第116話 黄金のトライアングル完成。最強の悪役令嬢と、最高の共犯者たち。
神仏の名を借りて私腹を肥やす輩が、よくもまあ抜け抜けと。
「……あら」
わたしは小首をかしげ、心底不思議そうに尋ねた。
「特に信仰を持たない悪役令嬢にも、そんなサービスがあるの?」
「は……?」
僧兵長が呆気に取られた、その一瞬の隙。
わたしは踏み込んだ。
「だったら、チップを弾んであげなくてはいけませんわね!!」
ドォォォォンッ!!!
わたしの右足が、石畳を踏み砕く。
身体強化フルパワー。
わたしは足元の影から『仏罰(物理)』を取り出した。
すなわち、相棒『漆黒の玉座』。
「これがわたしの『お布施』よッ!!」
ズガンッ!!!
横薙ぎに一閃された玉座が、僧兵長の構えた薙刀を飴細工のようにへし折り、そのまま彼の横っ面を捉えた。
彼はコマのように回転しながら吹き飛び、山門の太い柱に激突した。
メリメリメリッ……ズドーン!
轟音と共に柱がへし折れ、立派な山門が屋根ごと崩落する。
土煙が舞い上がる中、わたしは瓦礫の上に「玉座」を置き、優雅に足を組んで座った。
「ひ、ひぃぃッ!?」
「山門が……一撃で!?」
残りの僧兵たちが腰を抜かす。
わたしは鉄扇を開き、ニッコリと笑った。
「さて。……『仏罰』とやら、まだ在庫はあるのかしら? うちは『年中無休』で引き受けますわよ?」
『補足。……抵抗する場合は、衛星軌道上からの「質量弾投下」によるピンポイント爆撃もオプションとして用意されています』
イリスが無慈悲な提案を付け加える。
「い、いやぁぁぁ! 助けてくれぇぇ!」
「悪魔だ! 本物の羅刹だぁ!」
僧兵たちが武器を捨てて逃げ惑う。
勝負ありだ。
「……ミリア、アリス。あとは任せたわ」
「はいッ! 回収班、突入します! 隠し財産、1ベルたりとも見逃しません!」
ミリアが黒鉄隊(運搬係)に指示を飛ばし、雪崩れ込んでいく。
「も~、レヴィちゃんったら派手すぎだよぉ……。怪我人は……そりゃいるよね。治癒魔法かけとくよ~」
アリスが苦笑しながら、気絶した僧兵たちに杖を振るう。
こうして、悪徳寺社の「物理的浄化」は、滞りなく(破壊的に)遂行されたのだった。
◆◆◆
その夜。
オワリ城下の一等地にそびえ立つ、V&C商会仮設本店。その最上階にある役員専用テラスは、心地よい夜風と、勝利の美酒の香りに包まれていた。
眼下には、復興が進むオワリの城下町が広がっている。
かつては漆黒の闇に沈んでいた街並みも、今は魔導ランプの明かりが星の海のように煌めき、夜遅くまで笑い声が絶えない。
「……随分と、様になってきたわね」
わたしはテラスの手すりに寄りかかり、手にしたワイングラスを軽く揺らした。
「うん。……みんな、笑ってるよ」
隣に並んだアリスが、ホットミルクの入ったマグカップを両手で包み込みながら、嬉しそうに目を細めた。
「もう、飢えに苦しむ子供の声は聞こえない。……お母さんが子供を売らなきゃいけないような、悲しい夜は終わったんだね」
アリスの声が、少しだけ震える。
彼女が立ち上げた「豊穣慈愛講」は、今やトヨノクニ全土に支部を持ち、孤児院や寺子屋を通じ、万に届くほどの子供たちを保護・育成している。
「ええ。収支も完璧ですよ。……今日の『回収』だけで、向こう三ヶ月分の運営費が賄えます」
反対側から、パチンと魔導計算機を弾く音が響いた。
ミリアだ。彼女は分厚い革表紙の帳簿を愛おしそうに抱きしめ、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせている。
「寺子屋で読み書き算術を覚えた子供たちは、将来V&C商会の優秀な店員になります。体力をつけた若者は黒鉄隊や建設作業員となり、給料を得て、また我々の商品を消費する。……『情けは人のためならず』とは、実に合理的な経済循環の真理ですね」
ミリアがニヤリと笑う。
彼女の手腕がなければ、アリスの理想はただの夢物語で破綻していただろう。
そして、その頭上には、青白い光の粒子が集まり、古代知性体イリスの姿を形作っていた。
『報告。現在のトヨノクニにおける幸福度指数は、過去100年で最高値を更新。犯罪発生率は98%減少』
「ふふ、イリスも随分と『人間くさい』データを取るようになりましたね」
『否定。私はあくまで効率を……訂正。マスターたちの活動が、数値以上の結果を出していることに興味があります』
イリスもまた、わたしたちのチームに欠かせない頭脳だ。
わたしは、グラスの中のワインを飲み干し、ふっと笑った。
「……ねえ、二人とも。それにイリス」
わたしは空いたグラスを置き、くるりと向き直った。
アリスとミリアが、不思議そうにこちらを見る。
「正直に言うわ。……わたし一人じゃ、ここまで来られなかった」
わたしは自分の手を見つめた。
この手は、敵を殴り、山を崩し、岩盤を穿つことはできる。
けれど、傷ついた子供の心を癒やすことはできない。複雑な経済の糸を紡ぎ合わせることもできない。
「わたしが『切り開き』、アリスが『種を撒き』、ミリアが『収穫する』。……この役割分担があったからこそ、この国は救われたのよ」
わたしの言葉に、二人は顔を見合わせた。
そして、照れくさそうに、けれど誇らしげに笑った。
「もう、レヴィちゃんったら。……切り開くっていうか、『更地にする』って感じでしょ?」
アリスがいたずらっぽく笑う。
「そうですね。……私が収穫できるのは、レヴィーネ様が害虫を完全に駆除し、畑を守ってくださるおかげです」
ミリアもまた、帳簿を閉じて微笑んだ。
「それに、私一人では計算だけで終わっていました。アリスさんの『想い』がなければ、人は動きません。レヴィーネ様の『暴力』がなければ、理不尽に潰されていました。……私たちは、三人で一つの『会社』なのです」
そう。誰が欠けてもいけない。
武力だけでは恐怖政治になる。理想だけでは無力な慈善事業になる。利益だけでは冷酷な搾取になる。
三つの異なる色が混ざり合い、補い合うことで、初めてトヨノクニという巨大な絵画が描かれているのだ。
わたしは、近くにあったワインボトルを手に取り、三人のグラス(とカップ)に注いで回った。
「じゃあ、誓おっか! ……これからも、三人で! この国をもっともっと、美味しくて楽しい場所にするって!」
アリスがカップを掲げる。
「ええ、いいわね。……邪魔する奴は、神様だろうが運命だろうが、全員星にしてあげる」
わたしがグラスを掲げる。
「はい! その際に発生する修理費と慰謝料は、私が敵から骨までしゃぶって、倍額回収します!」
ミリアもグラスを掲げる。
カチン!
澄んだ音が、夜空に響き渡った。
それは、ただの乾杯ではない。新しい時代の覇者たちによる、鉄の結束の誓い。
わたしたち「黄金のトライアングル」は、こうして完成したのだ。




