第104話 【番外編:大晦日閑話】除夜の鐘はスクワットのリズムで。108つの煩悩? いいえ、108回の「筋肉痛」です
12月31日。大晦日。
トヨノクニでは、一年の汚れを落とし、新たな年神様を迎えるための神聖な儀式が行われる。
すなわち、『オオソウジ』である。
「――というわけで、レヴィーネ様、アリス様。覚悟はよろしいですか?」
朝、食堂に降りていくと、そこには頭に白い三角巾(トヨノクニ様式)を巻き、両手にハタキと雑巾を装備したメイド姿のミリアが仁王立ちしていた。
その眼鏡の奥の瞳は、かつてないほど鋭く光っている。
「えっ、ミリアちゃん? なんか殺気立ってない?」
アリスが怯えて後ずさる。
わたしも少しだけ圧倒された。普段は温厚な仲間が、今日は完全に「戦場の指揮官」の顔をしている。
「V&C商会トヨノクニ支部(仮)として借り受けたこのお屋敷。埃一つ残すことは許されません。これは単なる掃除ではありません。『殲滅戦』です」
「せ、殲滅戦……」
「汚れという敵を排除し、磨き上げ、来たるべき新年を清浄な空間で迎えるのです! さあ、アリス様は窓拭き班! レヴィーネ様は粗大ゴミ……いえ、家具の移動と力仕事をお願いします!」
「わ、わかったわよ。……今日のミリアには逆らわない方が良さそうね」
わたしは苦笑しながら、ミリアから手渡されたハタキを受け取った。
こうして、悪役令嬢たちの壮絶な大掃除が始まった。
◆◆◆
「ふんっ!!」
ドォン! キュィィィィン!
屋敷の中に、掃除とは到底思えない音が響き渡る。
わたしは『漆黒の玉座』ならぬ『雑巾』を手に、廊下を高速で駆け抜けていた。
辺境伯令嬢とはいえ『獣の穴』では作務《掃除》も修行の内だった。雑巾がけなど造作もない。
「汚れとは、物質の付着に過ぎない……ならば削り取って研磨してしまえばいい……!」
わたしの超高速雑巾がけは、床板を磨き上げるどころか、鉋がけをした上に番手の高い紙やすりで仕上げたかのように輝かせていく。もはやワックスなど不要だ。
「レヴィちゃん凄い! 床が発光してる! ……あ、私は魔法で窓を綺麗にするね! 『浄化』!」
アリスが杖を振ると、窓ガラスの汚れが一瞬で消え去った。
しかし、ミリアから「楽をしない! 手作業でやり直しです!」と怒号が飛んだ。
「ひいぃ! ごめんなさーい!」
「甘えは許しません! 全て手作業で心をこめてお掃除するんです! 隅のサッシに詰まった埃こそが諸悪の根源なのです! 爪楊枝を使って掻き出すのです!」
「は、はいっ!」
元・聖女を顎で使うメイド姿の従者。
その光景はなかなかにシュールだったが、お昼過ぎには、広大な屋敷は新築同様……いや、神殿のようにピカピカに輝いていた。
◆◆◆
夜。
一仕事を終えたわたしたちは、オダ・ノブナガに招待され、領内の大きな寺院に来ていた。
雪がちらつく中、厳かな鐘の音が響き渡る。
ゴォォォォォン……。
「これが『除夜の鐘』か。腹に響く、いい音ね」
わたしは吐く息を白くさせながら、巨大な吊り鐘を見上げた。
「うむ! 百八つの煩悩を払うため、百八回鐘を突くのだ。これで心身を清め、新年を迎えるのがトヨノクニの習わしよ」
ノブナガが豪快に笑いながら説明してくれる。
「百八つの煩悩……」
「アリス様の『バターへの執着』も、これで消えるかもしれませんね」
ミリアがくすりと笑う。
「ちょっとミリアちゃん! それならレヴィちゃんの『食欲』と『破壊衝動』のほうが深刻だと思うよ!?」
「失礼ね。わたしのこれは煩悩じゃなくて『生き様』よ。……でも、そうね」
わたしは鐘の音を聞きながら、ふと自身の拳を握りしめた。
「百八つの煩悩を払う……か。いいトレーニングになりそうね」
「え?」
「一回の鐘の音につき、スクワット十回。合計千八十回。……うん、年越し前のワークアウトには丁度いいわ」
「待て待て待て! 風情がない! 神聖な空気の中で筋肉をいじめるな!」
ノブナガが慌てて突っ込みを入れる。
けれど、わたしの体はもう動き出していた。
「1・2・3・4・5・6・7・8・9・10!(……ゴォォォン)」
「1・2・3・4・5・6・7・8・9・10!(……ゴォォォン)」
「1・2・3・4・5・6・7・8・9・10!(……ゴォォォン)」
……ゴォォォン。
……ゴォォォン。
「あーあ、始まっちゃった……」
アリスが呆れたように肩をすくめる。
ミリアは「やれやれ」と言いながらも、懐から取り出したタオルとスポーツドリンクを準備していた。
「ふふ、この調子なら、来年もいい年になりそうね!」
寒空の下、わたしの熱気で周囲の雪が解けていく。
除夜の鐘のリズムに合わせて、わたしは高らかに笑った。
凶器はドス黒い鈍器。
けれど今夜だけは、その拳は誰も傷つけず、己の筋肉と、来るべき明日への希望を刻んでいた。
ミリア専務、覚醒。掃除という名の殲滅戦でした。そして除夜の鐘。皆様も良いお年を(筋肉とともに)お迎えください。
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