第114話 信仰は「推し活」! アリスが目指す、新しい宗教のカタチ。
オワリ城下の一等地に構えられた、V&C商会仮設本店。
その最奥にある役員用サロンは、最高級の茶葉の香りと、深刻なため息に包まれていた。
部屋の中央にある大理石のテーブルに突っ伏して、うねうねと奇妙な動きをしているのは、この国の救世主の一人、「豊穣の歌姫」ことアリスだ。
彼女の周りには、全国から届いた木箱や包みが山のように積まれている。中身は、手編みの靴下から、最高級の絹織物、果ては「アリス大明神」と彫られた木像まで様々だ。
「う~ん……違うんだよなぁ……なんか違うんだよなぁ……」
アリスが顔を上げると、その眉間には深いシワが刻まれていた。
彼女の頭上には、青白い光の粒子で構成された少女――古代知性体イリスのホログラムが浮かび、無慈悲なグラフと数値を空間に投影している。
『理解不能。個体名「アリス」に対する信仰獲得率は、トヨノクニ西部において89.4%、中部においても急上昇中です。これは国家元首の支持率を遥かに凌駕する数値であり、極めて効率的な「支配基盤」が完成しつつあると評価できます』
イリスの声は淡々としていたが、提示されたグラフは天井を突き破らんばかりの右肩上がりを示している。
本来なら喜ぶべき数字だ。だが、アリスは頬を膨らませ、バンとテーブルを叩いた。
「だからぁ! 私は『支配』なんてしたくないんだってば! イリスちゃんは効率ばっかり!」
「まあまあアリスさん。イリスも悪気はないのです。ただ、彼女の計算によれば『アリスさんが現人神として君臨すれば、民衆の統制コストがゼロになり、物流も治安も最適化される』というだけで……」
ミリアが苦笑しながらフォローを入れるが、アリスの不満は収まらない。
「それが嫌なの! ラノリアで聖女やってた時は、まさにそうやって『神輿』にされて、自由がなかったんだから……! 『聖女様のお言葉です』って言えば、みんな思考停止して従う。それは楽かもしれないけど、間違った方向に進んでも誰も止められないんだよ!? 私はみんなと笑い合いたいだけで、崇められたいわけじゃないの!」
アリスの脳裏に蘇るのは、かつての「運営」に管理されていた日々の記憶だ。
自分の言葉が勝手に解釈され、神の意志として利用される恐怖。彼女にとって「信仰」とは、一歩間違えれば人を縛る鎖になる危険な劇薬なのだ。
対面のソファに深く座り、タケダ領から届いた瑞々しい桃のコンポートを優雅に口にしていたわたし、レヴィーネは、そんなアリスの様子を楽しげに眺めていた。
「贅沢な悩みね。……でも、言いたいことはわかるわ」
わたしはフォークを置き、紅茶を一口啜った。
「イリス。人間の感情というのは、数値だけで管理できるものじゃないわよ? 無理やりに束ねた信仰は、いつか必ず暴走する。……ラノリアの『管理者』が失敗したようにね」
『……過去のデータ照合。……肯定。恐怖や盲信による統治は、長期的には反乱リスクを高める傾向にあります。しかし、現状の「信仰心」という莫大なエネルギーリソースを放置することは、熱力学的にも経済的にも損失です』
イリスが瞬きもせず、合理の極みのような提案を投げ込んでくる。
『提案。アリスを「現人神」として法的に定義し、全寺社を強制的に傘下に収める「宗教統一令」の発布を推奨します。反対分子は、マスターとレヴィーネ様の武力で排除すれば、3ヶ月で統一可能です』
「ストーップ!! イリスちゃん、思考が過激すぎるよ!?」
アリスが悲鳴を上げて飛び起きた。
「武力制圧とか絶対ダメ! そんなの私が一番嫌いな『悪の教団』そのものじゃん! 私はね、もっとこう……サン・ルーチャのマテオ神父さんみたいな関係がいいの! 地域のみんなに頼りにされてて、でも特別扱いじゃなくて、一緒にご飯を食べて笑い合えるような……そういう『近所の頼れるお姉ちゃん』でありたいの!」
『マテオ神父……データ照合。個体識別名「隻腕のルチャドール」。……彼の活動規模は半径500メートル以内の局所的なものです。国家規模の展開には非効率的であり、アリス個人のリソースでは全土をカバー不可能です』
「むきーッ! 効率の話じゃないんだよぉ~!」
頭を抱えて悶えるアリス。
古代知性体の正論と、人間の感情論。平行線をたどる議論に、ミリアも困り顔で魔導計算機を弾いている。
……やれやれ。頼もしいけれど、不器用な子たちね。
わたしはため息をつき、助け舟を出すことにした。
「……だったら、アリス。あなたの『理想』と、イリスの『効率』を混ぜればいいんじゃない?」
「え?」
わたしは鉄扇を開き、テーブルの上に広げられたトヨノクニの地図を指し示した。
「あなたが全員の神様になる必要はないわ。……各地に『マテオ神父』のような、信頼できるリーダーを見つけて、その人たちに現場を任せるのよ。あなたはそれを手伝う『応援団長』でいればいい」
わたしの言葉に、ミリアの眼鏡がキラリと光った。
彼女の中で、点と線が繋がったようだ。
「なるほど……『フランチャイズ方式』ですね!」
「ふらんちゃいず?」
「はい! 本部は理念とノウハウ、そして『タカニシキ』や『牛乳』といった資材を提供します。その代わり、各支部はそれぞれの地域の特色に合わせた運営を行い、民衆をケアするのです。……これならアリスさんの負担も減りますし、地域ごとの信仰も守られます!」
『……再計算中。……肯定。中央集権型ではなく、自律分散型のネットワーク構築。……リスク分散の観点からも合理的です。さらに、各拠点を物流と通信の中継局として利用することで、V&C商会の流通コストを40%削減可能です』
イリスも納得したようだ。
アリスの目が、パァッと輝き出した。
「そ、それだ! それだよみんな!」
アリスが身を乗り出し、拳を握りしめる。
「私、そういう組織を作りたい! 上から目線の『教団』じゃなくて……みんなが助け合うための『組合』みたいなやつ! 神様は『主人』じゃなくて『推し』! 信仰は『義務』じゃなくて『推し活』! みんなが楽しくて、元気になれる場所を作るの!」
議論に熱が入ってきた。
アリスが理想を語り、ミリアがそれをシステムに落とし込み、イリスが「では、不正を行う支部の監視プロトコルを作成します」と物騒な補足を加える。
三者三様の視点が、一つの巨大な組織図を描き出していく。
「……ま、話はまとまったようね」
わたしは静かに席を立った。
ここから先は、彼女たちの領分だ。わたしがいると、どうしても「物理的解決」の案ばかり出てしまうからね。
「ほどほどにしときなさいね。……悩みすぎるよりも、動いちゃった方が意外といい結果に繋がるものよ」
「あ、レヴィちゃん? どこ行くの?」
アリスが振り返る。
「少し、散歩よ。……城の方で、話のわかる『うつけ者』と茶でも飲んでくるわ。あなたたちの悪巧みに、ハンコをもらってきてあげる」
わたしはひらひらと手を振り、サロンを後にした。
背後からは、イリスの無機質な声と、アリスの楽しげな声が響いている。
『警告。アリスの提案する「握手会」のカロリー消費量が計算と合いません。……過労死リスクがあります』
「そこは気合だよイリスちゃん! アイドルの基本!」
……やれやれ。この国はもっと騒がしくなりそうだわ。




