第109話 【聖女のビジネス②】牛と会話する社長。アリス乳業の夜明けぜよ
「アリス乳業」の設立が決まった数日後。
わたしとアリス、そしてミリアは、護衛の黒鉄隊を引き連れて、わたしの直轄地である「黒鉄領(旧ミノ地方)」の農村を訪れていた。
目の前にあるのは、戦乱で主を失い、放置されていた古びた牛舎。
そして、そこに繋がれているのは、あばら骨が浮き出るほど痩せこけた数頭の牛たちだった。
「……これがトヨノクニの牛、ね。随分痩せているけど、大丈夫なの?」
案内してくれた村の長老が、申し訳なさそうに頭を下げる。
「へえ。……戦続きで飼料もなく、農耕や荷運びに酷使されてきましてな。乳を出すどころか、立っているのがやっとでして……。廃用にして、肉にするしか……」
この国の牛は、基本的に「労働力」だ。乳を飲む習慣がないため、乳牛という品種改良もされていないし、大切に扱われているとも言い難い。
これでは、アリスの夢見る「牧場」には程遠い。
「うーん、どうしますかアリスさん。事業は最初が肝心ですし、帝国から新しい牛を輸入しますか?」
ミリアが提案すると、アリスは静かに首を横に振った。
「ううん。この子たちでいい。……ううん、この子たちがいいの」
アリスは、泥だらけの牛舎に躊躇なく足を踏み入れた。
お気に入りのアイドル衣装が汚れるのも構わず、一番奥にいる、特に弱った母牛の前にしゃがみ込む。
「危ないですぞ、巫女様! 気が立っております!」
長老が叫ぶが、アリスは気にしない。
彼女は優しく、牛の鼻先を撫でた。
「……辛かったね。お腹、空いたよね」
『……モォ……』
牛が力なく鳴く。
その瞬間、アリスの瞳がふわりと青く輝いた。
彼女のユニークスキル『魅了』に由来する、隠されたスキル『テイム』が発動する。
「うん、うん。……重い荷物はもう嫌だって? ……子供におっぱいをあげたいけど、出ないのが悲しいって?」
アリスは牛の言葉を通訳しながら、涙を浮かべて頷いている。
長老が「牛と会話しておられる……!?」と腰を抜かす横で、私はミリアに合図を送った。
「ミリア、例の『餌』を」
「はい。特製配合飼料『タカニシキ・マッスル・ブレンド(おから増量版)』です」
ミリアが麻袋を開けると、香ばしい大豆の香りが漂った。
栄養満点のおからに、わたしの領地で採れた牧草、そして微量の魔石粉末とアリスの光魔力を込めたスペシャルメニューだ。
「さあ、お食べ。……これからは、お仕事しなくていいんだよ。ただ食べて、寝て、元気になってくれればいいの」
アリスが飼い葉桶に餌を入れる。
牛たちは最初は警戒していたが、一口食べると目の色が変わった。
ガツガツと、一心不乱に食べ始める。
さらに、アリスが『星光の聖杖』を掲げた。
「癒やされよ、母なる命。聖なる光で満たされよ。 ――【聖女の祈り】!」
温かな光が牛舎全体を包み込む。
ただ傷を治すだけではない。生命力を底上げし、活力を与える聖女の御業。
すると、どうだろう。
痩せこけていた牛たちの毛並みがツヤツヤと輝き出し、みるみるうちに肉付きが良くなっていくではないか。
疲弊していた瞳に力が宿り、筋肉が躍動する。
『モォォォォォッ!!』
先ほどの母牛が、力強く咆哮した。
それは「元気になった」というレベルではない。生命力の塊のようなオーラを放っている。
「……うん、うん! ありがとう! 私も大好きだよ!」
アリスが牛の首に抱きつく。牛もまた、アリスの頬をザラザラした舌で舐めている。
どうやら牛たちは、アリスを「女神」として認識し、絶対の忠誠(と愛)を誓ったらしい。
「レヴィちゃん! バケツ! バケツ持ってきて!」
言われるままにバケツを差し出すと、アリスは慣れた手つきで乳搾りを始めた。
シャーッ、シャーッ!
勢いよく飛び出したのは、輝くほどに白く、濃厚なミルクだ。
「飲んでみて!」
渡されたコップの牛乳を一口飲む。
……驚いた。
臭みは一切ない。濃厚なコクと、砂糖を入れていないのに感じる強い甘み。そして何より、飲んだ瞬間に体の底から力が湧いてくるようなエネルギーを感じる。
これはただの牛乳ではない。聖女の魔力が溶け込んだ、一種のポーションだ。
「……美味いわ。これなら売れる」
「でしょ!? この子たちが『お礼』にって、最高のお乳を出してくれたの!」
アリスが満面の笑みでVサインをする。
村人たちも、恐る恐る牛乳を口にし、「うめぇ!」「なんじゃこりゃあ!」「腰の痛みが消えたぞ!?」と騒ぎ出した。
「よし! これなら行ける! ミリアちゃん、事業計画の前倒しだよ! この子たちを中心に、トヨノクニ中に牧場を作るの!」
「承知いたしました、アリス『社長』! この牛乳なら勝てますよ! 即座に独占販売権の契約書を作成して、市場を制圧しましょう!」
こうして、黒鉄領の片隅で「アリス乳業」の第一工場(牧場)が稼働した。
聖女に愛され、栄養満点の餌を食べた牛たちが生み出す「奇跡の牛乳」。
その噂は、またたく間にトヨノクニ全土へと広がっていくことになる。
牛と会話できる社長。ブラック企業の対極にある、ホワイト(牛乳だけに)企業ですね。お風呂上がりの牛乳が飲みたくなってきました。
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