。


(……このままでは、兵站が尽きるわね)


 特製スパイスはともかく、魔獣肉には限りがある。

 魔獣狩りにでも行きたいところだが、さすがに他国で自由狩猟というわけにもいかないし、なるべくこの拠点を離れたくない。

 彼らは今、筋肉という名の自我を取り戻しかけているのだ。ここで経過観察を怠れば、また洗脳に飲み込まれてしまうかもしれない。


 劇薬レベルの魔獣肉ステーキとまではいかずとも、魂と筋肉に強く働きかける『食事』が必要なのだ。


 どうすればいい?

 安価で、大量で、栄養満点で、しかも士気を高める食事。

 そんな都合の良いものが、この世にあるのだろうか?


 ――風が吹いた。

 ふと、前世の記憶が脳裏によみがえった。

 何度も繰り返し観た映像。

 血と汗と涙の染み込んだ道場。湯気の向こうに見える、屈強な男たちの笑顔。


 大事なことは、いつだってプロレスが教えてくれたじゃないか。


 そうだ。

 大人数でも一度に食べられて。

 肉も野菜もたっぷり摂れて。

 一つの鍋を囲むことで、チームの結束力まで高められる魔法の料理。


 頭の中に、どこか懐かしい、軽やかなBGMが流れた気がした。


(――そうだ、ちゃんこ、作ろう)


