十字路の番犬
小さな楽器屋の窓から外を眺めていたのは、丸眼鏡を掛けている学者風の老人だった。
「あの子はギターを弾けるようになったかねぇ」
そう呟くと、うーん、と皆で思いを巡らせる顔をした。
「まあ楽しく使ってくれたら良いじゃない。俺たちが気持ちよ〜く昼寝出来るくらいまで上達するには、まだまだ先だろうなあ」
短髪の白髪を金色に染めている老人が、アコースティックギターを軽く鳴らしそう言うと、笑いが起きた。
白髪の前髪を揺らしながらピアノを弾く老人は、少し眉をひそめて言った。
「明日上京するのか……。窓から覗いて目をキラキラさせてたあの小さな子がなぁ。さっさとやられるタマじゃなさそうだが、大丈夫だろうか」
再度うーん、と皆で思いを巡らせる顔をし、
「まあ、ギターも行くとこ行った事だし、出番に備えるとするか」
「そうするか。ようやく店じまいだ」
3人の和やかな笑いが、楽器屋の中に広がった。
まるで人ならぬ者となった場地を目の当たりにしたボギーは、驚きで頭の中は真っ白になっていた。それと同時に体は激しい鼓動と震えが起こり始めた。
自分とは別の存在に体を支配されているような、制御出来なくなってくるこの感じは、初めて人型AI戦闘ユニットと対峙した時と同じだった。
「あ……ああ……」
立ち尽くしたまま呻き声を上げた。
ボギーを庇うようにそっと前に立ったビリーが言った。
「大丈夫だよ、ボキオ」
そう言ったビリーの視線は、警官姿の人型が呼んだであろう、別の人型2体に向けられていた。
ビリーが人型に向かって走って行く後ろ姿が微かに見えたが、ボギーは視界も意識も何もかも朦朧としていた。
その時ボギーは、自身の体に
《行け》
と命令された。
それによって、身体を支配されて動かされているのか、自分の意思で闘いたいのかわからぬまま、走り出した。
ビリーから人型を引き剥がし、2体の首を同時に掴み、頭部と頭部をぶつけて破壊し、叫んだ。
「ウァァァァ───」
右手で掴んだ首を掌で粉々に握り潰し、今度は左の掌でもゆっくり首を握り潰した。
ボギーの手からは、牙を剥いて息が荒い、獰猛な犬の口のようなオーラを放っていた。
噛み付いたら離さない、鉄だろうとなんだろうと、噛み砕いて鉄屑にしてやろうという意志が手に宿っているのが、ボギーにはわかっていた。
俺の体に入り込んでいるのは誰だろう。
そんな疑問が、曖昧な意識の中でも微かによぎった。
半壊の人型をゆっくり踏み潰し、手で四肢を引きちぎった。
完全に停止した人型を手から離すと、ふらついたまま天を仰いで、夜空に向かって吠えた。
遠吠えのように長く、吠え続けた。
月明かりに照らされたボギーの後ろに浮かぶ影は、牙を剥き出しにし、涎を垂らす3つの犬の頭を持つ、獣の姿。
薄れてゆく意識の中、聞き覚えのある声がボギーの意識の中に入り込んで来た。
《坊主、ギターは上手くなったか?》
《今はそんな事より、強い体が欲しいに決まってるだろう。何言ってんだお前、ハハハ》
《面白くなりそうだ》
ボギーは力を振り絞って声を出した。
「……その声、楽器屋のじいちゃんたち? 何でいるの?」
《私たちはね、お前を選んじゃった。ハハハ。別に契約したわけじゃないから安心おし。こんな悪魔みたいな怪物と契約なんて、したくてするものじゃないだろうからね》
「……怪物?……契約?」
《ちゃんと見てごらん》
ボギーは重い瞼に逆らい、目をそっと開けた。
公園の広場だ。そうか、まだここにいたんだ。
月明かりが照らした大きな姿が、目の前にあった。
涎を垂らし、牙を剥く、恐怖をもたらす顔を並べた、3つの頭を持つ犬。
「ほんとに楽器屋のじいちゃんたち?」
《そうそう》
《驚かせて悪いね》
《今更だが坊主に頼みたいんだよ。しばらく俺たちに付き合ってくれないか?》
「……どんな事? 俺に出来る事?」
《お前は本当、いい子だね》




