第113話 鋼鉄の邂逅:頑固ドワーフを釣る餌は「極上の酒」と「オーパーツの設計図」
ガルディア帝国への「仕送り」任務を終えた魔導戦艦ヴィータヴェン号は、進路を北へと取った。
目指すは大陸最北端、極寒の地「ハニマル領」。
かつてレヴィーネが血と汗と魔力を垂れ流して修行した、「獣の穴」がある場所だ。
「……寒っ!! なんじゃここは、世界の果てかえ!?」
甲板に出たリョウマは、あまりの寒さに毛皮のコートを重ね着して震え上がった。
海面は白い氷に覆われ、空からは絶え間なく雪が降り注いでいる。
普通の船なら、とっくに氷に閉ざされて航行不能になっているだろう。
だが、この船は違う。
ガガガガガガガッ……バキィィィン!!
船首に取り付けられた「クラーケンの嘴」が、分厚い氷盤を物理的に噛み砕き、魔導エンジンの推力で強引に氷の海を割り進んでいく。
砕氷船も真っ青のパワフルな航行だ。
「姐さんの船じゃき、氷くらいで止まるわけがないが……。それにしても、とんでもない所へ修行に来とったもんじゃのう」
リョウマは白い息を吐きながら、前方にそびえ立つ氷壁と、その上に築かれた要塞のような港を見上げた。
◆ハニマル領・港湾要塞◆
船が接岸すると、そこには既に「出迎え」が待っていた。
数百人の、丸太のような腕をした男たち。全員が氷点下だというのに上半身裸で、身体から湯気を立てている。
その中心に、ひときわ巨大な、岩のような男が仁王立ちしていた。
「ガハハハハ! よう来たな、南の海男! レヴィーネから話は聞いておるぞ!」
「北天の獅子」マラグ・ハニマル。
レヴィーネの祖父であり、師匠。その咆哮だけで吹雪が吹き飛ぶような威圧感だ。
「お初にお目にかかるぜよ! サカモト・リョウマじゃ! ……へえ、こりゃあたまげた。姐さんのじい様だけあって、デコピンで山を砕きそうな御仁じゃな」
リョウマが物怖じせずに挨拶すると、マラグはニヤリと笑い、リョウマの肩をバシッと叩いた。
ドスン! と重い音がして、リョウマの膝が少し笑う。
「いい度胸だ。……して、あの跳ねっ返りは息災か?」
「ええ、ピンピンしちょりますよ。今はトヨノクニという島国で、米を作ったり、将軍を投げ飛ばしたり、楽しくやっとります。先日会った弟君も、順調に『怪物』に育ちよりましたわ。この血筋は恐ろしいのう」
「カカッ! ソレンか! あいつもいずれ『獣の穴』に挑みにくるかもしれんな!」
マラグは愉快そうに笑い、リョウマの背中を押した。
「さあ、入れ。冷えるぞ。……ドワーフの里へ行きたいのだったな? 案内してやるが、あいつらは人間以上に頑固だぞ?」
◆ドワーフの隠れ里・第一工房◆
ハニマル領のさらに奥、活火山の地熱を利用した地下洞窟に、その里はあった。
外の極寒が嘘のように、洞窟内は熱気と硫黄の匂い、そして金属を叩く音で満ちている。
カンッ、カンッ、カンッ!
リズミカルな槌音が響く工房の奥。
身長は低いが、樽のような胴体と、顔の半分を覆う髭を持つ男が、真っ赤に焼けた鉄を叩いていた。
ドワーフ族の長にして、伝説の鍛冶師、ガンテツ親方だ。
「おい、ガンテツ! 客だぞ!」
マラグが声をかけるが、ガンテツは振り返りもしない。
「うるせえ! 今は忙しい! 貴族の飾り剣なんぞ打つ暇はねえぞ!」
「飾りじゃねえ。……『世界を変える道具』の話をしに来たぜよ」
リョウマが一歩前に出た。
ガンテツの手が止まる。彼はゆっくりと振り返り、ゴーグル越しにリョウマを睨みつけた。
「……海臭ぇ兄ちゃん。世界を変えるだと? ヒューマンごときが大層な口を叩きやがる」
「ハッタリじゃあない。……これを見とうせ」
リョウマは懐から、一巻の設計図を取り出し、作業台の上に広げた。
それは、トヨノクニを出る前に、ミリアから託されたものだ。
古代知性体イリスのデータベースにある「内燃機関」と「冷却機関」の構造図を、ミリアがこちらの世界の技術レベルに合わせて翻訳・再設計した、オーパーツの設計図。
ガンテツは鼻を鳴らして図面を覗き込んだ。
最初は馬鹿にしたような目だった。
だが、数秒後。
彼の目が、ゴーグルの奥で見開かれた。
「……な、なんだこりゃあ……!?」
ガンテツの指が、図面の上を震えながら走る。
煤けた指先が、複雑な魔力回路とピストンの構造図をなぞる。
「魔力を爆発させてピストンを動かす……? 回転運動への変換機構……? こっちの箱は……魔力を吸熱反応に変えて冷やす……だと?」
