第105話 【新章・トヨノクニ編②】【悲報】ハコネの関所、また壊れる。引きこもり大名に「修理費(請求書)」と「更地」のプレゼント
それは、エド城の上空に不吉な黒雲が渦巻き始めた頃のことだった。
カントウの覇者、ホウジョウ家の当主ウジマサは、領地の入り口である「ハコネの関所」の櫓の上で、神経質に爪を噛んでいた。
彼の目の前には、街道を完全に封鎖する巨大な鋼鉄の門と、何重にも組まれた逆茂木。そして、恐怖に震えながら警備に当たる数千の兵士たちの姿があった。
「……将軍家は狂った。エドはもう人の住める場所ではない」
ウジマサは優れた為政者だった。エドから漂う瘴気の異常さと、それがもたらす破滅の予兆を誰よりも早く察知していた。だからこそ、彼は関所を閉じ、自分の殻に引きこもることで、領民と自分を守ろうとしたのだ。
そこへ、一騎の早馬が駆け込んできた。オワリのオダ・ノブナガからの書状だ。
『拝啓 ホウジョウ殿。
エドの空気が悪いゆえ、ちと掃除(物の怪退治)に行って参る。
ついては貴殿の領内を通らせてもらうが、茶も菓子もいらぬゆえ、構わずいてくれ。
我らは急いでおる。貴殿らと遊んでいる暇はないゆえ、道を開けておいてくだされ。
敬具』
「ふざけるな! 『掃除』だと? あの瘴気の中へ自殺志願しに行くというのか! それに、ここは天下の険、ハコネだぞ! オワリからここまで、軍勢を率いてくるなら半月はかかる! その間に……」
ズズズズズズ……ッ!!
ウジマサの言葉を遮るように、西の街道から地響きが聞こえてきた。
砂煙を上げて突っ込んでくるのは、季節外れの台風のような集団。先頭を走るのは、黒いドレスの女と、派手なマントの男。
「な、なんだあれは!? もう来たのか!?」
「止まれェェッ! ここは封鎖されている!」
守備兵たちが槍を構える。だが、その集団は減速する気配がない。
先頭の女――レヴィーネ・ヴィータヴェンが、何もない空間から巨大な「鉄塊(椅子)」を取り出し、優雅に、しかしドス黒い殺気を纏って微笑んだ。
「なんで道を塞いでんのよッ!! こっちは急いでん、のッッ!!」
ドッッゴォォォォォォォォォォンッ!!!
一撃。ホウジョウ家が誇る、厚さ30センチの鋼鉄の門扉が、紙細工のようにひしゃげ、蝶番ごと弾け飛んだ。爆風で兵士たちが舞い上がる。
「な、ななな……ッ!?」
ウジマサが腰を抜かす目の前を、レヴィーネとノブナガ率いる軍勢が、暴風のように駆け抜けていく。
彼らはホウジョウ家の兵士には目もくれず、ただひたすらにエドを目指して直進していった。城を攻めるわけでも、略奪するわけでもない。本当にただ、「通り過ぎた」だけだった。
残されたのは、粉砕された関所と、呆然とするウジマサたちだけ。
だが、悪夢はこれで終わりではなかった。
それから数日後。妖刀『魂喰』が討たれ、エドの瘴気が晴れた頃。
ハコネの関所では、哀愁漂う復旧作業が行われていた。
カーン、カーン……。ホウジョウ家の工兵たちが、涙目でひしゃげた門扉を叩き、仮設の柵を作っている。
「ちくしょう、なんだってあんなバケモノを通したんだ……」
「当主様は『関わるな』って震えてたけどよぉ……」
兵士たちが愚痴をこぼしていると、櫓の上で監視していたウジマサが、再び絶望の悲鳴を上げた。
「ひぃッ!? ま、また来たァァァッ!!」
ズズズズズズ……。
東の街道――エドの方角から、再び地響きが近づいてくる。
砂煙を上げて戻ってきたのは、エドで怪物を退治し、返り血と煤でさらに凶悪な面構えになったオダ軍の精鋭たち。そして先頭を行くのは、やはりあの「椅子」を担いだ悪役令嬢だ。
「な、何日も経ってねぇぞ!? もう帰ってきたのかよ!?」
「ま、まだ門が直ってねぇ! 止められねぇぞォォッ!!」
パニックに陥る現場。レヴィーネは、修理途中の木の柵を、小石でも蹴るように軽く蹴散らした。
バキィンッ!
「邪魔よ。……あら、修理ご苦労様」
彼女は足を止めず、すれ違いざまに櫓の上のウジマサに向かって、一通の封書を矢のような速度で投げつけた。
ヒュンッ、ドスッ!
封書はウジマサの横の柱に深々と突き刺さった。最高級の和紙に包まれ、美しい文字で認められたその手紙を、ウジマサは震える手で開いた。
『拝啓 ホウジョウ・ウジマサ様。
新緑の候、貴家におかれましては益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。
さて、先日は少々急いでおりましたため、貴領の門扉の耐久テストを行ってしまいましたが、強度が不足していたようですわね。
修理代につきましては、オワリのV&C商会にて承りますので、後ほど請求書をお持ちくださいませ。
――追伸。
次に道を塞がれましたら、関所程度では手狭ですので、貴殿の居城ごと「整地」させていただき、風通しの良い更地にリフォームさせていただきます。
何卒、よしなに。
ごきげんよう。 レヴィーネ・ヴィータヴェン』
「……っ!!」
ウジマサはその手紙を握りしめ、泡を吹いて卒倒しかけた。
丁寧な言葉の裏にある、隠しようもない「次は城ごと潰すぞ」という恫喝。生きて戻ってきた恐怖と、往復ビンタのように二度も蹂躙された屈辱。
「……閉めろ。……今度こそ、完璧に閉めろォォォッ!!」
ウジマサは涙目で絶叫した。
「もっと頑丈な門を作れ! 壁を厚くしろ! 二度とあいつらを入れるな! 関わったら、ホウジョウの財政どころか命まで持っていかれるぞォッ!!」
こうして、ホウジョウ家はさらに強固な殻に閉じこもることになった。
彼らが再びその扉を開くのは、数ヶ月後。レヴィーネが「美味しい寿司が食べたい」という理由だけで、再びノックしに来る日のことである。
明けましておめでとうございます!新年一発目は、除夜の鐘代わりに「関所」を粉砕してご挨拶。今年もレヴィーネ様は平常運転(物理)です。
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