第115話 悪徳寺社には「物理的仏罰」を。隠し財産は全額没収よ!
オワリ城、天守閣の最上階にあるテラス。
そこは、城下町を一望できる絶景の場所だ。
天下人オダ・ノブナガは、高欄に腰掛け、復興が進む街並みを肴に茶を啜っていた。
「……よう、レヴィーネ。良い風が吹いておるな」
「ええ。少し、相談があるのだけれど」
わたしはノブナガの隣に腰掛け、持参した茶菓子(ミリア試作の羊羹)を差し出した。
ノブナガはそれを一口で放り込み、ニヤリと笑った。
「相談だと? 貴様が改まって……また山の一つでも吹き飛ばす気か?」
「失礼ね。今日は真面目な『政治』の話よ」
わたしは単刀直入に切り出した。
「ねえノブナガ。あなた、この国の『寺社勢力』についてはどう思っているの?」
「……ほう? 藪から棒になんじゃ」
ノブナガは片眉を上げ、茶器を置いた。その瞳が、為政者の鋭さを帯びる。
「信仰は自由だ。この国の民には祈りも必要じゃし、生きるための指針にするものがあるのとないのとでは、民の『腰の強さ』が変わってくる。……余は、民が何を信じようと構わんよ」
「……なんか難しくなったわね。そうじゃなくて……そう、例えばだけど」
わたしは前世の記憶にある、うろ覚えの歴史知識を引っ張り出した。
第六天魔王。神仏をも恐れぬ破壊者。そんなイメージで語りかける。
「ヒエイ山を焼き討ちしたりとか、お坊さんを皆殺しにしたりとか、そういうことをしたくなったりしない?」
「ぶふっ!」
ノブナガが茶を吹き出した。
彼は目を丸くしてわたしを見つめ、そして呆れたように笑った。
「な、なんじゃその物騒な発想は! ……貴様、余をなんだと思っておるのだ? 破壊神か何かか?」
「え? 違うの? 『鳴かぬなら殺してしまえ』とか言いそうだけど」
「言わんわ! ……まあ、僧兵が武装し、関所を無断で作り、民から搾取し、本人は修行もせずに寺町に屋敷を持って女色に耽るような連中は、根切りにしてやろうかと思ったことはあったがな」
ノブナガの目が、一瞬だけ鋭く細められた。
そこには、為政者としての冷徹な怒りがあった。
「ちょっと、そんなのが坊さん名乗っているわけ? ぶっ潰した方がいいんじゃないの?」
「いやいや焦るな。そんなもんは一部よ。じゃが、それ故に目立ったし、連中が目の上のたんこぶであったことは確かだ。救済教だの虚無宗だので、貴様も宗教の面倒くささは理解しておるじゃろ。……まぁアレは脚本家とやらの差し金だったわけだが……」
「じゃあ別に、無差別に寺を焼いて回ったりとかはしたくならない?」
「ならんわ。……仏像を焼いたところで、腹は膨れんからのう」
ノブナガが呆れつつも、ニヤリと笑う。
どうやら、わたしの心配は杞憂だったらしい。この世界のノブナガは、わたしが思うよりずっと理性的で、話のわかる男だ。
「……で? 本題はなんじゃ? 貴様が宗教談義をしに来たわけでもあるまい」
「ええ。実はね、うちのアリスたちが、寺社勢力を『取り込みたい』らしいのよ」
「ほう? 巫女姫殿がそのような? 近頃は当人が生き神のごとく崇められておるとの話は耳にしたが……全て抱え込むつもりか?」
「違う違う。……牛乳と給食配送の『中継地点』にしたいんですって。なんか人工知能の神の眼まで交えて、悪巧みしているわ」
「物流の拠点にする、か。……ふむ」
ノブナガが顎をさすり、感心したように頷く。
「実際、朝廷に権力が集中していた頃は、税を集めるのにそのように扱っていたこともあったな。寺社は全国津々浦々にある。それを『血管』に見立てて、物資という『血液』を流すか。……理に適っておる」
「あと、寺子屋、でしたっけ? ミリアとしては寺社を教育機関にして、子ども達に読み書きそろばんを学ばせて、将来的にはトヨノクニHDの戦力にとかも考えているらしいわ」
わたしの説明に、ノブナガの顔がパァッと輝いた。
