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余白に還る

力の代償がわかりやすく示されていたとしても、それに気付けるかは……。

浅川義明がその奇妙な消しゴムを手に入れたのは、本当に「ひょんなこと」からだった。

通勤途中の古びた文房具屋で、長年営業しているのかも分からないような、色褪せた看板。

店主の姿は見えず、棚には埃をかぶった道具が並んでいる中で、場違いなほど白く澄んだ輝きを放つ消しゴムが目に留まった。

無地のカバーには企業のロゴも印字もなく、どこのメーカーかも、商品名すらも分からない。

だが、不思議と手に吸い付くような感触があった。


義明は家に帰り、使い心地を確かめるようにメモ帳に書かれた「自販機」といくつかの文字を消した次の日、彼は外の景色に異変を見た。

家の前に当然のようにあった自販機が、跡形もなく消えていたのだ。


「……撤去されたのかな」


それが自分の仕業だと気付くまで、そう時間はかからなかった。

気付いてからは、おそるおそる力を試す日々。


路上駐車の車。

近所に迷惑をかける若者たちのバイク。

ニュースで放映される凶悪殺人犯。

消しゴムで文字を消すだけで、対象は存在ごと消えた。

周囲の人間も、それが存在したという記憶すら持たない。


消しゴムの力は恐ろしくもあったが、それ以上に腹の奥底から湧き上がる野心のほうが義明を駆り立てた。

それはやがて、義明にとって世界を正しい姿へ導く整理整頓のような感覚へと変わっていった。

この力があれば、世界が自然な形で書き換わるのだと。


「いらないものばかりだ」


同僚、上司、ライバル企業。

名前を紙に書き、淡々と消していく。

彼は出世街道を駆け上がり、気付けば世界中の企業と国が彼の意志に従うかのように道を開いた。


消しゴムは、少しずつ削れて小さくなっていった。

だが義明は気にしなかった。

望むものはすべて手に入りつつあったのだから。


七年後、義明は世界最大手の巨大企業のCEOとして、頂点の席に座っていた。

彼の前には、最後の障害と呼べる企業の名前が紙に並んでいる。

消しゴムはもはや米粒ほどの大きさしか残っていない。

力を込めなければ指に挟むことすらできないほどだった。


「これでようやく、世界が正しい姿に……」


義明は震える手で文字をこすった。

わずかな消しカスが紙の上に散る。

その瞬間、彼の身体は崩れるように椅子へ倒れ込んだ。


病院に運ばれたが、間に合わなかった。

享年、三十三歳。

医療記録に目を通した医師たちは困惑した。

細胞の状態が老人そのものだったのだ。

栄養状態も生活習慣にも問題は見られなかった。

ただ、時間だけが彼の身体を七十年以上先まで進めてしまったかのように。


義明の死因は老衰だった。


葬儀の日、棺の上に粉末になって形を失った消しゴムの残骸が広がっていたが、それを気に留める人は誰もいなかった。

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