第021話 黒幕登場。生徒を盾にする三流悪党に鉄槌を。
食堂での派手な宣戦布告から数日。学院内の空気は一変していた。
わたしに対する恐怖は相変わらずだが、その質が変わっていた。単なる「暴力女」への恐怖から、「理不尽な暴力を破壊する、より強大な暴力」への畏怖と、歪んだ期待へと。
ミリアを筆頭とする「親衛隊」のメンバーも日増しに増え、わたしの行く先々で勝手に掃除をしたり、道を清めたりしている。正直、歩きにくい。
そんなある日の放課後。わたしの靴箱に、一通の手紙が入っていた。
『放課後、旧校舎の裏庭にて待つ。貴様の知りたい「病」の根源について話がある』
あまりにも古典的で、分かりやすい罠だ。
「……プッ、アハハハハ! 何よこれ、三流の恋愛小説だってもう少しマシな筋書きを用意するわよ?!」
わたしは手紙をクシャクシャに丸めると、影の中に放り込んだ。
分かりやすい罠。上等じゃないか。向こうがその気なら、喜んで飛び込んであげよう。
「レヴィーネ様! お出かけですか? お供します!」
廊下の角から、ミリアが飛び出してきた。頭にバケツを被り、手にはモップを持っている。相変わらず意味がわからない。それってひょっとして武装だったりするの?
「来ないで。邪魔よ」
わたしは冷たく突き放した。これから向かうのは戦場だ。一般人を巻き込むわけにはいかない。
「で、でも……なんだか嫌な予感がして……」
「わたしの強さを疑うの? 100年早いわよ」
わたしは彼女の鼻先で鉄扇をパチンと鳴らし、威圧した。
ミリアはシュンとして立ち止まったが、その瞳には「それでも心配です」という色が滲んでいた。
(……まったく。お節介な信者ね……)
わたしは心の中で苦笑しつつ、一人で旧校舎へと向かった。
◆◆◆
旧校舎は、現在はほとんど使われていない廃墟同然の建物だ。裏庭は雑草が生い茂り、人の気配は全くない。絶好の「犯行現場」だ。
「ごきげんよう。お呼び出しに応じましてよ、ネズミさん」
わたしが裏庭の中央で立ち止まり、声をかけると。
ザッ。
背後の茂みから、男が姿を現した。先日、食堂で見かけたあの地味な教師だ。
「……よく来たな、ヴィータヴェン。まさか、これほど分かりやすい罠にノコノコとやってくるとは。案外、愚かな娘のようだ」
教師――いや、工作員は、教師の仮面を脱ぎ捨て、冷酷な暗殺者の目でわたしを見据えた。その手には、毒々しい色をした短剣が握られている。
「あら、買いかぶりすぎですわ。わたくしはただ、退屈な日常に少し刺激が欲しかっただけですもの」
わたしは優雅に鉄扇を開き、口元を隠した。
「それで――わたくしを『消す』おつもりですの?」
「理解が早くて助かる。貴様は少々、目障りすぎた。我々の計画の最大の障害だ」
男が指を鳴らす。すると、周囲の廃墟の影から、ゆらりと数人の人影が現れた。
彼らは学院の生徒たちだった。だが、その目は完全に光を失い、虚ろで、口からは涎を垂らしている。
(……ひどい。完全に理性を焼き切られている)
彼らは、あの黒いモヤ――精神汚染魔法を限界まで強化され、自我を失った「使い捨ての駒」にされていたのだ。
「彼らは貴様を憎むように調整してある。貴様が彼らを傷つければ、それは『凶暴な令嬢が生徒を襲った』という動かぬ証拠になる。……さあ、どうする? 同級生を殺せるか?」
工作員が下卑た笑みを浮かべる。生徒を盾にし、社会的にもわたしを抹殺しようという魂胆か。
わたしの腸が、煮えくり返った。
「……三流ね」
わたしは鉄扇をパチンと閉じ、静かに告げた。
「生徒を利用し、盾にする。それがアンタたちのやり方? ……反吐が出るわ。プロの仕事ですらない、ただの卑怯者の所業よ」
わたしの体から、隠しきれない怒りの魔力が噴き出した。空気がビリビリと震える。
「――かかれッ! 奴を肉塊に変えろ!」
工作員の号令で、洗脳された生徒たちが獣のような唸り声を上げて襲いかかってくる。魔法や武器をめちゃくちゃに振り回す、なりふり構わぬ暴行だ。
(……ごめんね。少し、結構、かなり痛いけど、我慢して!)
