無音配信
誰もいない部屋を無音で映し続ける謎の配信。
ふざけ半分で書き込んだ悪意あるコメントが、現実に影を落とし始める。
深夜二時。
暇つぶしに配信アプリを徘徊していた神崎徹のタイムラインに、視聴者数「0」のライブが浮かんだ。
暗い六畳間を正面から映すだけの映像。
家具は折りたたみ椅子と安物の机だけで、人影はない。
音もチャットもないままストリーミング時間のカウントだけが進んでいた。
「寝落ち配信か?」
ハンドルネームには「金子裕也」と本名めいた文字列があった。
徹は失笑し、キーボードを叩く。
ミツヒト:なんだこの配信www つーか本名かよwww
ミツヒト:誰かいねーの?
ミツヒト:意味わかんねえ、こんなことやってるから誰も見ねえんだよガキ
しかし画面は応えず、空虚が濃くなる。
ふつふつと湧き上がる苛立ち。
今日の仕事中に、先輩から叱責された屈辱が疼いて、徹はさらに力を入れて打ち込んだ。
先輩の名前のあとに「さっさと死ね」と付け足して。
送信を確認すると、PCの電源は落とさずにベッドへ潜り込む。
モニターには依然、無人の部屋だけが映っていた。
翌朝、遅刻ギリギリの時間に出勤した徹は、なにやらいつもと違う雰囲気を感じ取った。
会社の空気がいやに重かった。
朝礼で、上司が低い声で告げる。
「事故があったようだ……信号待ち中にトラックに轢かれて即死だと」
亡くなったのは先輩だった。
徹の心臓が鈍く跳ね、昨夜のコメントが脳裏で反響する。
偶然だ、と呟きながら、その日は終始無口で過ごした。
残業を終えて家に戻ったその日の夜。
風呂上がりの発泡酒をあおりつつ、いつものように配信アプリを開く。
金子のチャンネルは検索に掛からない。代わりに適当な配信を巡り、煽りコメントで時間を潰した。
ふいに、背中へ視線の針が刺さる気配を感じる。
徹がためらいつつ振り返るも、部屋は無人。
「なんなんだよ」と舌打ちして画面へ向き直った徹は息を呑んだ。
ディスプレイいっぱいに血みどろの顔。
割れた額から骨が覗き、濁った瞳が異様な光を宿している。
うつろな表情の人物は言葉を発することもなく、しかし徹を真っ直ぐに見つめていた。
そして、徹は、その顔が誰のものかを知っていた。
「せ、先輩……」
呟いた瞬間、モニターのガラスが液体のように波打ち、真紅の闇がこちらへ溢れ出した。
徹は悲鳴を上げる間もなく引きずり込まれ、画面は漆黒に落ちた。
やがてアプリの新着欄に無題のサムネイルが現れる。
配信者名は「神崎徹」。
映っているのは、空になった徹の部屋だった。
机の上に無音で転がる空き缶、しばしの静寂。
チャット欄の左下、視聴者数を示すカウントが「0」から「1」へと音もなく増えた。