第112話 【里帰り】最強遺伝子の証明。赤ちゃんの握力で指をへし折られる船長
トヨノクニから北の大陸、ハニマル領へ向かう航路の途中。サカモト・リョウマ率いる魔導戦艦ヴィータヴェン号は、補給と「ある重要な任務」のために、ガルディア帝国の港に寄港していた。
その任務とは、レヴィーネとミリアの実家への「仕送り」と「近況報告」である。
◆ガルディア帝国・ヴィータヴェン辺境伯領◆
「お邪魔するぜよー! トヨノクニからの定期便じゃきー!」
リョウマは、部下たちに木箱の山を担がせ、ヴィータヴェン家の屋敷の門をくぐった。出迎えたのは、当主ユリスと妻イリーザ。そして、イリーザの腕に抱かれた、一歳になったばかりの長男ソレンだ。
「おお、リョウマ殿! 遠いところをよくぞ!」
父ユリスが、満面の笑みで駆け寄ってくる。その背後には、以前の「カジノからの送金」で増築された屋敷が輝いているが、今回の荷物はそれ以上のインパクトがあるだろう。
「レヴィーネは元気にしているかい? また何か壊してないかい?」
「ハハッ! 元気も元気、向こうじゃ『黒鉄大明神』なんて呼ばれて拝まれちゅうよ。……壊したもんの請求書より、稼いだ額の方が遥かに多いき、安心してつかぁさい」
リョウマは笑いながら、レヴィーネからの和紙の手紙と、目録(タカニシキ、味噌、醤油、トヨ酒、トヨ焼酎、最上級オワリ絹、ソイ&ホエイプロテイン、そして金銀の延べ棒)を渡した。
ユリスが震える手で封を開ける。そこには、流麗な筆致で、しかしレヴィーネらしい内容が綴られていた。
『拝啓 お父様、お母様。
季節の変わり目、いかがお過ごしでしょうか。
私は現在、東の島国トヨノクニにて、淑女の嗜みとして害虫の駆除などを少々行っておりましたところ、あちらの君主より領地を賜りました。
つきましては、我が領地の収穫物をお送りいたします。
美容と健康に良い発酵食品と、ソレンの成長に欠かせない「筋肉の粉」です。
当面の間はこちらの統治で忙しく帰れませんが、どうかご健勝に。
追伸:まだ少し早いですが、あの子の墓前にも、このトヨ酒を味見させてあげてください。あの子なら、きっと笑ってくれると思います。
レヴィーネより』
「……害虫駆除で領地をもらうとは、相変わらず規格外だね」
ユリスは苦笑しながらも、追伸のところで目を細め、静かに頷いた。
「ああ、わかったよ。ノア君にも、一番いい酒を供えよう」
しんみりとした空気が流れる中、リョウマは赤ん坊のソレンに視線を向けた。
「ほう、これがソレン坊ちゃんか。……姐さんに似て、可愛らしい顔をしちょるのう」
リョウマは屈み込み、ソレンの小さな手に自分の人差し指を差し出した。
「ほれ、高い高いしてやろうか? おじさんの指を掴んでみぃ」
ソレンはキャッキャと笑い、無邪気にリョウマの指を握りしめた。その瞬間。
メキメキッ……バキィッ!!
「いだだだだだだだッ!!??」
屋敷に、リョウマの絶叫が響き渡った。彼は涙目で指を引き抜こうとするが、赤ん坊の握力は万力の如く、ビクともしない。指の骨が悲鳴を上げている。
「な、なんじゃこりゃ!? 指が! 指が砕けるぅぅ!!」
「あらあら、ソレンったら。力が強いのねぇ」
イリーザがのんきに笑いながら、優しくソレンの手を撫でて離させる。解放されたリョウマの指は、紫色に変色し、ありえない方向に曲がっていた。
「……ぜぇ、ぜぇ……。なんちゅう馬鹿力じゃ……」
リョウマは恐怖の眼差しで、無邪気に笑う赤ん坊を見つめた。まだ1歳。ハイハイを始めたばかりの赤子だ。それでいて、大人の男の指をへし折る握力。
(……間違いない。こやつも『同類』じゃ。姐さんと同じ、物理の申し子じゃき……!)
