第147話 王権がない? ならば「玉座(物理)」でシステムをねじ伏せる!
「いっただっきまーす!」
アリスが真っ先に椀を受け取り、ハフハフと口に運ぶ。
「んん~っ!! おいしぃぃぃ!!」
アリスが頬を押さえて悶絶する。
「熱っ、うまぁっ! トマトの酸味とお味噌のコクが最高! それにこのコーン、ぷちぷち弾けて甘ーい! 大根も麺みたいにズルズルいけちゃう! 噛むとジュワッてスープが出てくるよぉ!」
「……信じられません。これ、本当に1000年前のサンプル肉ですか!?」
ミリアも眼鏡を湯気で曇らせながら、箸が止まらない様子だ。
「古代豚の脂が甘い……口の中でとろけます。それにニンニクバターのパンチが効いていて、疲れが一気に吹き飛びます……!」
そして、わたしも椀を受け取り、スープを一口。
「…………ふぅ」
染み渡る。
アリスの聖水ベースだからだろうか。胃に落ちた瞬間、温かい熱と共に、魔力が爆発的に回復していくのが分かる。
枯渇しかけていた魔力回路に、黄金のエネルギーが満ちていく。
美味しい。ただそれだけで、魂の震えが止まる。
「……あー、生き返りますわ」
わたしは息をつき、遠巻きに見ているデメテルのホログラムに視線を向けた。
彼女は、まるでバグったかのように明滅し、鍋を凝視している。
「……デメテル。貴女もこっちにいらっしゃい」
『……私はAIです。食事など不要……』
彼女は頑なに拒絶する。
『それに、貴女たちは野蛮な略奪者です。私の子供たちを殺し、切り刻み、煮込んで……なんて残酷な……』
「違うよ、デメテルさん」
アリスが、大根を頬張りながら、穏やかな声で言った。
「略奪じゃないよ。……『いただきます』だよ」
『……いただきます?』
「うん。生きることは食べること。食べることは、命をいただくこと。……だから『いただきます』と『ごちそうさま』は、命を繋ぐ魔法の言葉なんだよ」
アリスは箸を置き、真っ直ぐにデメテルを見上げた。
その瞳には、聖女としての慈愛と、芯の強さが宿っていた。
それはかつてラノリアで、偽物の神に抗った時と同じ、真実の光だ。
「デメテルさん。貴女の心配はわかるよ。……人間は愚かだし、すぐ争うし、環境も壊すかもしれない。だから種を渡したくないって気持ちもわかる」
『肯定。過去のデータがそれを証明しています。地上は汚染され、人の心は荒廃している。ゆえに、この種子は渡せません。これは最後の希望なのです』
「違うよ」
アリスは首を振った。
「種は、植えてこそ希望なんだよ!」
『……植える?』
「そう。冷凍庫にしまっておくだけじゃ、それはただのデータだよ。……土にまみれて、水をやって、お日様を浴びて。そうやって育って初めて『命』になるんだよ」
彼女は、脇に置いてあった、綺麗に切り分けた大根の葉っぱを撫でた。
「私ね、見てきたの。トヨノクニの山奥や、サン・ルーチャの貧民街で。……お腹が空くと、人は心まで痩せちゃうんだって」
アリスの言葉に、わたしもかつての光景を思い出す。
飢えは、人の尊厳を奪う。正義も倫理も、空腹の前では無力だ。
「でもね、誰かに貰ったご飯は、食べればなくなる。……『配給』じゃ、その場しのぎにしかならないの」
アリスは胸に手を当てた。
「でも、自分たちで育てたご飯は、明日への力になるの」
『…………』
「厳しい土地でも、寒くても、戦争してても……子供たちが自分で育てて、収穫して、『美味しいね』って笑える未来を作りたいの! そのためには、どんな環境でも育つ、貴女の『強い子供たち』の力が必要なんだよ、お母さん!!」
お母さん。
その言葉に、デメテルの表情が大きく揺らいだ。
プログラムされた役割ではない。母親としての本能が、アリスの言葉に共鳴しているのだ。
「……さあ、食べてみて。貴女が守ってきた子供たちが、どう『化けた』か。皮も芯も無駄にせず愛された、その姿を確かめてごらんなさい」
わたしは小皿に取り分け、差し出した。
湯気の中には、野菜たちの命と、アリスたちの愛情が溶け込んでいる。
デメテルは迷った末、恐る恐る近づき、スープの湯気を解析し――そして、スプーンに触れるふり(データ同期)をした。
一瞬の静寂。
次の瞬間。
『――――ッ!?』
デメテルの瞳が、カッ! と見開かれた。
『警告、警告。……味覚センサー、オーバーフロー。……計測不能な「旨味数値」を検出。……これは、何ですか?』
彼女の声が震えている。
ホログラムの頬に、朱色が差したように見えた。
『酸味、塩味、甘味、脂質……すべてのバランスが黄金比で構成されています。トマトの酸味が脂を中和し、味噌のコクが野菜の甘みを引き立てている……』
ポロリ、と。
デメテルの目から、光の粒がこぼれた。
『それに……温かい。これが、「食事」……? ただの栄養補給ではない、精神を満たす情報の塊……』
「ええ。それが『美味しい』ということですわ」
わたしは空になった椀を置き、立ち上がった。
全身から力がみなぎる。
血管を流れる魔力が、まるで奔流のように唸りを上げている。全盛期――いや、それ以上に高まっている。
「ごちそうさまでした。……さて」
わたしは口元をナプキンで拭い、ギラリと目を光らせた。
「お腹もいっぱいになりましたし、魔力も満タンですわ。……デメテル、貴女もその味に納得したでしょう?」
『……否定できません。この味を知ってしまった以上……私の子供たちを「ただ保存するだけ」では、あまりにも勿体ないという計算結果が出ました』
デメテルは悔しそうに、けれどどこか嬉しそうに微笑んだ。
彼女はアリスの方を向き、深く一礼した。
『貴女の言う通りです、小さな聖女様。……種は、植えてこそ希望。ぜひ地上で育んでいただきたいです……』
「うん! 任せて!」
アリスとデメテルが笑い合う。
和解は成立した。だが、まだ問題は残っている。
『ですが……システム上の権限は絶対です。私の感情回路が納得しても、中枢システムのロックを解除するには、この「天蓋の揺り籠」を造った正統なる王族の生体認証と、王権を示す「黄金の王笏」が必要です』
デメテルは困ったように、背後の管理タワーを見上げた。
『王笏なき命令は無効化されます。……残念ですが、私の独断では扉を開くことは……』
「王権? 王笏? 鍵?」
わたしは「漆黒の玉座」を取り出し、ブンッと風を切って振り回した。
バターとニンニクの香りを纏いながらも、そこにあるのは絶対的な王者の気配。
「そんなもの、今のわたくしには不要ですわ」
特製ちゃんこでフルチャージされた魔力が、紫色のオーラとなって全身から噴き出し、空間を歪ませる。
わたしは不敵に笑い、管理タワーの扉を見据えた。
「この溢れんばかりのエネルギーで……システムごと『説得』して差し上げますわ! ……王がいないなら、私が座ればいいだけの話ですもの!」
食欲と慈愛。二つの力でAIの心を解き放った悪役令嬢は止まらない。
次なるデザートは、この天空都市の「支配権」だ。




