小さい秋
涼しい風が吹き始めた日のこと。
真希は、子供の頃から苦手だった季節の変わり目の匂いを嗅いだ。
空気が、まるで土の中に埋められていた古い皮製品のように湿って、なんとなくカビ臭く、そしてどこか寂しい。
「ねえねえ、ママ」
そう言ったのは、小学一年生になったばかりの娘、恵だった。
恵は庭の隅を指差している。
真希が目を凝らすと、そこには雑草に埋もれるようにして、手のひらサイズの小さなかかしが立っていた。
藁でできた体には、なぜか真新しい赤い毛糸の帽子が被せられ、顔の部分には、どんぐりの眼とほころびた古いレースでできた、ひどく歪んだ笑みが縫い付けられていた。
「変なの……誰がこんなもの作ったんだろうね」
真希は不気味に思いながら、すぐに撤去しようとしたが、恵が目を潤ませて真希の服の裾を掴んだ。
「ダメ。この子、寂しいんだって。私のお友達なんだよ」
恵は最近、友達がいないことを気にして泣くことが多かった。
真希は、これも恵の想像力の産物なのだろうと思い、渋々そのままにしておくことにした。
翌朝、真希が台所の窓から庭を見ると、かかしは昨日と同じ場所に立っているようだった。
ただ、真希は奇妙な違和感を覚えた。
かかしの姿勢が変わっている。
昨日はまっすぐ立っていたはずが、今日は少し首を傾げ、右手を真希の家の方に向けて差し伸べているように見えた。
まるで、手招きしているみたいに。
真希はぞっとして、すぐに目を逸らした。
気のせいだ、と自分に言い聞かせる。
その日、真希は職場で体調を崩して早退した。
頭痛と吐き気に襲われ、帰宅後すぐにベッドに潜り込んで、蝸牛のように過ごした。
ふと目を覚ましたのは、真夜中だった。
喉が渇き、水を飲もうとリビングへ向かう。
真っ暗な廊下を歩いていると、真希の耳に乾いた藁が擦れるような、サリ、サリという音が聞こえた。
音は庭の方から聞こえてくる。
真希は恐る恐るリビングの窓に近づき、外を見た。
月明かりは薄く、庭の全貌は闇に沈んでいる。
目を凝らすと、夜の帳が降りた庭先、窓のすぐそばにかかしが立っているのが見えた。
昨日までは庭の隅にあったはずだ。
それが今や、真希が立っている窓からほんの数メートルもないところにいる。
真希は心臓が凍り付くのを感じた。
かかしは、昨日よりさらに姿勢を変えていた。
今度は、両手を胸の前で小さく組んで、真希の家の中を覗き込んでいるような姿勢だ。
どんぐりの眼と歪んだレースの口が、月明かりに反射している。
それが、まるで生きているかのようにきらめいた気がして、真希は息をのんだ。
すると、かかしはゆっくりと、本当にゆっくりと、その顔を真希の方に向けた。
真希の全身の毛が逆立つ。
次の瞬間、恵の寝室から「ママ……」と小さな声が聞こえた。
真希は弾かれたように恵の部屋に駆け込んだ。
ベッドに目をやると、恵は小さく丸くなっている。
「どうしたの、恵?」
「ううん……なんでもない」
恵は怯えた声で言ったが、すぐに真希の耳元で囁くように言葉を続けた。
「ねえ、ママ。あの子が言ってたよ」
聞きたくない。
真希はそう思いながらも、言葉を発せずにただ頷くしかなかった。
窓の外のかかしを想像するだけで、頭がおかしくなりそうだった。
「なにかを見つけたんだって」
真希は体を動かすどころか、息をすることもできないでいた。
ただ、冷たい風が窓枠の隙間から滑り込み、背中を撫でていくのを感じた。
まるで、乾燥した藁のような、あの音のように。
振り返らずともわかる。
もう、かかしは、外にはいない。
向こうが我々を見つけることもあるのかもしれない。




