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自分で自分の名前を付けられることをこいつは知らない



 俺、確か料理人かなんかになるつもりで上京したよね?


 人型AI戦闘ユニットは左腕からブレードを突き出し、真っ直ぐ突進して来た。

 敵は俺。

 俺は体を左に捻ってブレードを避け、そのまま左脚を回してブレードを蹴った。

 お互い空中で斜めになった体勢から、俺は右の拳を思いっきり振り下ろし、人型の頭を地面に叩き付け……。

 高揚しまくったらしく、後は全く記憶がないのよ。やば。




「俺、北海道から空輸されてきた者っすけど」

 

 都内のとあるマンションのエントランスで、18才の少年がインターホンを鳴らしてそう言った。

 返事がないまま、オートロックのドアが開いた。

 

 指定された部屋のインターホンを少年が鳴らすと、派手な化粧と派手な服の女が玄関ドアを開け、

「入って」と言った。

 

 キャリーケース1つとギター1つを持った少年は、言われた通り中に入り、リビングで所在なさげにキョロキョロした。

 生活臭が無く、家具も最低限の物がただ置かれているだけだった。

 ダイニングテーブルに椅子が四脚、キッチンには冷蔵庫と電子レンジ。カーテンは開け放たれていて、高層階からのビルの景色が広がっていた。ホテルみたいだなと少年は思った。


 その殺風景な部屋に似合わない女主人が、窓から外を見下ろしながら、どうでも良さげにこう言った。

「あんたは北海道から来たから……ユキオでいいか」

「俺、夏生まれっすよ」少年は言った。

「冬は雪いっぱい降るんでしょ? じゃあいいじゃない。明日からの仕事の話はとりあえず置いといて、今日は休んで」


(高そうなマンション……俺、家賃払えなくね?)

 ま、ベッドと飯があればいいや、と『ユキオ』は鼻歌を歌った。

 


 世界政府は以前、AIに地球環境を守るよう軽率に指令を出すと、AIは人間を絶滅させるのが一番と判断。世界政府は間一髪でAIの行動を食い止めた事があった。

 

 一昔前のロボット工学三原則、人間に危害を加えてはならない等は不要のものと、AI自ら判断していた。

 

 世界政府は次に、出生率を上げる策を出すよう慎重に命令した。

 AIは育児放棄と児童虐待を根絶するため、担当者が子どもを育て、家族を持たない社会を作った。国籍だけではなく国際登録もさせ、世界政府が管理した。先進国はほぼそうした社会になりつつあった。


 0歳から15歳までは必ず各地にある教育都市に住み、年齢が上がる毎に施設も変わっていく。高校、大学と進学する場合も、施設が変わるだけでそのまま教育都市内に居続け、生活に困窮することはない。

 体罰や虐待などが発覚したらすぐさまその担当は解雇され、政府が決めた職を強いられる。育児と介護は最も給料が高いとされていた。


 婚姻制度は大昔に廃止され、パートナーとは一緒に暮らしてもいいが、同居は成人2人までとした。それ以上は家族と同等のものを形成してしまう恐れがあると禁止されている。

 妊娠から産後一年は生活が保証されるので、体を削って何度も出産し、それを生業としている者もいた。

 


『ユキオ』は仕事を斡旋してもらい、高校までいた北海道の教育都市を出て上京して来た。

 

 この派手なオバサンは一緒に住むわけではなさそうだな、と『ユキオ』は思った。この女どころか誰かが生活している形跡がなかった。


「ちょっと! そのギター、家では絶対に鳴らさないでよ! 苦情が来たら嫌だからね」と女が言った。

「あ、大丈夫。俺弾けないんで」

「名乗ってなかったわね。ルイよ。言っとくけどまだ二十代だから」

「はあ(心読まれたみたいでこっわ)」


 まぁ何でもいいや、北海道から出たかったしー、とユキオは鼻歌を歌い、出されたデリバリーのハンバーグ定食をかきこんだ。

(野菜少ない。トマトとキュウリ食いてえな…)

 ユキオは食べ終わると容器を片付け、風呂に入った。

 居間から話し声が聞こえた。ルイが誰かと電話していた。

「そう。北海道から来た……」

 ユキオは風呂から上がるとベッドでゴロゴロ過ごし、いつの間にか眠っていた。

 


 次の日、

「あんた、やっぱり面倒みれないからよそ行って。返品はするけど、北海道に戻らなくていいらしいから」とルイはユキオに告げた。

(なあんだ。まあいいや)

「ウス」


 駅に向かう道を歩きながら、ユキオは鼻歌を歌っていた。平日の真昼。スーツ姿が多く見られる駅前。赤信号で足を止めた。


(平穏な暮らしが出来れば良いっしょ。つまんなくても〜)