「面白い! 実に見事な策じゃ! 寺社を国の手足として使い、民を富ませるとはな! 『教育』こそが国力の礎。それを宗教組織に担わせるとは、アリス殿も隅に置けん!」
彼は扇子をパンと鳴らし、身を乗り出した。
「しかし、銭はどうする? それだけの規模となれば、莫大な金がかかるぞ」
「そんなもん、ミリアがなんとかするわよ。……それに」
わたしは鉄扇で口元を隠し、声を潜めた。
「腐った寺を『掃除』すれば、隠し財産の一つや二つ、出てくるんじゃないかしら? ……ねえ、ノブナガ。さっき言っていた『根切りにしたい連中』、まだ残っているんでしょう?」
わたしがニヤリと笑うと、ノブナガもまた、悪戯小僧のように、しかし凶悪に笑い返した。
「はっはっは! 違いあるまい! ……そうか、貴様、それを狙っておったか!」
ノブナガは懐から書状を取り出し、筆を走らせた。
『天下布武』ならぬ、『天下布食』の印が押された、特例認可証だ。
「よし、許可する! 好きにせい! やってみるがよい! 真っ当な寺社はアリス殿に任せるが……腐った連中、民を食い物にする『仏敵』どもは、貴様の好きにして良いぞ」
彼は書状をわたしに投げ渡した。
「ただし、容赦するなよ? ……仏の顔も三度までと言うが、余と貴様の顔は一度で十分じゃろうからな」
「ええ。……きっちり『教育』をして差し上げますわ」
わたしは書状を受け取り、テラスを後にした。
背中でノブナガの高笑いが響いている。
これで、お墨付きは得た。
あとは、アリスたちの理想を邪魔するブラックな寺社を、わたしの物理とイリスの監査で粉砕するだけだ。
待っていなさい、生臭坊主たち。
神罰仏罰よりも恐ろしい、科学と筋肉の鉄槌を下してあげるから。
◆◆◆
オワリ領の山岳部、険しい崖の上に要塞のようにそびえ立つ「強欲山・金剛寺」。
表向きは由緒ある名刹を装っているが、裏では武装した僧兵を雇い、関所を設けて通行料を巻き上げ、麓の村々から過酷な取り立てを行っている、正真正銘の「ブラック寺社」である。
その堅牢な山門の前に、場違いなほど優雅なドレスを纏った一人の令嬢――わたし、レヴィーネ・ヴィータヴェンが立っていた。
「……ここね。イリス、状況は?」
わたしが虚空に話しかけると、青白い光の粒子が集まり、古代知性体イリスのホログラムが肩の上に現れた。
『報告。衛星アルゴスによるスキャン完了。……地下倉庫に大量の金塊、米俵、および武具の反応を確認。また、本堂裏の隠し部屋にて、近隣の村から拉致されたと思われる女性数名の生体反応を検知』
「……確定ね。真っ黒だわ」
わたしは鉄扇をパチンと閉じた。
背後には、武装した黒鉄組本隊ではなく、あえてミリアとアリス、そして少数の精鋭だけを連れている。
アリスは巫女服姿でオロオロとし、ミリアはリュックから「没収用」の麻袋を取り出しながら目を光らせている。
「ええい、控えろ控えろ! ここは聖域なるぞ! 女子供が土足で踏み入ってよい場所ではない!」
山門の中から、薙刀や金棒を持った荒くれ僧兵たちが数十人、わらわらと湧き出してきた。
先頭に立つのは、筋肉ダルマのような巨漢の僧兵長だ。酒と脂の臭いがプンプンする。
「聖域? ……随分と俗っぽい匂いのする聖域ですこと」
わたしは鉄扇で鼻を覆い、冷ややかに見下ろした。
「単刀直入に言いますわ。……あなた方が地下に隠している『裏帳簿』と『不正蓄財』、そして不当に囲っている『女性たち』。……すべて解放していただきに来ましたの」
わたしの言葉に、僧兵たちの顔色が変わった。
図星だ。動揺が走る。
「き、貴様……! どこでそれを……!」
「生かしては返さんぞ! 囲め!」
僧兵長が薙刀を構え、殺気を漲らせる。
「おのれ異国の悪鬼め! 神聖な寺を愚弄した罪、万死に値する! ……覚悟せよ、仏罰が下るぞ!」
仏罰。
その言葉を聞いた瞬間、わたしはあきれ果ててため息をついた。




