野良狩り
暮れかけた空には茜雲がほんの少し残っていたが、ボギーたちはその空も見えなくなっていく、アーケード商店街を歩き出した。
「出産して3日目に逃げ出したらしい」と辨野が言った。
「逃げ出した病院どこよ」とレジーが言った。
「ここから1キロくらいだな。確保しに行くぞー」
スマホをいじりながら辨野が言った。
今日一日で世界がひっくり返った。つい昨日までいた教育都市での生活は、夢だったのかって感覚にもなった。
商店街を行き交うこの人たちは、この事を知っているのか、昨日までの俺みたいに知らないまま過ごしているのか……
すげーびっくりする事もあるもんだな、と実感は全く無いまま、ボギーはみんなと一緒に人混みに紛れた。
「野良って何?」
ボギーは、リビングのソファーに座った辨野に聞いた。
「まあ簡単に言うと、お前が昨日までいた世界に属してない人間がいるって事。政府が管理してるIDを持たずに、ひっそり暮らしてるって感じだな」
「そうなの?! マジで?! 俺会ったことないんだけど!」ボギーは目を丸くして言った。
「教育都市にはいねえだろうなぁ。そもそも政府は存在を許してないし。ひた隠しにしないと、そっちがいいって連中が出て来たら困るだろ? だから消しにかかる」
「消すって何」
「存在を消すって事」
「え?! 怖いんだけど!」
「政府はそれを“野良狩り”って呼んでんのよ」
青ざめたボギーが、大声で「こわ!」「こっわ!」とわめくと、後ろからキャンティが
「うるせえ」とボギーの脳天にゲンコツを落とした。
「俺たちはその人たちが狩られる前に保護して、仲間のところに連れて行く」
アーケードを抜けて、辨野はマップを見ながら、
「公園……あっちか。デカいな。ナビよろしく」と言った。
「? 誰に言ってんの? ベンさん」ボギーが不思議そうに言った。
まあ詳しくは帰ってからなと場地に言われ、人もまばらになってきた住宅地を通り抜けた。
公園に入っても辨野は迷いなくスタスタと歩いていたが、急に小声で“左に巡回ユニット1体“と言い、真っ直ぐ歩き続けた。
ボギーは「巡回?」と言いかけたが、その矢先に一瞬目の端に映った、ひっそりと池の淵に佇む老人の男に気がついた。
ヨロヨロと足がおぼつかない老人が、池の淵に立っていた。ボギーはダッとかけ寄り、
「じいちゃん、あぶな……」と老人の腕を掴んだ。
残された5人はボギーを見て「あっ!」と声を出したが、一瞬でバトルが始まってしまった。
老人の腕を掴んだボギーは、あまりにも硬くて冷たいその腕に一瞬で違和感を感じ、すぐさま身を引いて距離をとった。
その一瞬の差で老人が振り下ろしたブレードから逃れた。暗闇の中でも刃渡りが長いブレードだとわかった。
「あっっっっっっぶねぇぇ〜」
ボギーは驚きつつも無意識に、すぐ方向を自在に変えダッシュできる体勢に構えていた。
急いで駆けつけようとするレジーが舌打ちをし、
「あいつ……何余計なバトルしてんだよ!」と小声で言った。
音も立てず突進して来る老人。それをかわすのが精一杯なボギーは、考える余裕も与えられず、一瞬の隙も命取りになりそうな攻防を繰り返した。
レジーとキャンティが老人に組みかかろうとしたその時、ボギーが老人のブレードの付け根をガッと押さえた。
動きが早過ぎて普通の人間なら目視出来なかったブレードは、老人の肘から生えているものだった。
「力じゃ敵わねーよ! さっさとどけ!」とレジーが叫んでも、ボギーは手を離さなかった。
レジーたちにもはっきりと見えた光景は、渾身の力を込めたボギーの手がだんだんと黒く太くなってゆき、ボギーの体の輪郭も黒い大きな体と重なり合ってゆく姿だった。
「……何だあれ」キャンティがつぶやいた。
老人の奇襲からボギーの体の異変までの攻防は、ほんの数秒。
生まれて初めて命の危険を感じ、自在に操れる体の反応が自分自身を高揚させた事で、体の中から湧き上がる獰猛な何かを解放していく感覚をボギーは感じた。
「グルルルル……」と腹の中で唸る何かがそこにいて、全身がガタガタと震え……そこでボギーの意識が途切れた。
ボギーが目を覚ますと、自分のベッドにいた。
「……あれ?」
起き上がると、腹が鳴った。
「腹へった……」
ボギーはキッチンに行き、冷蔵庫にあったトマトを丸齧りした。奥にあったブロックのハムを見つけ、それも丸齧りした。
多少満足した腹をポンポンと叩いてリビングに行き、ソファーに身を投げて伸びをした。
