第14話 爆誕、「北の撲殺令嬢」。屈強な男たちが、わたしの椅子の一撃で星になっていきます
「漆黒の玉座」ことパイプ椅子を「暗闇の間」に収納できるようになってから数ヶ月。
わたしは12歳になり、ハニマル流道場での生活も5年目を迎えていた。
この道場では、年に数回、門下生の実力を測るための「定期昇級組み手会」が開かれる。今日はその当日だ。
熱気に包まれた大練武場の中央。
わたしは生成りの道着の上に、動きやすいよう改造を加えたハーフスカートのようなものを巻き、対戦相手の前に立っていた。
「へへっ、まさか姐さんと組み手ができる日が来るとはな。手加減はできませんよ?」
対面に立つのは、わたしと同じ上級クラス入りを狙う、中級クラス上位の実力者である兄弟子だ。岩のような筋肉を誇示し、余裕の笑みを浮かべている。
彼はまだ、わたしのことを「ちょっと力が強くて生意気な可愛いお嬢様」程度に思っているらしい。周りの観客たちも、似たような雰囲気だ。
(……フフッ。良いわね、その油断。最高の餌だわ)
わたしはスカートの裾をつまみ、優雅にカーテシーをしてみせた。
ただし、その口元には、鏡の前で何千回も練習した、最高の「悪役スマイル」を浮かべて。
「ええ、もちろん手加減は無用ですわ、兄弟子。……どうか後悔なさいませんように」
かつてこの道場に入門した日に言った台詞を、今度はわたしが受け止める側として返す番だった。
「いいか!? なンでもありだ! 始めィッ!!」
審判役の師範代の声が響く。兄弟子は「まずは軽く挨拶だ」とばかりに、大振りの右フックを放ってきた。速い。だが、見える。
わたしは身体強化を発動させ、最小限の動きでそれを躱した。そして、すれ違いざまに、オルガ先生直伝の「裏の技術」を発動する。
「――『影縫』」
わたしの影から伸びた魔力の棘が、兄弟子の影を地面に縫い止めた。
「ぬおっ!? 足が、動かねえ!?」
兄弟子がたたらを踏む。その隙を見逃すほど、わたしは甘くない。
「――『闇霧』」
続けて放ったのは、視覚と平衡感覚を奪う精神干渉魔法だ。兄弟子の顔を中心に、濃密な黒い霧が発生し、彼の視界を奪う。
「な、なんだ!? 何も見えねえ! くそっ、どこだ姐さん!」
兄弟子はパニックに陥り、見えない敵に向かって闇雲に拳を振り回す。わたしはその死角――真後ろに、音もなく回り込んだ。
「ここですわよ、お兄様」
わたしは甘い声で囁きながら、彼の巨体を背後からロックした。
ぶっとい胴体に腕が回りきらないので絞め上げて無理矢理クラッチ。
ハニマル流体術と、前世のプロレス技の融合。狙うは、ジャーマン・スープレックス。
「フンッ!!」
身体強化フルパワー。わたしは自身の体重の倍以上はある兄弟子を、美しいブリッジの弧を描いて後方へと投げ飛ばした。
ドォォォォン!!
練武場の石畳に叩きつけられる轟音。兄弟子は脳震盪を起こし、白目を剥いてピクリとも動かなくなった。
静まり返る道場。だが、わたしの「悪役ショー」は、ここからが本番だ。
「……あら、もうおしまい? つまらないわね」
わたしは倒れた兄弟子を見下ろし、わざとらしくため息をついた。そして、次の獲物を求めて視線を巡らせた。
「さあ、次はどなたがお相手してくださいますの? 束になってかかってきてもよろしくてよ?」
その挑発に、血気盛んな男たちが黙っているはずがない。
「ナメんじゃねえ!」「お嬢! 遊びは終わりだ!」と、3人の兄弟子が同時にリングに上がってきた。
「良いわね、その威勢。……まとめて歓迎してあげる!」
吠えながら瞬時に思考する。
(安全確認! 対戦相手の身体強化発動よし! 道場の結界よしッッ!!)
わたしはニヤリと笑い、右手を足元の影に突っ込んだ。
そして、「暗闇の間」から、愛しの相棒を一気に引き抜いた。
ジャキィィン!!
「……は? 椅子?」
先頭の男が、突然現れた奇妙な鉄塊を見て動きを止めた。
その一瞬の隙が、命取りとなる。
「ごきげんよう、クソ野郎ども!」
わたしは淑女らしからぬ罵倒と共に「漆黒の玉座」をフルスイングした。
ガゴォォォォン!!!
鈍く、重い打撃音が響き渡る。男の側頭部に、重量級の鉄塊がクリーンヒットした。
男は悲鳴を上げる間もなく、回転しながら吹き飛んだ。
「なっ……!?」
「ひ、卑怯だぞ!」
残りの二人が怯む。
「卑怯? 褒め言葉ですわね!」
わたしは笑いながら、「玉座」を構え直した。
影縫で足を止め、闇霧で視界を奪い、混乱したところを、身体強化した肉体と鉄塊で一方的に蹂躙する。
それはもう、組み手というよりは、一方的な「処刑ショー」だった。
10分後。
リングの上には、積み重なった男たちの山と、その頂上で「玉座」に優雅に腰掛け、扇子(これも鉄製だ)を仰ぐわたしの姿があった。
「……ほかに、挑戦者はいらっしゃいます?」
わたしの問いかけに、数百人の門下生たちが整列し、一斉に敬礼した。
彼らの目には、もはや侮りや愛玩の色はない。あるのは、底知れぬ恐怖と、畏敬の念だけだった。
壇上で見ていた総帥が、腹を抱えて爆笑した。
「ガハハハハ! 見たか! あれがワシの孫娘、ヴィータヴェンの悪魔じゃ!」
その隣で、オルガ先生が扇子で顔を覆いながら、深くため息をついた。
「……淑女の所作は完璧ですが、やっていることが野蛮すぎますわ。少し教育方針を間違えたかしら……」
この日を境に、道場内でのわたしの二つ名は、「姐さん」から、より畏怖を込めたものへと変わった。
「北の撲殺令嬢」。あるいは、「微笑みの処刑人」。
それは、わたしが目指した「最強の悪役」としての、最初の輝かしい称号となったのだった。
独自の戦闘スタイルが完成しました。畏怖と尊敬を集める「姐さん」の誕生です。
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