わたしは身体強化を発動し、生徒たちの攻撃を紙一重で躱していく。
そして、すれ違いざまに、彼らの影に干渉した。
「――『影縫・連』!」
わたしの影から無数の黒い棘が伸び、生徒たちの影を地面に縫い付けた。
「ガァッ!?」「ウグゥッ……!」
足止めされた生徒たちが転倒する。わたしは彼らをなるべく過剰に傷つけないよう慎重にしかし迅速に無力化していく。
今は黒いモヤをはらっている暇はない。実体化した棘を持つ影が彼らの身体に突き刺さり、全身を拘束した。
「なっ……!? 影魔法の使い手だと!? しかも、これほどの同時制御を……!」
工作員が驚愕に目を見開く。情報になかったのだろう。ザマァ見なさい。
「さあ、邪魔者はいなくなったわよ。……次はアンタの番ね、三流脚本家さん!」
わたしは工作員に向き直り、右手を掲げた。
「手加減は無しよ。……アンタには、とびきりの『本物』を味わわせてあげる!」
わたしは足元の影に、深く深く、手を沈めた。
ズヌゥッ……。
影の底から、絶対的な質量と硬度を誇る、ドワーフ謹製の物理最強鈍器――「漆黒の玉座」が、その威容を現した。
◆◆◆
「なっ……なんだその鉄塊は!? 貴様、正気か!?」
工作員が、そのあまりの異様さに声を裏返した。
常人なら持ち上げることすら不可能な重量物を、片手で軽々と担ぎ上げている令嬢。その姿は、悪夢そのものだろう。
「正気? ええ、至って正気よ。だからこそ――」
わたしは、ハニマル領を出て以来、初めて身体強化の枷を「完全」に外した。
ドォォォォォンッ!!!
爆発的な魔力の奔流が、わたしの周囲の空間を歪ませる。
足元の地面が、蜘蛛の巣状にひび割れて陥没した。
「――アンタみたいなゴミクズには、手加減なんて必要ないって判断したのよ!」
「ひッ、化け物がッ! 死ねぇッ!」
工作員が恐怖に駆られ、毒の塗られた短剣を構えて突っ込んでくる。速い。さすがはプロ、洗脳された生徒たちとは動きのキレが違う。狙いは正確に心臓だ。
だが。
ガギィィィンッ!!!
硬質な金属音が響き渡り、火花が散った。
男の必殺の一撃は、わたしが盾として前に出した「漆黒の玉座」の座面に阻まれ、傷一つつけられずに弾かれた。
「な、にィッ!? 私の魔剣が、傷一つつけられないだと……!?」
「あら、いい音ね。でも、ドワーフの頑固ジジイが打ったこの子は、ドラゴンのブレスだって弾くのよ? そんな爪楊枝で敵うと思って?」
わたしはニヤリと笑い、「玉座」を構え直した。
「さあ、攻守交代よ。……歯を食いしばりなさい、三下!!!」
わたしは「玉座」を、バットのように横薙ぎにフルスイングした。
ブォォォォォンッ!!!
それは、もはや打撃ではない。質量を持った暴風だ。質量のケタを考えるのも馬鹿らしいほどの黒鋼の塊が、音速に近い速度で迫り来る。
「が、あああッ!? 風魔法による防御壁、展開ッ……!」
工作員が慌てて防御魔法を展開するが、そんなものは紙切れ同然だ。
物理的な絶対質量は、半端な魔力障壁など存在しないかのように粉砕する。
ドゴォォォォォォンッ!!!
人体を殴打したとは信じがたい、重戦車が壁に激突したような轟音が響き渡った。
「ご、べァアアアッ!?」
工作員の体が、くの字どころか、ありえない角度に折れ曲がって吹き飛んだ。
旧校舎の煉瓦壁に激突し、壁を半壊させてようやく止まる。
土煙が舞う中、わたしは「玉座」を肩に担ぎ直し、ゆっくりと瓦礫の山へと歩み寄った。
コツ、コツ、コツ……。
静寂の中、ヒールの音だけが響く。
「がっ、はっ……! き、貴様……一体、何者だ……」
工作員は血反吐を吐きながら、恐怖に染まった目でわたしを見上げていた。
全身の骨が砕けているだろうに、よく意識を保っているものだ。そこだけはプロと褒めてあげよう。
「何のために戦う……? 国のためか? 正義のためか? それとも……あの、虫けらのような生徒たちのためか?」
男の問いに、わたしは足を止めた。
なぜ戦うのか。前世で病室の天井を見上げていた頃からの、わたしの渇望。
わたしは彼を見下ろし、冷酷で、そして最高に楽しげな笑みを浮かべた。
「勘違いしないでちょうだい。他人のため? 正義のため? ……くだらない」
わたしは「玉座」の脚の先端を、彼の喉元に突きつけた。
「わたしはね、わたしの人生を、最高に盛り上げたいだけよ。退屈なシナリオも、三流の悪役も、わたしの舞台には不要なの。……わたしが輝くために、最高の悲鳴を上げなさい」
「ひ、ひいぃッ! 悪魔だ……こいつは、本物の悪魔だ……!」
男は両手を上げて降参のポーズを取った。プライドも何もあったものではない。
「ま、待て! 話す、なんでも話すからッ! 殺さないでくれぇッ!」
(……やれやれ、口ほどにもない)
わたしは心底がっかりしながら、「玉座」を少し引いた。
その瞬間だった。
「――死ね小娘ぇ!!」
男が隠し持っていた、二本目の短剣を抜き、死角からわたしの下腹部を狙って突き出してきた。降参はフリだったわけだ。
だが、そんなものはお見通しだ。三流悪党の考えることなど、手に取るようにわかる。
パシィッ。
わたしは短剣を持った男の手首を、素手で掴み取った。