ドワーフの技術を持ってしても、「理論」はあっても「小型化・実用化」は不可能とされていた技術体系が、そこには完璧な計算式と共に記されていた。
「こいつは……古代文明の遺失技術か!? いや、それよりも洗練されてやがる! 誰が書いた!?」
「姐さん……レヴィーネ・ヴィータヴェンのとこの専務さんが書いたもんじゃ。……どうじゃ親方、これを作ってみたくはないかえ?」
リョウマが畳み掛ける。
ガンテツはゴクリと唾を飲み込んだ。職人としての魂が、猛烈に疼いているのがわかる。
だが、彼は首を振った。
「……面白え。だが断る。俺たちはこの里で、ハニマル家のために武器を作る契約がある。ここを離れるわけには……」
「これでもか?」
リョウマは、もう一つの切り札を取り出した。
トヨノクニから持参した、二本の瓶だ。
一本目のラベルにはトヨ酒『越後武士』。
そしてもう一本、厳重に封をされた瓶には、トヨ焼酎『越後龍』と書かれている。
ポンッ。
リョウマが『越後武士』の栓を開けた瞬間、芳醇な米の甘い香りが工房に充満した。
「ンンッ……!? いい香りだが……ドワーフの喉にはちと物足りねえな」
ガンテツが鼻をひくつかせる。
「ふふん。こっちは挨拶代わりじゃ。……本命はこっちぜよ」
リョウマはニヤリと笑い、『越後龍』の封を切った。
シュウッ……と、揮発する音が聞こえるほどの高濃度アルコール。
『越後武士』を蒸留し、タカニシキ由来の高純度エナジー成分を凝縮させた、度数46度を超える無色透明な液体。
その香りが漂った瞬間、工房内のドワーフたち全員が、バッと振り返った。
「な……なんだこの匂いは!?」
「酒か!? いや、これは……魔力の塊か!?」
ガンテツの目の色が変わり、手が震え出した。
リョウマは小さな盃に『越後龍』をとくとくと注ぎ、差し出した。
「飲んでみとうせ。……『あと数段階でアクアウィタエに到れる』と言われた代物じゃ」
ガンテツは引ったくるように盃を取り、一気に煽った。
カッ!!
「……ぐ、ぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!」
ガンテツが天を仰いで咆哮した。
全身の血管が浮き上がり、肌が赤く染まり、目から光が迸る。
「熱い! 喉が焼けるように熱いのに、腹の底から力が湧いてきやがる! なんだこりゃあ! 鉄を叩いた後の疲れが、一瞬で吹き飛んだぞ!?」
タカニシキの生命力と、極限まで高められたアルコール。
それは酒好きのドワーフにとって、黄金よりも価値のある「燃料」だった。
「気に入ったかえ? ……トヨノクニに来れば、この酒が飲み放題じゃ。それに……」
リョウマはニヤリと笑い、図面を指先で弾いた。
「この設計図を形にするための『素材』も『資金』も、腐るほどある。……おんしの腕で、世界を驚かせる『魔導トラック』ちゅう乗り物を、作ってみんか?」
極上の酒。
未知の技術。
そして、職人魂を揺さぶる挑戦状。
ドワーフを釣るには、これ以上の餌はない。
「……くそっ! 今すぐにでも行きてぇ……だがよぉ……」
ガンテツは悔しげに工房を見回した。
里の長として、魔獣の脅威に晒される北の地を放り出して自分だけ行くわけにはいかない。その葛藤が、彼を押し留めていた。
すると、後ろで腕組みをして見ていたマラグが進み出た。
「行ってやれ、ガンテツ。……あいつの周りなら、退屈はせんぞ? それに、工房の若手も十分育っておろうが」
「……総帥」
ガンテツが振り返る。マラグはニヤリと笑い、力強く頷いた。
その信頼に背中を押され、ガンテツは腹をくくった。
彼は周囲のドワーフたちに向かって怒鳴り声を上げた。
「野郎ども! 東の島国へ『出稼ぎ』に行きてぇ奴は、荷物をまとめろ! ただし、なにしろ地の果てだ! 生きて帰れる保証はねえぞ!!」
「「「オオオオオッ!!!」」」
ドワーフたちの歓声が洞窟を揺らす。
血気盛んな精鋭たちが、我先にと名乗りを上げる。
「総帥、留守は若い連中に任せて、俺たちは一暴れしてくるぜ!」
こうして、ガンテツ率いる最強の鍛冶師集団が、ヴィータヴェン号に乗り込むことになった。
彼らがもたらす技術革新が、トヨノクニをさらなる混沌と繁栄へ導くことになるのだが……それはまた、別の話である。
技術屋たちの宴。頑固な職人を動かすのは、金ではなく「ロマン(と酒)」ですね。ガンテツ親方の再登場です!ここから技術革新が加速しますよー!
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