3分クッキング
深夜三時。
意味もなくつけたテレビは、不意に明るいジングルを鳴らした。
『3分クッキング』
画面いっぱいに、手書き風の柔らかなロゴが踊る。
こんな時間に?
違和感を覚えるより先に、完璧に整えられたキッチンスタジオが映し出された。
「皆様、こんばんは。美味しい時間がやってまいりました」
女が立っていた。
白いブラウスに淡いピンク色のエプロン。
髪は一筋の乱れもなく結い上げられ、その笑顔は定規で引いた線のように左右対称だった。
彼女の声は、録音されたもののように滑らかで抑揚もなかった。
「本日は、『思い出のゼリー寄せ』を作りましょう」
彼女は調理台に向き直る。
そこに並んでいたのは、驚くほど色彩の鮮やかな野菜と磨き上げられた銀色の調理器具だった。
「まず、こちら。昨日の笑顔を、細かく刻みます」
女は赤いパプリカによく似た何かを手に取り、リズミカルに包丁を入れた。
ト、ト、ト、ト。
その音は、自分の部屋で鳴っている秒針の音と寸分違わず重なっているように聞こえた。
刻まれた破片は、まるでルビーのように光を放っている。
「次に、忘れてしまった約束を、丁寧に裏ごししましょう」
彼女は、紫キャベツのような色のペーストを漉し器に押し付け始めた。
その動きは機械的で、素早く、無駄がない。
ペーストは絹のように滑らかな液体となって、ボウルに落ちていく。
私はリモコンを探した。
何故だか指が冷たくなっている。
おかしい。
この番組はおかしい。
しかし、見渡してもリモコンは見つからない。
「焦げ付かないように、ご注意くださいね。苦い記憶は、一度こびりつくと取れませんから……」
女はカメラに完璧な笑顔を向けたまま、フライパンに何かを流し込んだ。
ジュウ、という音と同時に、どういうわけか部屋に信じられないほどの芳香が満ちた。
酸っぱいような、それでいてどことなく懐かしく、脳を麻痺させる匂い。
「さあ、手際よく。時間は限られていますよ」
女は淡々と呟く。
いつの間にか、スタジオの背景は溶けるように暗くなり、彼女と調理中の手元だけが、手術室のライトのように白く照らされている。
「形を整えましょう。美しい形は、心を落ち着かせますよね」
彼女は型――それは何の変哲もない四角い型だった――に、色とりどりの材料を手際よく流し込んでいく。
「最後に、これを。一番大切なスパイスです」
彼女は、自分のエプロンのポケットから小さな黒い小瓶を取り出した。
蓋を開け、中から一粒の、何か黒いものをつまみ出す。
なにやら乾燥した涙のようにも、どす黒い血のようにも見えた。
彼女はそれを、ゼリーの中心にそっと沈めた。
「さあ、三分です」
女は型からゼリーを取り出した。
それは完璧な立方体で、光を受けてプリズムのように輝いていた。
中心には、あの黒い粒が静かに浮かんでいる。
「こちらが思い出のゼリー寄せになります」
女が完成した料理をカメラの前に差し出すと、テレビ画面がノイズで乱れた。
女の顔が、ノイズの向こうで笑顔を崩した。
口角が耳元まで吊り上がっていく。
そして、彼女は言った。
「次は、あなたの■■■にあるもので」
テレビが、プツリと消えた。
私は、自分の部屋の真ん中で立ち尽くしていた。
上手く息ができない。
あの匂いだ。
さっきテレビから漂ってきたおかしな匂いが、この部屋に充満している。
と、ふいにキッチンの方から音がした。
ト、ト、ト、ト。
部屋の時計が鳴らす秒針の音と、寸分違わず重なって。
苦い思い出、甘い思い出……痛い思い出。