 信号が青になった。

「なーんてホントは思ってねーんだよな」

 ユキオは鼻歌を歌いながら、ギターをよいしょと背負い直した。

 


 人間がAIに管理されて一世紀程経った頃、不満を持つ者たちが闇の奥深くに存在していた。

 

「そもそも人間は俺らのもんだろうが」

 

 自分たちが支配されているなんて思ってもいない人間たちを嘲笑う者もいれば、自分たちの配下をいつの間にか横取りされ、業を煮やす者も増えていた。


「さて、そろそろ人間を取り戻そうぜ」

 


 荷物を抱えて電車に乗ったユキオは、指示が書いてあるスマホを見ながら電車を乗り換え、目的の駅で降りた。

「なんか都会〜。なんかでけー鉄塔〜」

 ユキオの目の前のタワーはただの鉄塔だが、遥か昔は電波塔だった。

 

 ユキオが次に指定された家は、オートロックのない、古いが格式高そうなマンションの4階にある部屋だった。

 エレベーターで4階に上がり部屋のインターホンを鳴らすと、背の高いボサボサ頭の中年の男がドアを開け、入れという仕草をしてさっさと中に戻って行った。

「お邪魔しやーす」と言ってユキオはついて行った。

 

 くたびれたシャツにボサボサの頭、無精髭に眼鏡の家主の男は、突き当たりの広いリビングにあるソファーにどかっと座り、やる気がなさそうな声で

「名前は?」と言った。

「えーと、北海道から来たから昨日はユキオって付けられた」

「自分の本名知らねえのか?」

「書類見ないとわかんねー。ボガード・何とかかんとかジェーピー、だったかな」とユキオは言った。

「ボギーか。じゃあお前はボギオだ」

「また適当に付けられた。しかも変な名前」

「ジェーピー付いてんのか。じゃあ国際登録してんだな」

「全然わかりませーん」

「俺は辨野(べんの)。お前の部屋はそっちの左。そんで夜、多分早速仕事だ」と言い、自分の部屋に戻って行った。

 リビングに置いていかれた『ボギー』はリビングを一通り見渡してから自分の部屋に行き、荷物を置いた。

「ベッドと飯〜」

 ベッドに寝転がった。

 

 リビングに人が集まって来た事に気付いたボギーは、部屋を出てリビングに向かった。

「あ、ボギーだかボギオだかよくわかんない名前っすけど、よろしく」と皆に軽く挨拶し、早速話しかけてきた場地(ばじ)という男にコソッと尋ねた。

「ベンさんておっかねーの?」


 ボギーの新しい宿には五人の先住民がいた。

 

 ボスとおぼしき中年男、辨野(べんの)。充電されてない電子タバコをただ咥えて、いつも寝起きのようなやる気の無い顔をしている。

 

 二十代半ば、そこそこイケメンなのに落ち着きがない場地(ばじ)。セットしている艶々の黒い短髪が彼の自慢ポイント。

 

「ベンさんが怒ってるとこ見た事無いよ」と場地(ばじ)が言った。

「俺的にはアイツらの方が要注意だね」

 場地(ばじ)が顎をしゃくって双子の方を指した。

 

 細いしなやかな体つきで中性的だが、口も手癖も足癖も悪い暴れん坊の双子男子、レジーとキャンティ。

 本名は本人たちも知らないらしい。日本人だと言っているが、メイクでわからない。


 レジーはショートパンツにロングブーツ、キャンティはスリムな黒のパンツにピンヒール。髪型は二人ともアシンメトリーのショートボブに、レジーは赤のメッシュ、キャンティはシルバーのメッシュが入れられていた。長い爪は綺麗に塗られ、大ぶりのピアスが揺れていた。

 ボギーが「女装?」と聞いたら二人から蹴りを入れられた。

 

 おっとりした性格で柔和な顔、地毛だと言う茶色の髪はフワフワで、いつも隅の1人掛けソファーでのんびりしている若い男、ビリーザキッド。ボギーが話かけても、にっこりと「うん」とか「そう」しか言わないが、誰に対してもそんな感じだった。


 仲が良さそうとも悪そうとも言えないような、不思議な居心地の良さをボギーは気に入ったようだった。

 

 コーヒーを淹れてリビングに戻ってきた辨野(べんの)が、ソファーに座ってボギーに言った。

 

「目が合ったら一秒でバトル開始だから」

 

 ボギーは、何のこと? という顔で

「ん? 誰と?」と聞き返した。


「野良狩り」

「野良? って誰?……てかバトルって何?」



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