第23話 呼び出しと罠。洗脳された生徒を盾に?
食堂での派手な宣戦布告から数日。学院内の空気は一変していた。
わたしに対する恐怖は相変わらずだが、その質が変わっていた。単なる「暴力女」への恐怖から、「理不尽な暴力を破壊する、より強大な暴力」への畏怖と、歪んだ期待へと。
ミリアを筆頭とする「親衛隊」のメンバーも日増しに増え、わたしの行く先々で勝手に掃除をしたり、道を清めたりしている。正直、歩きにくい。
そんなある日の放課後。わたしの靴箱に、一通の手紙が入っていた。
『放課後、旧校舎の裏庭にて待つ。貴様の知りたい「病」の根源について話がある』
あまりにも古典的で、分かりやすい罠だ。
「……プッ、アハハハハ! 何よこれ、三流の恋愛小説だってもう少しマシな筋書きを用意するわよ?!」
わたしは手紙をクシャクシャに丸めると、影の中に放り込んだ。
分かりやすい罠。上等じゃないか。向こうがその気なら、喜んで飛び込んであげよう。
「レヴィーネ様! お出かけですか? お供します!」
廊下の角から、ミリアが飛び出してきた。頭にバケツを被り、手にはモップを持っている。相変わらず意味がわからない。それってひょっとして武装だったりするの?
「来ないで。邪魔よ」
わたしは冷たく突き放した。これから向かうのは戦場だ。一般人を巻き込むわけにはいかない。
「で、でも……なんだか嫌な予感がして……」
「わたしの強さを疑うの? 100年早いわよ」
わたしは彼女の鼻先で鉄扇をパチンと鳴らし、威圧した。
ミリアはシュンとして立ち止まったが、その瞳には「それでも心配です」という色が滲んでいた。
(……まったく。お節介な信者ね……)
わたしは心の中で苦笑しつつ、一人で旧校舎へと向かった。
◆◆◆
旧校舎は、現在はほとんど使われていない廃墟同然の建物だ。裏庭は雑草が生い茂り、人の気配は全くない。絶好の「犯行現場」だ。
「ごきげんよう。お呼び出しに応じましてよ、ネズミさん」
わたしが裏庭の中央で立ち止まり、声をかけると。
ザッ。
背後の茂みから、男が姿を現した。先日、食堂で見かけたあの地味な教師だ。
「……よく来たな、ヴィータヴェン。まさか、これほど分かりやすい罠にノコノコとやってくるとは。案外、愚かな娘のようだ」
教師――いや、工作員は、教師の仮面を脱ぎ捨て、冷酷な暗殺者の目でわたしを見据えた。その手には、毒々しい色をした短剣が握られている。
「あら、買いかぶりすぎですわ。わたくしはただ、退屈な日常に少し刺激が欲しかっただけですもの」
わたしは優雅に鉄扇を開き、口元を隠した。
「それで――わたくしを『消す』おつもりですの?」
「理解が早くて助かる。貴様は少々、目障りすぎた。我々の計画の最大の障害だ」
男が指を鳴らす。すると、周囲の廃墟の影から、ゆらりと数人の人影が現れた。
彼らは学院の生徒たちだった。だが、その目は完全に光を失い、虚ろで、口からは涎を垂らしている。
(……ひどい。完全に理性を焼き切られている)
彼らは、あの黒いモヤ――精神汚染魔法を限界まで強化され、自我を失った「使い捨ての駒」にされていたのだ。
「彼らは貴様を憎むように調整してある。貴様が彼らを傷つければ、それは『凶暴な令嬢が生徒を襲った』という動かぬ証拠になる。……さあ、どうする? 同級生を殺せるか?」
工作員が下卑た笑みを浮かべる。生徒を盾にし、社会的にもわたしを抹殺しようという魂胆か。
わたしの腸が、煮えくり返った。
「……三流ね」
わたしは鉄扇をパチンと閉じ、静かに告げた。
「生徒を利用し、盾にする。それがアンタたちのやり方? ……反吐が出るわ。プロの仕事ですらない、ただの卑怯者の所業よ」
わたしの体から、隠しきれない怒りの魔力が噴き出した。空気がビリビリと震える。
「――かかれッ! 奴を肉塊に変えろ!」
工作員の号令で、洗脳された生徒たちが獣のような唸り声を上げて襲いかかってくる。魔法や武器をめちゃくちゃに振り回す、なりふり構わぬ暴行だ。
(……ごめんね。少し、結構、かなり痛いけど、我慢して!)
わたしは身体強化を発動し、生徒たちの攻撃を紙一重で躱していく。
そして、すれ違いざまに、彼らの影に干渉した。
「――『影縫・連』!」
わたしの影から無数の黒い棘が伸び、生徒たちの影を地面に縫い付けた。
「ガァッ!?」「ウグゥッ……!」
足止めされた生徒たちが転倒する。わたしは彼らをなるべく過剰に傷つけないよう慎重にしかし迅速に無力化していく。
今は黒いモヤをはらっている暇はない。実体化した棘を持つ影が彼らの身体に突き刺さり、全身を拘束した。
「なっ……!? 影魔法の使い手だと!? しかも、これほどの同時制御を……!」
工作員が驚愕に目を見開く。情報になかったのだろう。ザマァ見なさい。
「さあ、邪魔者はいなくなったわよ。……次はアンタの番ね、三流脚本家さん!」
わたしは工作員に向き直り、右手を掲げた。
「手加減は無しよ。……アンタには、とびきりの『本物』を味わわせてあげる!」
わたしは足元の影に、深く深く、手を沈めた。
ズヌゥッ……。
影の底から、絶対的な質量と硬度を誇る、ドワーフ謹製の物理最強鈍器――「漆黒の玉座」が、その威容を現した。
卑劣な罠ですが、彼女には通用しません。次回、直接対決です。
いよいよ黒幕との対峙です。応援のブクマをお願いいたします。




