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悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~前世は病弱、今世は物理最強。魔法もチートも私には勝てません~  作者: みやもと春九堂@月館望男
【外伝】悪役令嬢の兇器はドス黒い鈍器《パイプ椅子》です ~よろず屋ドレイクのおっさんは、なかなか穏やかに過ごせない。β版~
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第295話 質量保存則と、ドワーフ工房の親方

 土煙が晴れた後、俺は自分のしでかした惨状を見下ろして、盛大に顔を引きつらせていた。


 月酔仙の風雅な庵の縁側が見事にぶち抜け、分厚い床板が木っ端微塵に粉砕されている。


 俺の身体はそのまま地面に深くめり込み、まるで落とし穴にでもハマったような無様な体勢になっていた。


「ぶっ……ふぉっふぉっふぉっふぉっ!!」


 宙に浮き上がって難を逃れた月酔仙が、腹を抱えて大爆笑している。


「笑い事じゃねえぞ、ジジイ……! なんでこうなるんだよ!」


 俺はめり込んだ地面から這い出ようと、周囲の土に手を突いた。


 ズンッ。


 手のひらに少し体重をかけただけで、地面がすり鉢状に陥没し、俺の身体はさらに深く沈み込んでしまう。


「火龍殿……いや、ヨシュア殿。お見事な人化の術でしたが、どうやら『質量』までは人間の器に収まりきらなかったようですな」


 月酔仙が笑いすぎて涙目になりながら、上空から念話を飛ばしてくる。


「質量保存の法則……ってヤツか。くそったれ、理不尽すぎるだろ」


 俺は自分の両手を見つめ、深いため息を吐き出した。


 外見は完全に百八十五センチの、筋骨隆々とした人間のおっさんだ。


 だが、この肉体の内側には、大噴火と共に生まれ落ちた古代竜の、数百万トンにも及ぶ超質量がそっくりそのまま圧縮されて詰め込まれている。


 地面に立っている時は、無意識のうちに重力魔法を使って、自分の全細胞を極限まで内側に締め上げている状態だ。


 いわば、24時間体制で自分自身に強烈な複合関節技をかけ続け、強引に人間の形と体積を維持し、足元への圧力を魔法で相殺しているのだ。


 しかし、「座る」という行為は違う。


 椅子や縁側に腰を下ろす瞬間、人間は無意識のうちに己の体重を対象物に『預ける』。


 その一瞬の気の緩み、重力制御のわずかなベクトルのズレが、俺の隠し持っていた数百万トンの質量を物理的に外へと漏れ出させてしまったのだ。


「これでは、同じ目線で酒を飲むというヨシュア殿のささやかな夢も、立ち飲み限定になってしまいますな」


 月酔仙がからかうように瓢箪の酒器を揺らす。


「うるせえ。俺は落ち着いて座って、ゆっくり酒が飲みたいんだよ。……こうなったら、絶対に壊れない椅子を用意するしかねえな」


「絶対に壊れない椅子、ですか。丸太や巨大な岩でも削り出しますかな?」


「それでは持ち運べないだろうが。どこへ行くにも岩を背負って歩くなんて、修行僧でもお断りだ」


 俺は地面からなんとか這い上がり、衣服についた土を払い落とした。


 ズシン、ズシンと、慎重に重力制御を意識しながら足を踏み出す。


「……北へ行くぞ。あいつらなら、俺のワガママを形にできるはずだ」


 俺の脳裏に浮かんだのは、この大陸で最も手先が器用で、金属と火を愛する頑強な種族の顔だった。



 ◆◆◆



 北のハニマル国。


 光華王朝が栄える東原の地から遥か北方に位置するその場所は、冷たい風が吹き荒れる厳しい気候の土地だ。


 後の時代には神の怒りによって極寒の氷獄と呼ばれることになる地域だが、この頃はまだ、山脈の恩恵を受けた鉱物資源の宝庫であり、ドワーフたちの活気ある工房が立ち並ぶ職人の聖地であった。


 険しい山道を抜け、俺は巨大な岩山をくり抜いて作られたドワーフの工房都市へと足を踏み入れた。


 鼻腔を突くのは、むせ返るような石炭の煙と、溶けた金属の匂いだ。


 巨大なふいごが風を送る重低音と、硬い金属をハンマーで打ち据える甲高い音が、途切れることなく谷間に反響している。


 俺は一番奥にある、ひと際巨大な煙突を持つ工房の分厚い鉄扉を叩いた。


「誰じゃ、こんな忙しい時に!」


 地響きのような野太い声と共に、鉄扉が重々しく開かれる。


 顔を出したのは、俺の胸元ほどの背丈しかないが、横幅は俺よりも広いのではないかというほどの、岩塊のような筋肉を持つドワーフの親方だった。


 顔の半分を覆う見事な髭は煤で汚れ、分厚い革のエプロンからは熱気が立ち上っている。


「邪魔するぜ、親方。腕のいい職人を求めて、東の方からやってきた」


 俺は人化したおっさんの姿のまま、愛想よく右手を挙げた。


 親方は俺を上から下まで値踏みするように睨みつけ、フンと鼻を鳴らす。


「ヒューマンの旅人か。生憎だが、うちの工房は軍の武具や、採掘用の重機を作るので手一杯でな。ヒューマンの使うような細っこい飾り剣や、軟弱な生活道具なんぞ打ってる暇はねえんだ」


