第110話 【賢者覚醒】過労死寸前の私、古代AI(神の眼)を手に入れる。今日から君は私の「最強の電卓」よ!
トヨノクニ、オワリ城下。V&C商会仮設本店。
深夜の静寂に包まれるはずの刻限ですが、私の執務室だけは戦場のような熱気に包まれていました。魔導ランプの明かりの下、私は和紙の山と格闘していたのです。
「……あぁもう! レヴィーネ様ったら、また山を一つ崩したんですか!? これじゃあ造成費の計算がやり直しです! それにアリス乳業の新規出店計画に、タカニシキの先物取引の集計、黒鉄隊の給与計算……あああん、腕がもう一本欲しいです!」
羽ペンを走らせる手は止まりません。私の頭の中では、常に数十の計算式が並列して走り、魔導計算機を弾く音が幻聴として聞こえてくるレベルです。
私、ミリア・コーンフィールドは、貧乏男爵家の長女として生まれ、幼い頃から領地経営という名の「借金返済パズル」に明け暮れてきました。だから計算には自信がありますし、徹夜も野宿もへっちゃらな体力もあります。
ですが、さすがに今の仕事量は限界を超えつつありました。
原因はもちろん、私が心から崇拝する主、レヴィーネ・ヴィータヴェン様です。
あの方は素晴らしい。美しく、強く、そして何より自由です。「お腹が空いた」と言えば国境を越え、「邪魔だ」と言えば城壁を粉砕する。その圧倒的な「物理」と「ワガママ」こそが、私の憧れであり、生きる指針なのです。
……まあ、その後始末をするのは全部私なんですけれど!
「……ふぅ。少し、休憩しましょう」
私はペンを置き、凝り固まった肩を回します。
ふと、部屋の隅に置かれた木箱が目に入りました。
それは以前、無人島サバイバルから帰還した際、レヴィーネ様が「ダンジョンの奥に転がってたけど、使い方がわからないからミリアにあげるわ。文鎮にでもしなさい」と言って、私の部屋に放置していったガラクタの山です。
「レヴィーネ様のお土産ですから、粗末にはできませんけど……正直、何がなんだか」
私は気分転換に、木箱の中を漁ってみることにしました。
得体の知れない金属片や、光らなくなった魔石に混じって、一つの奇妙な物体が転がり出てきました。
手のひらサイズの、真っ黒な直方体。
石のようにも、金属のようにも見えます。表面には幾何学的な紋様が薄っすらと刻まれていますが、魔力を感じません。
「文鎮……にしては軽いですし、漬物石にも足りませんね」
私はそれを手の中で転がしながら、ふと思い出しました。
そういえば、無人島のダンジョンで手に入れた「アレ」がありましたっけ。
「せっかくですから、鑑定してみましょうか」
私は胸元から、銀縁の眼鏡を取り出しました。
『賢者アスケンの眼鏡』。
食材の鮮度から栄養価、調理法まで瞬時に見抜くことができる、伝説の鑑定アイテムです。これのおかげで、変な毒草をレヴィーネ様に食べさせずに済んでいます。
私は眼鏡をかけ、黒い直方体をじっと見つめました。
すると、レンズの上に古代文字がホログラムのように浮かび上がり、私の脳内で自動的に現代語へと翻訳されていきます。
『名称:自律型・超並列演算ユニット“キューブ”』
『状態:スリープモード(魔力枯渇による機能停止中)』
『機能:全地球規模の環境情報の収集・解析、および、高度な未来予測演算』
『備考:マスター登録により、あらゆる事象の“最適解”を算出可能』
「……え?」
私は眼鏡をずらし、二度見しました。そしてもう一度眼鏡をかけ直して、凝視します。
演算? 予測? 最適解?
それってつまり……。
「……これを使えば、この書類の山の計算も、あっという間に終わるってことですか!?」
私の目が、カネの音と共に輝いた(気がしました)。
全地球規模とか、環境情報とか、そんな大それたことはどうでもいいのです。
今、私が一番欲しいもの。それは「睡眠時間」と「事務処理能力」!
