破壊のパワーズ
「お前、またビリかよ」
同級生に揶揄われ慣れている8才の少年は、教室の隅の椅子に座り、無表情で窓の外を眺めていた。
人数は少ないが、同級生と切磋琢磨する環境に身を置く事も必要と、野良コミュニティにも学校のような教えどころがあった。
運動も、話すスピードも計算も、他の子より遅くなりがちなこの少年は、揶揄われる格好の餌食だった。
でも彼にはそんな事どうでも良かった。
周りにはそんなぼんやりとした少年が、そのまま成長したように見えた。
彼の内に秘めたものには、誰も気が付かないまま。
僕を揶揄ってくる子たちは、片親や、数少ないが両親揃ってる子もいたし、両親ともいない子もいた。だから親の有無は揶揄う理由にはならない。
いつもビリッケツだから“ビリー”。小さい頃からそう呼ばれた。別に何でもいい。好きに呼べばいい。
正直、母さんの事ははっきりとは覚えていない。
僕がお腹にいる時に母さんはコミュニティに保護され、僕はここで生まれた。
3才の時、母さんは消されたらしい。
母さんとの写真はある。この頃の記憶はほとんどないけど、母さんとの最後の思い出だけは微かに残ってる。
出かけると言った母さんの、後ろ姿の記憶だけ。
15歳くらいの時、同級生たちがダーツをやっていて、何故か無理矢理仲間に入れられた事があった。一番下手な奴が、僕を入れれば最下位にはならないだろうと思ったんだろう。
僕はほとんどそういう遊びを、誰かとしたことが無かったから。でも1人ではたまにやる事もあった。
的当て遊びは嫌いじゃなかった。僕は目は良かったから。
実を言うと運動も苦手じゃなかった。嫌いなだけだ。何故早く走らなきゃいけないのか、何故ボールで勝ち負けを競うのか、意味がわからなかった。
的当ては寸分の狂いもなく当てたいところに当てられるし、逆に飛んできた何かを確実に捕まえたり、止めたりする事も出来た。
あの時のダーツはダントツ1位だったから、その子たちのグループには二度と誘われる事はなかった。
でも他の子たちは面白がった。BB弾で的当てをやらされた時、誰かが僕を『ビリーザキッド』と呼んだ。周りにどう呼ばれようと興味ないけど、僕にぴったりな名前かもしれないと思った。
僕は人間を8人殺したと言われていたから。
辨野が都内の今の部屋を構える前、イズモを拠点に全国に飛び回っていた時、子どもを保護して欲しいと、遠く九州のタカチホから要請された。
辨野はタカチホ所属の仲間と落ち合い、2人で保護に向かった。
13歳のその子は、タカチホのコミュニティに所属しているが、何故か隣の県のH市まで遠出をしているとの事だった。
何故、危険を承知で遠出をしたのかが謎だった。
少年を検知した場所は、遥か昔、隠れキリシタンの集会所だった場所。今は数少ない信者が通う普通の教会だった。
だが辨野たちがその教会の中に入ると、少年が1人で立ち尽くしていた。
床には男女数人の、生死のわからない負傷者があちこちで倒れており、驚いた事にその中には、警官の格好をした人型AI戦闘ユニットの姿まであった。
この子がやったのか、でも人型ユニットまで……いや……。
戸惑っている間に、これから礼拝しようと訪ねてきた信者が、辨野たちのすぐ後に入って来た。辨野たちはハッと我に返り、急いで少年を保護し、タカチホに戻る事にした。
その信者はこの光景を見て腰を抜かし、慌てて逃げて行った。多分すぐ警察に通報し、教育都市から脱走した異常者の少年が、通り魔的な犯行に及んだとでも証言したのだろう。
帰りの車の中、少年は事の顛末を話した。
「僕は、母さんが祈りに行った場所が見たかった」
母さんの日記にはこう書いていた。
“◯月◯日
この子を身ごもった時、毎週通っていた教会で神様に報告した。皆は、子を国に預ける事に何の疑問も持っていない。言葉にする事も許されない私の願いは、どうすればよいのでしょうか“
“◯月◯日
タカチホに来れて、一緒に過ごせて幸せだと心から思っています。ここで八百万の神様たちに守られて、とても感謝しています。
ですが最後にもう一度、いつもの教会でも感謝を伝えたい”
僕は母さんが最後に何を見たのか知りたくて、あの教会に行った。
子どもが来たと驚かれたけど、そんな事はどうでもいい。
僕は、10年前にここに祈りに来た◯◯という女性を知っているか、と聞いた。
皆驚いて、何でその女を知ってるのかとか色々聞いてきたけど、1人が「指名手配犯の女だ」と言った。
僕は『罪は何?』と聞いた。よく覚えてない、けど罪人はここに入れられないと追い返し、通報したと言った。通報するのは当たり前だ、と。
その女は『子どもを産んだだけだ、悪いことはしていない』と叫んでいたが、指名手配されているんだ、しょうがないだろう、と。
だから当然、今回の僕も通報されていて、すぐ警官がやってきた。
だから僕も母さんと同じように、『母さんは何も悪い事はしていない。僕を産んだだけだ』と言った。
その言葉に、周りの人は理解できず不思議な顔をしていたが、警官だけは表情が無くなった。
「かあさん、って何だ。聞いたことがないが」
皆、口々にこう言った。
周りの声を無視して更に僕は、『僕は母さんと暮らしていた』と一言言った。
「君は一体何の話をして……」と誰かが言いかけた時、警官は僕とその場にいた全員に襲いかかって、数秒で僕以外を殺した。
僕は既に力を借りていたから、殺されなかった。
あの教会に入った時から、はっきりと見えてたんだ。背中に白い羽の生えた男たちが部屋の一角でたむろしていて、微笑んでいたりニヤニヤしていたりして、皆で僕を見ていた。そして1人が
《力を借りたいか?》
そう聞いてきた。
僕は、周りの人には羽の人たちが見えていないし、声も聞こえてない事がすぐわかったから、心の中で「うん」と答えた。
僕は、母さんみたいに消される覚悟で来たけど、力を貸してくれるなら抵抗してみようと思った。
《お前にサリエルの眼を貸してやろう》
僕に問いかけた羽の男がそう言うと、目がすごく熱くなって、何故か視界を自由に操作出来た。スローにしたりズームにしたり……。体は、鉄も溶かしそうなくらい熱くなった感覚だった。
警官が襲って来たけど、僕にはスローに見えたから避ける事が出来た。次に警官が襲って来た時、お腹の辺りを殴ったら、あいつのお腹に穴が空いた。
少年は話し終えると、1つ心配な事があると言った。
「タカチホは神道の神様が守ってくれてるんだよね……」
「そうだね」
「僕、また入れてもらえるかな……」
辨野たちは少年の言葉に一瞬驚いたが、すぐに笑い、
「お前の守護に付いたのが日本のカミサマじゃないからか? 神様やお釈迦様は、そんな器の小さい事言わないよ」と言うと、少年はふふっと笑い、車内に少し穏やかな空気が流れた。
しばらくは、殺人鬼の少年の話が地元で騒がれた。
だが圧倒的な管理を誇る国家に安心し切っている国民は、すぐに元の穏やかな日常に戻っていた。
「僕と母さんの話を聞かなければ、あの人たちは消されずに済んだんだ。だから……」
「僕が殺したことに変わりはないから……」




