ハッピーバースデイ
その部屋は、埃と蝋燭の匂いがした。
重たいビロードのカーテンが引かれ、今は昼なのか夜なのか、私にはわからない。
テーブルの上には、傾いたホールケーキがひとつ。
「さあ、歌いましょう」
母が言う。
父と、祖母が、それに頷く。
三人は私を見て、歌い始めた。
彼らの声は、ひどく乾いていた。
古いオルゴールが軋むような、錆びた音色。
彼らの口は正しく「ハッピーバースデイ」の形に動いているのに、聞こえてくる音は、ただの単調な「アアアアア」という唸りだった。
でも、私は知っている。これは「おめでとう」という意味だ。
ケーキの上には、たくさんの蝋燭が立っている。
私は数を数えようとして、やめた。
多すぎる。
溶けて、固まって、また新しいものが突き立てられて、まるでサンゴ礁のようだ。
「火を」
父が言うと、祖母がマッチを擦った。
祖母の指は、ほとんど炭化していた。
一本、また一本と、火が灯されていく。
部屋が、むわりとした熱気と、甘ったるい煙で満たされていく。
私は咳き込みそうになるのを堪えた。
粗相をするわけにはいかない。
私は、良い子でいなければならない。
すべての蝋燭に火が灯った。
ケーキは、もう原型を留めていない。
ただの炎の塊だった。
「さあ、吹き消して」
母が、その陶器のような無表情で言った。
私は息を吸い込んだ。
埃と、蝋と、焦げた砂糖の匂い。
力いっぱい、息を吹きかける。
炎が揺らめくが、一本も消えない。
それどころか、炎は私の息を吸い込むように勢いを増していった。
「もっと」
「もっと強く」
「ちゃんと消さないと」
三人の乾いた声が重なる。
私は酸欠になりそうになりながら、何度も、何度も息を吹きかける。
炎は消えない。
熱い。
顔が焼ける。
「ハッピーバースデイ」
三人が、また歌い始めた。
いや、唸り始めた。
「アアアアアアア」
私は、炎の向こうで揺らめく三つの影を見つめながら、必死で息を吐き続けた。
早く消さなければ。
早く終わらせなければ。
ケーキの上の蝋がぐずぐずに溶け、テーブルクロスに黒いシミを広げていく。
炎は、まだ消えない。
おめでとう。