もしこの説明書きが本当なら、これは伝説の剣や魔法なんかよりもよっぽど価値のある、「最強の魔導計算機」ではありませんか!
「すごい! すごいですレヴィーネ様! まさか私の苦労を見越して、こんな便利なアイテムを拾ってきてくださるなんて! 一生ついていきます!」
私は興奮して、そのキューブを両手で包み込みました。
鑑定結果の続きによれば、起動には「魔力による生体認証」が必要らしいです。
「起きてくださいな、便利な道具さん! 私の魔力をあげますから、明日までの決算書を手伝ってください! お願い、このままだと過労で肌が荒れちゃうんです!」
私は祈るように、体内の魔力を練り上げ、ありったけの量をキューブへと注ぎ込みました。
私の魔力量はレヴィーネ様やアリスさんのような規格外ではありませんが、コツコツと溜め込むことに関しては自信があります。
ブォン……。
黒い塊が微かに振動し、表面に青白い幾何学模様の光が走りました。
まるで心臓の鼓動のように、光が明滅を始めます。
そして、部屋の空気が一変しました。静電気のようなピリピリとした感覚が肌を走り、古代知性体の演算光が、私の網膜を焼き、脳髄へと直接流れ込んできます。
一瞬の目眩。そして、頭が割れるような情報の奔流。
「ぐっ……うぅ……ッ! あだだだだ! 情報量が! 情報量が多すぎます!」
私はデスクに頭を打ち付けそうになりながら、必死に耐えます。
普通の人間なら、この情報量に耐えきれず、脳が焼き切れて廃人になっていたでしょう。
ですが、私の脳は――幼い頃から領地の借金返済パズルと、レヴィーネ様の引き起こす災害級のトラブル処理を並列で行ってきたことで、異常なほどの「スループット」と「鈍感力」を獲得していたのです!
(負けるものですか……! この程度の計算、レヴィーネ様がカジノで全財産を賭けた時の冷や汗に比べれば……!)
私のド根性が、暴走しようとする情報の波をねじ伏せ、整理し、掌握していきます。
混沌としていた光の粒子が、整然とした「帳簿」へと変換されました。
『……生体認証、確認。精神負荷耐性、クリア。個体名:ミリア・コーンフィールドを、正規マスターとして登録シマス』
脳内に響く無機質な声と共に、視界が開けました。
そこは、いつもの執務室ではありませんでした。
いや、執務室なのだが、壁も天井も透けて見え、代わりに無数のウィンドウと数値が空中に浮かんでいます。
私の目の前に、青白い光の粒子が集まり、小さな少女の姿を形成しました。
「……はぁ、はぁ。な、なるほど。貴女がこの箱の『中身』ですか?」
『肯定。私は自律型管理支援人工知能・イリスです。マスターの思考をサポートし、最適解を導き出すための存在です』
「ふぅ……はじめまして、イリス。私はミリア。貴女の新しい『先輩』ですよ?」
私は眼鏡の位置を直し、あえて先輩風を吹かせてみました。
相手は超古代の古代知性体。知識量も計算速度も私より上でしょう。ですが、ここは「レヴィーネ様陣営」です。
新入りには、まず序列を教え込まなくてはなりません!
『先輩? 定義を検索……。組織構造における上位者。了解。マスター。衛星システム「アルゴス」とのリンクを確立しますか?』
「アルゴス……? あの伝説の、百目の巨人の?」
『正しくは、静止軌道上に配置された古代の環境監視衛星群です。……接続』
シュンッ!
