花
命は儚く、美しい。
それは、梅雨の合間の晴れた午後だった。
坂道を下る途中、女はそれを見つけた。
雑草に覆われた歩道の隅――まるで誰にも気づかれぬように隠れていたかのように、その花は咲いていた。
一本だけ。
腰の高さほどの細い茎に、幾重にも重なった花弁。
赤、紫、青、金……角度を変えるたびに色が揺れ、まるで生き物のように艶めく。
極彩色の、異様な美しさだった。
「……なんの花?」
名前も知らず、見たこともない。
しかし、女はその花に心を惹かれた。
欲しい。
そばに置きたい。
誰にも渡したくない。
女は強烈な衝動を覚えて、思わず鞄を置き、しゃがみ込んだ。
両手で土をそっとかき分け、根を傷つけないように、慎重に、丁寧に。
まるで大切な秘密を掘り起こすように、手を動かす。
そして、引き抜いた瞬間だった。
花弁が一枚、ふっと風に舞ったかと思うと、次の瞬間には茎ごと崩れ始めた。
まるで時間が早回しになったように、音を立てながら乾き、萎れ、そして砂のように崩れてゆく。
「え……?」
手の中に残ったのは、灰色の塵だけ。
女は、呆然と手のひらを見つめた。
突如、耳をつんざくエンジン音。
振り返る間もなく、女の体は宙を舞った。
* * *
数か月後――。
事故は、ニュースでも取り上げられた。
速度超過の若者。ブレーキ痕も残っていなかった。
女は即死だったという。
最初のうちは献花もあった。
ぬいぐるみや、水の入ったペットボトルが並び、誰かが毎日のように手を合わせていた。
だが、時が経つにつれ人々の関心は薄れていった。
それから間もなくして、事故現場は静寂を取り戻していた。
鬱蒼と生い茂る雑草に飲み込まれるように。
一本の美しい花を残して。




