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黒い羽の正体


教育都市を出てからの俺の世界は

想像してなかったことだらけで

目玉が飛び出そうなびっくりの連続で

お前はそれでも呑気だなと言われたけど

いや結構ビビること多いよ


 

「俺たちは何処(どこ)行くの? ベンさんたちと一緒に六本木行くんじゃないの?」

 場地(ばじ)が運転する車の助手席に乗っていたボギーは、ひと足先に出た辨野(べんの)たちとは別行動だと気が付いた。

「別件が入ったから俺たちはそっち」と場地が言った。

 ボギーは後部座席に座るビリーに向かって

「そうなの?」

 と言うと、ビリーは黙って(うなず)いた。



 乳児を連れた若い男女が夢見たのは、海外で3人で暮らす事だった。

 海外にはまだ、日本や先進国のような育児システムを取り入れていない場所も、少ないが存在するという事は一般的に知られていた。勿論世界中どこでも“家族“や“親子“、“夫婦”という概念はすでに無い。


“出自にこだわらない。自分は個の魂である“

 それが当たり前になっていた世の中だった。


 ただ家族という概念は無くとも、一緒に過ごしたいと決意する者が時折現れる。だがそんな彼らは、闇ブローカーにとっては獲物でしかなかった。

 そして犯罪組織も他の国民同様、コミュニティは勿論、野良狩りの存在すら知らない。



「たかが国際登録証とかIDのために殺されるなんて、たまったもんじゃねーよ」

 助手席の窓から流れる景色をぼんやりと眺めているボギーは、そう呟いた。

「だいたい誰がIDとか買うの」ボギーが吐き捨てるように言うと、場地が

「例えば犯罪歴がある奴とか……あとは不法移民とか、そんなんだな」と答えると、

「ん? てか今回の仕事はブローカーが相手なの? 人型(ひとがた)じゃ無いの? 警察は?」(まく)し立てるようにボギーが聞いた。

「そりゃ、ちゃんと警察にも仕事してもらうよ。俺たちがブローカー捕まえても裁けるわけじゃないしな。せいぜいボコるぐらいしか……ああ、もう捕まったとさ」

 場地はイヤホンから流れて来た連絡に、

「了解」と返事をし、ボギーたちに

「だそうだ」と言って笑みを浮かべた。


 場地はふ頭にほど近い場所の道路脇に、車を停めた。

 オフィスビルや工場はすでに就業時間は過ぎており、トラックがたまに走る程度で、人通りは殆ど無かった。海の上にかかる、ライトで(きら)びやかな橋が、目の前に広がっていた。

「さて、人型が到着する前に確保だ」


 倉庫と工場が並ぶ人気のない道路を進むと、ふ頭の先端の広い公園に出た。

 公園の入り口付近には、乳児を抱き、身を寄せ合っている若い男女がいた。

 場地は普段の軽い口調とは違う、優しく真摯な態度で彼らに話しかけた。彼らが闇ブローカーに騙されていた事と、すでにそいつらは捕まり、もうここには来ないという事実を告げた。

「そこで聞きたいんだけど」と話を続けた。

「あなたたちの選択肢は2つで、そろそろ到着する警察が来る前に、決めなくてはならない。リミットはあと5分も無い」と前置きした。


 もし子どもを施設に戻して元の生活に戻りたいなら、今から来る警察の言う通りにすれば、IDも戻る。ただし、決してこの会話の内容は話さない事。口にしたらその場で殺される事。

 今までと全く同じ生活は出来ないが、その覚悟があるなら3人で一緒に暮らせるところに連れていく。他にもたくさん仲間はいる。どちらを選んでもいいが、この2択しかないと説明した。


 その男女は黙って見つめ合っていたが、海外でどんなに不便だろうと田舎で山奥だろうと、3人で一緒に暮らそうと覚悟して来たのだから……そうしたい、と言った。

 場地は覚悟を決めた彼らにニッコリ笑って、

「よし! それならお迎えを頼むか」と雰囲気がいつもの軽いノリに戻った。


 場地は静かに両手を合わせ、目を閉じ、聞き取れない程の小声で何かを唱え始めた。

 

 すると(またた)く間に上空からものすごい風が吹き、ボギーたちは目も開けられず、顔を守るように手や肘で風を(ふせ)いだ。

 強風は一瞬で何処かへ行き、ボギーが目を開けると、そこには数体の黒ずくめの人……ではない、人ならぬものが立っていた。


 黒のお面、黒の山伏の装束に身を包み、背中には大きな黒い羽。


 あっけに取られたボギーは、

「……天狗?」と呟いた。若い男女も目を丸くして固まっていた。

「そう、お迎えの鴉天狗(からすてんぐ)。みんなご苦労さん」

 場地がそう言うと、鴉天狗(からすてんぐ)たちは口々に、《久しぶりだな》とか《たまには顔出せ》とか、まるで世間話をしに来たように和やかだった。

 場地を少し子ども扱いしてるような素振りも見せた。

「イズモかタカチホあたりによろしく」と場地が言うと、鴉天狗(からすてんぐ)はわかったと言い、まだ目を丸くして固まったままの男女と、女に抱かれたままスヤスヤと眠る乳児を、袖の一振りで覆い隠し、上空へ飛び去って行った。


 まだあっけに取られたままのボギーが上空を見つめていると、

「さあ、人型が来る前に帰るぞ……あ」と場地が言った。

「間に合わなかったな。どうせ追いかけられるならここでやるか」と呟き、公園に走り出した。ボギーとビリーも後に続いた。

 広々とした公園の中央で止まると、警官が小道に入って来たのが見えた。その警官は大声で、

「こちらに犯罪組織から被害に遭われた方がいるとお聞きしたのですが、保護に参りました! どちらにいらっしゃいますか?」と叫んだ。

「警察だ」ボギーは小声で言った。

「あれは人型。まだ被害者がその辺にいるつもりで動いてるから、正体を出してないだけ」と場地が言うと、ボギーは少し安堵した顔で、

「さっきの天狗と被害者、見つからなかったんだ」と言った。

 それを聞いたビリーが

「“機械”に天狗様の姿は見えないよ。見えるのは“人間”だけ」と言った。



 その(あと)の光景に、ボギーは息を呑んだ。


 警官姿の人型がものすごい速さで向かって来ると、場地の体に覆い被さるように、灰色の(もや)が出現した。

 寸時に人型に向かって猛烈な風が起こり、人型の動きを止めた。


 (もや)で覆われているにもかかわらず、ボギーにもはっきりと見えたのは、場地の背中に姿を現した大きな黒い羽だった。


 場地は一瞬で背丈程の高さに飛び、人型の頭部を蹴り上げて背中に着地し、グシャリと音をたてて踏み潰した。

 すぐさま後ろ手にした人型の両腕を、まとめて引きちぎった。

 背中を踏み潰したまま首も捻じ上げ、一気に頭部も拳で破壊。頭部の中身、頭蓋骨ではなく、光る中枢が(あらわ)になった。

 場地は人型が完全に停止するまで破壊し続けた。




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