「剣や鎧を頼みに来たわけじゃない。俺が欲しいのは、『椅子』だ」


「はぁ? 椅子だと?」


 親方の太い眉が、不機嫌そうに吊り上がった。


「ヒューマンのひょろっこい体に、うちの工房で打つような頑丈な鉄の椅子なんぞいるかよ。その辺の木工職人にでも頼みやがれ」


 追い返そうと扉を閉めかける親方に対し、俺はため息を吐いた。


「まあ、そう言うな。お前さんたちの作るもんじゃないと、俺の体は支えきれないんだよ」


 俺は工房の入り口付近に無造作に置かれていた、鉄のインゴットを打つための巨大な金床に目を留めた。


 そして、重力魔法の制御をほんのわずかだけ緩め、その金床の端に軽く腰をかけた。


 ギシャァァッ……!!


 凄まじい金属の軋み音が鳴り響く。


 親方の目の前で、何トンもの重量があるはずの分厚い鋼鉄の金床が、俺の尻の下でまるで飴細工のようにひしゃげ、中心から真っ二つにへし折れてしまった。


 ズンッ、と俺の身体が沈み込み、工房の床の石畳に深い亀裂が走る。


「なっ……!?」


 親方の咥えていた煙管が、ポロリと地面に落ちた。


 彼はひしゃげた金床と、何食わぬ顔で立ち上がる俺の姿を交互に見比べ、目を真ん丸に見開いている。


「お、お前さん……ただのヒューマンじゃねえな!?」


「ちょっとばかり『中身』が重くてな。普通の木の椅子じゃ、座った瞬間に粉々になっちまうのさ。……どうだ、親方。俺の体重を支えきれる椅子、打ってみる気はないか?」


 俺の挑発的な言葉に、親方の顔に浮かんでいた不機嫌さが消え、代わりに職人としてのギラギラとした好奇心が宿った。


「……面白え」


 親方は自慢の髭を太い指で撫でつけながら、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。


「よくわかった。我らドワーフも、椅子選びには難儀するからの。お前さんほどじゃないにせよ、我らもこの筋肉の塊の上に、戦斧や戦鎚を背負い、分厚い金属鎧まで着込む。そんな状態で腰を下ろせば、ヒューマンの作った上等だが貧弱な椅子なんぞ、すぐに脚がへし折れちまう」


「だろ? 丈夫さが足りねえんだよな」


「いかにも。だから工房の中じゃ、もっぱら丸太のぶつ切りや、石の塊に座ってるんじゃが……出先や酒場じゃそうもいかん。お前さんの『座る場所がない』という苦労、痛いほどよくわかるぞ」


 ヒューマンの姿をした規格外のバケモンと、頑強さを誇る職人種族の長。


 全く異なる出自の二人だが、「椅子を壊してしまう」という一点において、俺たちは奇妙なほどに深く意気投合していた。


「話が早くて助かるぜ。ただ頑丈なだけじゃダメだ。俺はどこへ行くにもそいつを持っていきたい。つまり、持ち運べるくらいコンパクトに折りたためて、なおかつ絶対に壊れない構造が必要なんだ」


「ほう。折りたためる鉄の椅子か。陣中で使う床几しょうぎのようなものか?」


「ああ、ベースの考え方はそれと同じでいい」


 俺は懐から、丁寧に折りたたまれた羊皮紙を取り出した。


 なんとか人化した状態で地べたに座り込み、俺自身が細い筆を使い、プルプルと震える指先で執念を燃やして描き上げた、精緻な設計図だ。


「背もたれもつけて、こうやって持ち運べる感じに、だな」


 親方は羊皮紙を受け取り、顔を近づけてじっくりと図面を睨み込んだ。


 そこに描かれているのは、前世の記憶にある『折りたたみ式パイプ椅子』の構造図だ。


 金属のパイプをU字型に交差させ、可動式の蝶番で繋ぎ合わせる。


 座面と背もたれには、ある程度のクッション性を持たせた素材を張る。


 極めてシンプルだが、物理的な力学の理に適った、完璧な折りたたみ構造である。


「……なるほど。二本の管を交差させ、荷重を斜め下へと逃がす構造か。これならば、垂直にかかる力を分散させ、折りたたみの可動域も確保できる。……お前さん、図面を引く才能があるな」


「へっ。俺の得意分野は『関節の理』だからな。力学的な構造はお手の物さ」


 前世で人間の関節を極め続けた知識が、まさか椅子の設計に役立つとは俺自身も思っていなかったが。


「だがな、ヒューマンよ」


 親方は設計図から視線を上げ、鋭い目で俺を射抜いた。


「構造は素晴らしいが、お前さんのあの異常な体重を支えるとなると、話は別だ。生半可な鉄や鋼の管では、交差した部分からひしゃげるか、蝶番のピンが消し飛ぶぞ」


 親方の指摘はもっともだった。


 俺の超質量を支えるには、金属自体の強度が根本的に足りないのだ。


「わかってる。だから、材料はこいつで作ってもらいたいんだ」


 俺は口の端を吊り上げ、腰に下げたマジックバッグの中に、そっと腕を差し込んだ。

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