◆◆◆


 ちゃんこの具材を求めて、わたし達は王都ルミナリスの市街地へと繰り出した。


 メインストリートは、白亜の石畳が敷き詰められ、整然として美しい。

 だが、わたしは歩き始めて5分で、不機嫌そうに鉄扇で肩を叩いた。


「……なんなのよ、この街は。死んでいるわ」


「えっ? 人は結構歩いていますけど……」

 ギルベルトが巡礼者の列を見ながら首をかしげる。


「活気の話よ!」


 わたしは通りに立ち並ぶ店を指差した。

 どこの店も、看板は地味で、商品は埃を被り、店主はやる気なさそうに欠伸をしている。とにかく活気がない。

 唯一、立派な店構えをして客が入っているのは、魔法薬(ポーション)や魔石を扱う店だけだ。


「帝都の、あの着飾った砂糖細工のような、胃もたれしそうな煌びやかな文化もどうかと思ったけれど……。この街の、枯れ木のようなやる気のなさも、大概ね」


 わたしは呆れ果てた。

 ラノリア大聖堂は、大陸中から巡礼者が訪れる聖地だ。

 そして大聖堂につながるこのショッピングストリートは、申し訳程度のやる気で作られた「巡礼者のため」のものなのだろう。

 だというのに、観光客向けの店が一つもない。

 ついでに精肉店もなければ、青果店にも求めるレベルのものがない。買い物に行くとだけを伝えて、ギルに案内を任せたのが間違いだった。あとでしばく。


 ――それにしても。

「普通、こういう場所には『参道ビジネス』というものが自然発生するものでしょう?」


「参道……ビジネス?」


「ええ! たとえば、『元祖・聖都まんじゅう』とか! 『本家・聖都せんべい』とか! 『聖都クッキー本舗』とか! 『銘菓・聖都の月』とか!!」


 わたしは存在しない土産物の名前を列挙した。

 薄皮の中にたっぷりの餡が詰まった饅頭。パリッと焼けた香ばしい煎餅。カスタードクリームが詰まったふわふわのスポンジケーキ。

 それらが山積みになり、売り子の威勢のいい声が飛び交う――それが、わたしの知る「聖地」の姿だ。


「なんで無いのよ!? 巡礼に来た田舎のおばあちゃんが、孫のために買うお土産はどこ!?」


「あ、あの……姐さん。この国では、清貧こそが美徳とされていて……。食事や娯楽にお金をかけるのは、あまり推奨されていないんです」


 ギルベルトが申し訳なさそうに説明する。


「それに、巡礼者は教団に多額の寄進をしますから、お土産を買う余裕なんて……」


「教団が吸い上げているだけじゃないの!」


 わたしは憤慨した。

 民衆から楽しみを奪い、金と魔力を搾取して、自分たちは裏では洗脳魔法という非人道的な実験をしている。

 改めて、ろくでもない国だ。


「食文化が発展しないわけだわ。食べる喜びも、買う楽しみも、全部『魔力』という物差しの下で窒息している」


 わたしは無駄に上品に見える虚無パンが申し訳程度に並んだショーウィンドウを睨みつけた。


「これ以上ここにいても無駄ね。来る場所を間違えたわ」


 わたしは無駄に腹を立てて踵を返した。


「ミリア、地元住民が使うような市場は調べてある?」

「はい! 港の方は肉体労働者が多いので、そこそこの市場があります!」

「探すわよ! この食文化が死んだ街に埋もれている、まだ死に絶えていない『旨味』の種を!」


◆◆◆


「いいこと、ギル。ちゃんこの命は『出汁スープ』よ。ただお湯で煮るだけじゃ、野菜の青臭さが勝ってしまうし、なにより美味しくないわ」


 わたしは目を皿のようにして、露店を巡っていた。

 狙うは、この世界の食文化では見過ごされがちな「旨味」の源泉だ。


「姐さん、出汁って……肉の煮汁のことですか?」

「甘いわ! もっと深淵なる、海の恵みよ!」


 わたしは海産物を扱うエリアへ突撃した。

 ラノリアは海に面している。どこかにあるはずだ。アレとアレが。


「……見つけたわ!」


 わたしが掴み上げたのは、木箱の隅に追いやられていた、硬く乾燥した魚と、同じく乾燥した黒っぽい海藻だった。

 二つを握ったわたしは鼻へと近づけて確認する。――勝った。十分に使える。


「おいおい嬢ちゃん、そりゃ売り物にならねえよ。日干しにしすぎて固くなっちまった魚と、ただの海草だ」

 店主が呆れたように言う。この国では、これらは「クズ」扱いらしい。


「これを全部いただくわ! 言い値でいいわよ!」

「へ? ま、まあいいけどよ……」


 わたしは勝利の笑みを浮かべた。

 煮干しモドキと、おそらくは昆布のような海藻。

 これさえあれば、黄金のスープが作れる!


「さすがです、レヴィーネ様! まさか捨て値同然の乾物に目をつけられるとは!」

 ミリアが感心したように拍手する。


「ええ。でも、まだ足りないわ。味のベースとなる塩気とコクが……」


 塩だけでは味が尖る。わたしの特製スパイスでもダメだ。

 もっとこう、奥深い発酵の力が欲しい。

 わたしが唸っていると、ミリアがおずおずと手を挙げた。


「あ、あの……味付けでしたら、心当たりがあります」


 ミリアは自分のリュックをゴソゴソと漁り、黒い液体の入った瓶と、茶色のペーストが入った壺を取り出した。あの、どこか懐かしい匂いが強く香った。


「……あら? それは?」


「はい! 実家で作っている『ショーユ』と『ミソ』です。母が昔、東の果ての島国から流れてきた旅人から製法を教わったそうで……」


 ミリアは瓶の蓋を開けた。

 ふわりと漂う、芳醇で香ばしい香り。

 それは間違いなく、わたしの魂に刻まれた「故郷」の香りだった。


「領地の豆や麦を使って特産品にしようと父が頑張ったのですが、風味が独特すぎて全く売れず、在庫の山でして……。もったいないので、留学のついでに売り歩こうと思って大量に持ってきたんです」


(……ビンゴ! まさかこんな所に供給源(ソース)があったなんて!)


 わたしは内心でガッツポーズをした。

 神よ、見たか。これが「ご都合主義」ではない、執念の引き寄せ(ドロー)だ!


「素晴らしいわミリア! その独特な風味こそが、疲れた筋肉を癒やし、魂を奮い立たせる秘薬になるのよ! これをベースにスープを作るわ!」


「ええっ!? これでですか!?」


「今ある分はわたしが全部買い取るわ! それからご実家に連絡を! わたしも父にかけあって船を出してもらうわ!」


 輸送の問題はこの際財力で解決させてもらう。貴族の力なんてこんなときくらいしか使いようがないのだから。

 それにこの世界で味噌と醤油が手に入るとわかった以上、前世日本人としては是非抑えておきたい。


「えっ、その、なんか、大事になっていませんか? うちとレヴィーネ様のご実家でお取引なんて……」


「そんな細かいことはいいのよ! この作戦の成否はショーユとミソにかかっていると言っても過言ではないのよ! 時間が惜しいわ! 急いで!」


「は、はいッ!!」


 出汁(旨味)と、醤油&味噌(コク)

 最強の布陣が揃った。


「さあ帰るわよ、野郎ども! 今夜はパーティーよ!」


 こうして、ラノリア王国の片隅で、歴史的な食文化革命――「ちゃんこ鍋」の産声が上がろうとしていた。

戦うためには兵站(食事)が必要です。異世界ちゃんこ、ここに爆誕。次回、道場開きです。

このトンデモ展開を許容してくださる寛大な読者様は、下部の【★★★★★】にて評価をお願いいたします。

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