1983
埃っぽい、甘ったるい匂いがした。
健一は、亡くなった祖父の家の屋根裏部屋で、古いダンボール箱を開けていた。
遺品整理という名目だが、実際は幼い頃の宝探しのような気分だった。
カビ臭いアルバム、インクの乾いた万年筆、そしてソニーのウォークマン。
その隣に、プラスチック製の見慣れない箱があった。
それは、お世辞にも洗練されているとは言えない、無骨なデザインのポータブルゲーム機だった。
分厚く、くすんだ灰色の筐体。
画面は小さく、緑がかったモノクロ液晶だ。
メーカー名すらどこにも記されていない。
ただ、裏蓋に手書きのラベルシールが貼ってあり、油性マジックでこう書かれていた。
『1983』
ゲームのタイトルだろうか? 健一は好奇心に駆られた。
起動には単三電池を4本使うらしい。
幸い、懐中電灯用に持ってきた新品の電池があった。
錆びた金具に無理やり電池を押し込むと、彼は電源スイッチをスライドさせた。
「ピーッ」という甲高い起動音が鳴る。
ノイズ交じりの液晶画面に、チープなドット絵が表示されたが、タイトルらしき文字列は見当たらない。
スタートボタンを押すと、単純な横スクロールゲームが始まった。
ドット絵の少年が、暗い森のような場所をトボトボと歩いている。
操作は十字キーと二つのボタンだけのようだ。
「なんだ、これ……つまんな」
ゲームとしては単調だった。
敵が出るわけでもなく、ただひたすら右へ歩くだけ。
しかし、健一は妙な違和感を覚えていた。
背景に時折現れるドット絵が、どうにも不気味というか、見覚えがある気がしていた。
それに、さっきから同じ場所をループしているような気もする。
不意に、画面の少年が立ち止まった。
健一は十字キーを押しているが、動かない。
少年はゆっくりとこちらを向いた。
ドット絵のはずなのに、その顔は苦痛に歪んでいるように見えた。
『ココハドコ』
画面下部に、カタカナのメッセージが点滅する。
健一はゾッとした。
これは、そういう演出のゲームなのか?
古いゲームにしては随分と凝っている。
そんなことを思いながら、彼はボタンを押してみた。
『キミハダレ』
もう一度ボタンを押す。
『タスケテ』
その瞬間、ゲーム機本体から「ジジ…」というノイズが走り、スピーカーから掠れた音が漏れた。
「……けて……」
それは、機械音ではない、明らかに幼い子供の声だった。
健一は思わずゲーム機を放り投げそうになった。
しかし、かえって彼の目は画面に釘付けになった。
ゲームの中の少年が、再びこちらを向いている。
そして、その背景。
(まさか…)
背景に描かれているのは、やはり見覚えのある風景だった。
それは、今この屋根裏部屋から見える祖父の家の裏庭だ。
ただし、ドット絵で描かれたその風景は、ところどころが現実と異なっている。
新しく建てられたはずの隣家がなく、代わりに大きな樫の木が描かれている。
健一が生まれる前に切り倒されたと聞いていた木だ。
あの木がなくなったのはいつ頃だって言ってたかな。
「……すけ……て……」
思い出を振り返っている健一に、声がまた聞こえる。
画面の中の少年が、カタカタと震えている。
『オニガクル』
そのメッセージが出た途端、画面の左端から、黒いノイズのような何かが滲み出すように現れた。
それはドット絵ですらなく、ただのシミのようだったが、明確な意志を持って少年の方へとにじり寄っていく。
健一は必死で十字キーの右を連打した。
それに反応して少年も走り出す。
しかし、黒いシミは速度を上げ、少年の足元にまとわりつく。
「やめろ!」
健一は叫んでいた。
『ツカマッタ』
少年の姿が、黒いノイズに飲み込まれた。
スピーカーから耳障りなノイズが最大音量で鳴り響き、画面が真っ白に点滅した。
健一がたまらず目を閉じた、その瞬間。
ノイズが止んだ。
恐る恐る目を開けると、ゲーム機の電源は落ちていた。
画面は真っ暗だ。
「……なんだったんだ、今のは」
冷や汗が背中を伝う。
もうやめたほうがいい。
そんな気がした健一はゲーム機をダンボールに戻そうとした。
その時、真っ暗なはずの画面が、ぼんやりと光った。
電源は入っていない。
しかし、緑がかった液晶画面の奥深くに何かが映っている。
それは、ドット絵ではなかった。
暗い画面に反射して映る、健一自身の顔。
その背後。
肩越しに、びしょ濡れの子供の顔が暗闇から覗き込んでいた。
『オニガクル』
耳元で聞こえる、少年の声。
共鳴するかのように放たれた健一の悲鳴は、屋根裏部屋の埃に吸い込まれて消えた。
レトロゲーム独特の雰囲気は懐かしく、ちょっとだけ怖い。




