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気づいていない

あなたは、自分が生きていることを証明できますか?

俺は背も体もでかい。

目つきも悪いし、つり上がった眉のせいでいつも誰かを睨んでいるようにも見えるらしい。

その顔と図体のせいで、社内では席を立つたび人が道をあける。

最初はそれなりに交流もあったが、入社して七年経った今ではほとんど誰とも口をきかなくなっていた。


しかし三年くらい前、そんな俺に気さくに話しかけてくるやつが現れた。

歳が二つ下の浅田というやつだ。


なぜか毎日同じ黒いスーツに紺のネクタイを締めている。

俺が入社するよりももっと前から私服勤務が当たり前の会社で。

もちろん浅田以外にスーツを着ている人などいない。

明らかに浮きまくっているのに、本人は気にする素振りがないみたいだ。


その朝も自販機の前で浅田と談笑しながら、缶コーヒーを飲んでいた。

すると、非常口の階段から深緑の作業服を着た中年の男が現れる。

ゴミ収集の時間だ。


「おはようございます」

「あ、おはようございます」


柔らかな声に、俺も反射で頭を下げる。

隣の浅田はなぜか渋い顔で無言だ。


男は廊下を歩きながらすれ違う社員全員に挨拶する。

しかし誰も顔を上げず、スマホをなぞりながら素通りしていた。

作業服を着た男など目に入らないとでもいわんばかりに。

見慣れた光景だった。


「あのさ、聞いたことない?」


ふいに、浅田がぽつりと言った。


「なにを?」

「死んだ人って、自分が死んだって気づいてないんだってさ」


冗談かと思ったが、廊下の先を見つめる浅田の表情は真剣だった。

いきなり不気味な話をしてくる同僚に戸惑いつつ、また廊下を見やる。

さっきの男がそうだと言いたいのだろうか。

たしかに、まるでそこに誰もいないかのように扱われていた。


そういえばそんな映画があったな、とか思いながら俺はコーヒーを啜る。

しかし、さすがにあれが幽霊はないだろう。

どう見たって生きた人間だ。


「それって、無視されてるってことの比喩か?」


誰にも相手になされなければ、ある意味死んでいるようなものだ。

訊き返しながら俺はそう思った。

だったら、俺も死んでいるじゃないか。


「違うよ、言葉どおりの意味で」


そう言って浅田は缶を飲み干し、ゴミ箱に叩きつけるように捨てて俺に背を向けた。


――そういえば、浅田が俺以外の誰かと話しているのを見たことがない。

それに、所属も知らない。俺と同じ部署でないことは確かだが。

会って話をするのも、いつもこの自販機の前だった。

もしかしたらコイツも俺と同じ、はみ出し者なのかもしれないな。


浅田の背中を見つめながらそんなことを考えていると、さっきの作業服の男がゴミ袋を抱えて戻ってきた。


「すみませんね、ちょっと通ります」

「あ、どうぞ」


とっさに頭を下げて道を空ける。

男が通り過ぎたあとに視線を戻すと、浅田の姿は消えていた。



その日、参加希望者が集う夜の飲み会で、俺は隣に座った後輩の女に昼間の作業服の話をした。

あまりにみんながシカトしているから「もしかして幽霊じゃないか」と言うと、意外とウケた。


「先輩めっちゃ面白いですね、印象変わりましたよ」


彼女は笑いながらハイボールを一口あおった。


「俺、どんなイメージ持たれてたんだ?」


俺が苦笑しながらそう返すと、なぜか神妙な顔つきになる女性社員。

周りを伺うように目くばせしたあと、そっと身を寄せて呟くように言った。


「毎朝、三階非常口の自販機のあたりで、一人でブツブツ喋ってるヤバい奴だって」


そこで一気に酔いが醒めた。


一人で。


そういえば、俺はいつから皆に避けられ始めたんだっけ。

自販機の前で、アイツと会話し始めてから?

もしかして、俺が避けられていたのは……。


浅田のことは、聞けなかった。

聞かないほうがいい気がした。


それから俺は、非常口そばの自販機には近づいていない。

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