「ん〜〜〜、あ〜〜〜びっくりした」とボギーが言うと、ソファーの後ろから
「はァ?!」と声がした。
レジーとキャンティが部屋から出て来ていた。
「あ、いたの」とボギーはソファーでだらけたまま言った。
「いたのじゃねーよ。突然倒れやがって」とレジーが言った。
「やっぱ倒れたの?俺」
「覚えてねーのかよ」とキャンティが言った。
「体がガクガクしたまでは覚えてる」
場地も部屋から出て来て、「おつかれ!」と言ってキッチンに入って行った。
ビリーも部屋から出て来て
「体はどう? ボギオ」と言った。
「全然大丈夫! いっぱい寝て気分最高」
「は? ぶっ倒れたくせに。あのぐらいでへばってんじゃねーよ」とレジーが言うと、
「生身ならお前らの方がへばるの早いんじゃね?」と場地が言った。
「んなわけねーだろ!」
双子で場地に蹴りを入れた。
「お疲れさん」
辨野がリビングに入って来たのを見ると、
「ねえ、昨日の仕事は?」とボギーが聞いた。
「あの後無事に保護したよ」と辨野が言った。
「そっか」
ボギーは胸を撫で下ろした。
「出産したての母親が子どもを国に渡したくなくて、子どもを連れて脱走するケースがたまにある。あれってホルモンとか、本能とかそんなんが作用してんだろうけど、俺はよくわからん」と辨野が言った。
「逃げられると思ってんだろうけど、確実に消されるだけだからなー。しかも消されるなんて想像もしてないしな」と場地が言った。
「ただ俺らも全部対応出来るわけじゃない」
辨野は部屋の隅のモニターに、ニュースを映し出した。
『この事故で亡くなったと見られる女性は、出産したばかりの……』
アナウンサーの無機質な語り口が、ボギーには冷ややかに感じた。事実を知る前はそんな風に感じた事はなかった。
「ね、昨日の人を何処に匿ってんの? 野良っていっぱいいんの?」ボギーは昨日の母親が無事だとわかると、嬉しそうに根掘り葉掘り聞き出した。
そこで何かを思い出したように、レジーがハッとして言った。
「そうだテメー、野良狩りは人型だって言ったろ? 何で接触したんだよアホが」
「ごおめん! 人型ロボって聞いたらさ、もっとロボロボしいのを想像しててさ」と笑った。
「でも、おかしいってすぐわかったんでしょ」とビリーが珍しく口を挟んだ。
「んー。腕が硬くてびっくりしたのもそうだけどさ、匂いがしなかったんだよね。じーちゃんの匂いっつーか」とボギーが言った。
辨野はちょっと嬉しそうな顔で、
「いいとこ気付くね、って言いたいところだが、わざと服に匂いを付けてくる奴もいるから気をつけろよ」と言った。
「ああ、コックコートにハンバーグの匂い付けてきた奴いたな」と場地が言った。
「何それ超ずるい」
「それよりもお前さ、俺らも野良だってわかってるよな」とキャンティが言った。
「え?! そうなの?!」
「アホかお前。でなきゃ政府の犬なんかとデスマッチするかよ」とレジーが言った。
そこで辨野が何かを思い出したように
「そういえば国際登録証持ってるはずだよな、お前」とボギーに言った。
「うん。でもなんか見当たらないんだよねー」と答えると、
「ばーか。盗られたんだよ」とキャンティが呆れ顔で言った。
「え?! え?! 誰に?! あ!! ここ来る前のあのオバサンか!」
「外国人に高く売るのかね」
「どのみちここでは必要無いから安心しろ」
「お前、登録証盗られてポイって消されるか、人身売買とかされるとこだったんだよ」
唖然としているボギーをよそに、皆でワイワイ言い出すと、レジーが
「お前は野良に格上げされたんだよ。おめでとう!」と両手を広げ、位を与えてしんぜようと言いたげな振る舞いをした。
「野良は格上げなのか?」ボギーが聞いた。
「そりゃそうだろ」とキャンティが言った。
「自由を手に入れたんだ。喜べ!」と、また王様のような振る舞いでレジーが言った。
「ふーん。そっか」と呑気な顔で答えるボギーを見た全員が、
(バカで良かった……)
と思った。
ルイは電話の相手に酷く怒っていた。
「知らないわよ! ちゃんとあんたが指示した場所にユキオを行かせたもの!」
電話の相手も酷く怒鳴り散らしていた。
「……途中で別のブローカーに攫われたんじゃないの? それはあたしのせいじゃないわよ! ユキオのIDは無効になってて売り物にならないし! とにかくそういう事!」
ルイは電話を切ると、大きなため息をついた。
そしてボギーの国際登録証を手に取ると、ゴミ箱に放り投げた。