「将来が楽しみ……いや、恐ろしいのう。……姐さんによろしく伝えとくぜよ。『弟君は順調に怪物に育っちょります』とな」
リョウマは引きつった笑みを残し、逃げるようにヴィータヴェン家を後にした。
◆コーンフィールド男爵領◆
次に向かったのは、ミリアの実家であるコーンフィールド男爵家だ。
領地は山間部にあり、かつては痩せた土地に石ばかりが目立つ貧しい農村だったが、ミリアがレヴィーネに仕えてから定期的に届くようになった資金と肥料、そして技術書のおかげで、今やその風景は劇変していた。
斜面には美しく整備された段々畑が広がり、作物が青々と茂っている。行き交う領民たちは、泥にまみれながらも肌艶が良く、その腕っぷしは逞しいものであった。
「男爵殿、トヨノクニからの定期便じゃ! こちらはミリア嬢ちゃんからの仕送りじゃき!」
リョウマの声に、コーンフィールド男爵と、ミリアの三人の弟たちが畑仕事の手を止めて駆け寄ってくる。
「おお! リョウマ殿! いつもすまないね!」
リョウマが部下に指示して荷解きを始めると、その場にいた全員が息を呑んだ。出てきたのは、単なる金銀財宝ではない、農家にとってそれ以上に価値のある「宝の山」だったからだ。
トヨノクニの本家本元、最高の醸造家たちが手掛けた『黒鉄味噌』と『黒鉄醤油』の樽。ミリアが開発し、アリス乳業で大量生産された『ソイ・プロテイン』と『ホエイ・プロテイン』の袋。そして何より、男爵の目が釘付けになったのは、厳重に魔導ケースで梱包された小さな箱だった。
「こ、これは……まさか……」
震える手でケースを開けると、そこには瑞々しい緑の苗と、生命力を放つ種籾が収められていた。東の島国でレヴィーネたちが開発した奇跡の米、『タカニシキ』の苗と、品種改良中の新品種『トヨノホマレ』の研究用サンプルだ。そこには、ミリアからの手紙が添えられていた。
『お父様、お母様、みんな元気ですか?
私は今、トヨノクニで毎日死ぬほど働いて、最高に充実した日々を送っています。
今回送ったのは、本場の職人技で磨き上げられた発酵食品と、私の自信作である栄養補助食品です。これを食べて、みんなでさらに筋肉と体力をつけてください。
そしてお父様。同封した苗は、私たちが開発した「タカニシキ」と、その更に先を行く「トヨノホマレ」の試作品です。お父様の農業理論があれば、きっとこの帝国の土地にも合うように改良できるはずです。
この種で、領地をもっともっと豊かにしてください。それが、私の願いであり、レヴィーネ様への恩返しでもあります。
追伸:弟たちの学費は心配無用です。王都の最高学府だろうが留学だろうが、姉が全額出しますから!
V&C商会専務 ミリアより』
手紙の内容と、横に積まれた「王都に屋敷が建つレベルの金貨の山」を見て、弟たちがざわめき始めた。
「こ、こんな大金……姉上は山賊にでもなったのですか?」
「ミソとショーユの利益だけで、いくらなんでもここまでは稼げないはず……まさか、裏社会と闇取引でも……?」
「そんなことできるわけが……ないとはいえないのが姉ちゃんだからなぁ。あはは」
弟たちの素直すぎる反応に、リョウマはニヤリと笑い、男爵に向き直った。
「こらこら、お前たち。姉さんを疑うでない。……あながち間違いじゃあないが、まあ、『影の女帝』といったところかのう」
男爵は苗を愛おしそうに撫で、涙を拭って顔を上げた。その顔は、娘の成長と心遣いを受け止めた父親の顔だった。
「ミリアは、自分の力で道を切り開いたのだ。……我らも負けてはいられんぞ!」
男爵は力強く宣言した。
「さあ、みんな! ミリアの期待に応えるぞ! 今日からこの『プロテイン』とやらを飲んで、畑を倍に広げるんだ!」
「おう!!」
コーンフィールド領に、力強い歓声が響く。リョウマはその光景を見て満足げに頷くと、再び海へと戻った。
船の進路は北。極寒の地、「ハニマル領」へ。最強の職人たちを迎えに行くために。
赤ちゃんの握力がゴリラ並み。さすがヴィータヴェン家の血筋ですね。実家への仕送りも完了し、いよいよ技術革新編へ!
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