ナイトプール
湿った熱気が肌にまとわりつく、真夏の夜。
「まさか、貸し切りなんてラッキーすぎない?」
サキが興奮気味に腕を組んで身を震わせた。
私たち――サキ、ミカ、そして私の三人――は、深夜のレジャープールにいた。
SNSで話題のこのリゾートプールは、通常なら芋洗い状態だけれど、今夜は特別に宿泊客向けの「深夜プライベートアワー」が設けられていた。
もちろん、私たち以外に利用している客はいない。
巨大なドーム型の天井からは、青と紫のネオンが水面を照らしている。
ライトアップされたヤシの木が南国のムードを演出していたが、人っ子一人いない広大な空間はまるで時間が止まった巨大な水槽のようにも見えた。
「ねぇ、あそこの奥、ちょっと暗くない? こわっ」
ミカが指差すのは、一番深いダイビングプールだ。
ネオンの光が届かず、深い青の闇が口を開けている。
「何言ってんの、ミカ。貸し切りなんだよ? そんなのいいから遊ぼうよ!」
サキはそう言って、躊躇なく最も明るいメインプールに飛び込んだ。
水しぶきがネオンの光を受けてキラキラと輝く。
私もミカも、緊張を振り払うように後に続いた。
水に浸かると、身体の熱がスーッと引いていく。
冷たい水と、静寂に包まれた非日常の空間が、私たちをハイな気分にさせた。
私たちはバカ騒ぎをし、浮かんでいるビーチボールをパスし合った。
その時だった。
ミカが、プールサイドのデッキチェアに座ったまま、ピクリとも動かない人影を指差した。
「えっ、今日って貸し切りだよね……誰かいるんだけど。係員?」
ネオンの光が弱く当たるせいで、その人影は黒いシルエットにしか見えない。
キャップを深く被り、膝を抱えるような姿勢で完全にこちらに背を向けている。
「さっきまでいなかったよね?」
サキが囁く。
私たち三人しかいないはずのプールで、突然現れた人影。
私たちは水を掻く手を止め、その人影をじっと見つめた。
「ちょっと、確認してくる」
私がそう言おうとした瞬間、その人影がゆっくりと動き出した。
パシャ……
微かな水音が、私たちの耳に届いた。
その人影は、デッキチェアから立ち上がったのではなく、滑るようにプールサイドから水の中へ入っていったのだ。
「えっ……」
ミカが息を呑む。
「なんか怖い。早く出ようよ……」
ミカの顔は青ざめていた。
たしかに、何かがおかしい。
急いでプールサイドに上がろうとした、その時。
私の足首に、冷たい何かが触れた。
「ひっ!」
思わず水面から飛び退くと、私たちの真下の床がゆっくりと、しかし確実に盛り上がり始めた。
ブク、ブク……
まるで水中で巨大な何かが息を吐いているかのような、小さな泡がいくつも水面に上がってくる。
泡の中心の水面が人の頭の形に盛り上がり、私たちをじっと見上げているのが分かった。
水圧で歪んだ視界のせいか、その顔は異常に大きく見える。
キャップの下から覗く皮膚はまるで長時間水に浸かっていたかのように、白くふやけていた。
サキが悲鳴を上げ、プールサイドに向かって泳ぎ出した。
ミカも、無我夢中でサキの後を追う。
私は、恐怖で身体が麻痺し、その場に立ち尽くした。
すると、水面下の顔が、ゆっくりと口を開いた。
「……たのしい?」
水に響いたような、くぐもった声。
その声は、私たちの周りの静寂を一瞬にして凍りつかせた。
その瞬間、水面下の何かが私たちに向かって手を伸ばした。
いや、それは手というより白く長い何かだった。
私は絶叫し、全身の力を振り絞ってプールサイドに飛びつく。
ガタガタと震える手で更衣室に逃げ込み、三人で鍵を閉めた。
水着を脱ぐことも忘れ、震える息を整える。
「警察に……警察に電話しなきゃ!」
ミカがスマートフォンを探し始めた。
更衣室の鏡を見ると、水着姿の自分の姿のすぐ後ろ。
誰もいないはずの更衣室の扉のガラス越しに、水滴の跡一つない真っ白なキャップの影が立っていた。
しかし、私たちが振り返った瞬間に影は再び滑るように消え、同時にすぐ外のプールから、水面を叩く音が規則的に聞こえ始めた。
深夜のナイトプールを存分に楽しんでいるような。
もしくは、得物を逃がした悔しさで水面を叩いているかのような。
どちらにも聞こえる音だった。
夜の水辺にはご注意を……。