視界が急速に上昇しました。
オワリ城の屋根を抜け、雲を突き抜け、空の彼方へ。
そして――。
「……ひゃあ」
間抜けな声が出ました。
私の目の前には、青く輝く「星」が浮かんでいたのです。
トヨノクニの島々。その向こうに広がる大海原。そして、遥か彼方の大陸。
世界が、一枚の地図のように広がっています。
『画像解析、及び魔力波スキャンを開始。……現在、トヨノクニ全土の気象、物流、魔力濃度をリアルタイムで表示中』
地図の上に、複雑なグラフや矢印が重なります。
西の海には、リョウマさんの船団と思われる光点。
北の山脈には、雪雲の流れ。
「す、すごいです……! 全部丸見えじゃないですか! これなら……これなら、レヴィーネ様がどこで迷子になってもすぐに見つけられます!」
『……推奨される用途としては、気象操作による干ばつの回避、敵軍の動向監視、および戦略的爆撃の誘導ですが?』
イリスが淡々と、恐ろしいことを提案してきます。
私は即座に首を横に振りました。
「甘いですね、新入り(イリス)。何もわかっていませんね」
『? 論理的欠陥を指摘してください』
「爆撃なんてしたら、せっかくの農地が台無しじゃないですか! それに気象操作なんて大掛かりなことをしたら、自然の生態系が崩れて美味しい食材が採れなくなります! いいですか? 私たちの目的は『世界征服』じゃありません。『レヴィーネ様が快適に過ごせる世界を作ること』なんです!」
私は空中の地図を指差し、鼻息荒く解説しました。
「見てください、ここの雨雲! 明日の朝には東の街道にかかります。ということは、レヴィーネ様が明日の散歩で東に行くと、ドレスの裾が泥で汚れてしまうということです! 泥跳ねは洗濯が大変なんですよ!? よって、明日の散歩コースは北の石畳の道へ誘導するよう、警備兵に指示を出します!」
『……要約すると、マスターの主人の衣服の汚れを防ぐために、衛星システムを使用するということですか? リソースの無駄遣いと推測されますが』
「無駄じゃありません! レヴィーネ様の不快指数を下げることこそが、世界平和への第一歩なんです! あの方が不機嫌になると、物理的に地形が変わるんですよ!? わかってるんですか!?」
『……データ照合中。……レヴィーネ・ヴィータヴェン。過去の破壊活動ログを参照……。カジノ壊滅。山岳粉砕。城塞崩壊。……訂正。彼女の機嫌を損ねることは、国家的リスクに直結します。マスターの判断は合理的です』
「でしょう!? わかればいいんです!」
私は胸を張りました。
ふふん、どうですか。計算能力では負けても、「レヴィーネ様学」においては私の方が圧倒的に先輩なのです。
「それに、見てくださいこの人の流れ! 街道のここにお祭りの行列ができています。ということは、ここに屋台を出せばアリス乳業の新作『モナカアイス』が飛ぶように売れるはずです! 儲けたお金で、レヴィーネ様の寝室のベッドを最高級の羽毛布団に買い換えられます!」
『……経済活動による利益還元のループを確認。承認』
情報は、力ではありません。
情報は、「レヴィーネ様への貢ぎ物」を効率よく集めるためのツールです!
「ふふ……ふふふッ! 楽しくなってきましたよ!」
笑いがこみ上げてきました。
今まで、見えない明日とレヴィーネ様の気まぐれに怯えながら、暗闇の中で魔導計算機を叩いていました。
ですが今は違います。照明がつきました。盤面の全てが見えます。
「イリス。……貴女のその頭脳、頼りにしていますよ。ただし! 最終決定権は私にありますからね? 貴女はまだ『レヴィーネ様の尊さ』を数値でしか理解していないようですから!」
『了解、マスター。……学習プロセスを開始。「尊さ」の定義付けと、優先順位の再構築を行います』
この夜。
トヨノクニの片隅で、世界を裏から操る……のではなく、世界を裏から「レヴィーネ様のために整地する」最強のタッグが誕生しました。
農家の娘と古代知性体。
凸凹ですが、向いている方向(レヴィーネ様)だけは一致している、頼もしい相棒の誕生です。
ついに登場、AIイリスちゃん!古代の超兵器を「電卓」扱いするミリアさん。ある意味、レヴィーネ様より大物かもしれません。
最強タッグの結成に、祝杯(★評価)をお願いします!




