/whoami
誰もいないはずの校内から届いた通信。
そして、それは次第に”外”へと……。
雨粒が窓を叩く夜。
情報処理部員の河合遼は校舎裏の非常口を静かに解錠し、ひと気のない廊下へ足を踏み入れた。
掲示板荒らしの投稿者を突き止めるため、深夜の侵入を決めたのだ。
宿直教員は年度替わりの人事で不在、警備会社の巡回は点検期間で一時停止。
校内ネットワーク図と勤務表を読み解き、校内の無人が保証された夜を選んだ。
23時55分、遼は地下への階段を降りた。
蛍光灯はところどころ切れ、湿り切った空気が肺に重い。
機械室の扉は錆びて歪み、押すたびに鈍い音が響く。
中には、古い黄ばんだCRT端末が一台だけ鎮座していた。
画面が緑色の輝きを放っていて、起動していることがわかる。
モニターには一行のカタカナ。
〈イマドコ〉
こいつが荒らしか。
遼はフンと鼻を鳴らして椅子に腰を下ろすと、埃まみれのキーボードに指を置いた。
セキュリティーの甘いこの端末に外部から侵入しているのだろう。
そう思いながら「ヒミツ」と打ち込み、Enterキーを叩く。
机の上に転がっていたLANテスターがすこし揺れた。
砂嵐のようなノイズの後、ほとんど間を置かずに応答が返ってくる。
〈ミエナイ〉
その瞬間、廊下の奥で何かが走り去る足音が響いた。
驚いて振り返るも、そこにあるのは闇だけ。
遼が息を吐いて画面に向き直ると、とたんに複数のファイルが自動で展開されていった。
[2019_06_12.MP4]
[美咲_レポート未提出.doc]
遼の胸がざわついた。
”美咲”はかつて同じクラスの少女で、昨冬に行方不明となったままだ。
音声ファイルを再生しようと、マウスカーソルを合わせる。
と、ふいに校内スピーカーから短い警報トーンがひびき、蛍光灯が一拍遅れて明滅した。
そしてモニターには新たな文字列が。
〈オマタセ〉
入力欄にはいつの間にか〈河合遼〉と自動で打ち込まれ、カーソルがEnterの上で点滅している。
逃げようと立ち上がった瞬間、腰に冷たい何かが絡みつき、椅子へ引きずり戻された。
心臓が鼓膜に触れるほど脈打っているのがわかる。
遼は死に物狂いで手元のLANテスターを掴み、先端をCRTのガラス面を叩きつけた。
乾いた破裂音とともに画面が蜘蛛の巣状に割れ、緑の輝きが瞬いて消える。
絡みついていた冷気がほどけると、足元の束縛がすっと解けた。
闇の中、遼は全力で階段を駆け上がった。
蛍光灯は次々と弾け、硝子片が背後で雨のように降りそそいでいる。
正面玄関を突き破るように外へ飛び出すと、夜気は生ぬるく雨は止んでいた。
翌朝、遼は教務端末で掲示板ログを検証した。
0時00分00秒、地下機械室ポートから〈オマタセ〉が投稿されている。
しかし、侵入されたような形跡を見つけることはできなかった。
あの端末から、誰かがメッセージを投稿している以外に考えられない。
遠隔操作でないとすれば、いったい誰がどうやって……。
遼は苛立ちと恐怖が混ざり合ったような、奇妙な感覚に戸惑った。
放課後、遼が”美咲”という少女について思いをはせながら廊下を歩いていると、スマートフォンがかすかに揺れるのを感じた。
ポケットから取り出して画面を確認すると、そこにはチャットアプリが短いメッセージを表示させていた。
〈ツギハキミノバン〉
差出人は不明。
遼はゆっくりと背後を振り返った。
蛍光灯がチカチカと鳴っている。