目を覚ます
気づいてしまった人がまた一人。
何も知らないままのほうが、幸せだったのだろうか。
僕は白い廊下を裸足で歩き、奥の病室で自分がベッドに寝ている姿を眺めていた。
しばらく見つめていると、天井の蛍光灯がぱちんと消え、無数の足音が背後から迫ってくる。
そして、振り返る前にいつも目が覚める。
うるさいアラームを指でスワイプして止めたとき、僕はスマホの画面を凝視した。
「5月13日(火) 02:07 AM」
こんな時間にタイマーをセットした覚えはなかった。
操作をミスっていたのだろうか。
でも、昨日は普通だったけど……。
なんだろうと思いつつ、画面をタップしてアラーム設定を解除した。
しばらくして、急に部屋の電気が落ちた。
部屋だけが闇に沈んだように真っ暗になる。
窓の外に目をやると、街灯は生きているみたいだった。
ブレーカーが落ちたのかな。
なんの音もしなかったけど。
何が起きたんだろう?
様子を見ようと部屋のドアノブを回した瞬間、背後でシーツがゆっくりと盛り上がっていくのが、ドアのガラスに映っていた。
シーツが破れるような音が響いて、中から白い腕が伸びている。
大きく息を吸う音がした、ような気がした。
怖い。
振り返れない。
あれは何だ。
ふいに、扉の向こうにも別の誰かが迫っていることに気づいた。
一人じゃない、大勢いる。
その足音は板張りの廊下を軋ませて、ドアの前でぴたりと静まった。
誰かがノックする。
ゆったりと、三回。
ドアに鍵なんか、かかっていない。
ノブを握る手が震える。
次の瞬間、外側から引っ張られるように扉が開かれた。
そこに立っていたのはお医者さんだった。
顔は見たことがない人だ。
その後ろには、お父さんと、お母さんがいる。
お兄ちゃんもいた。
あれ?
でもお兄ちゃんは、僕が小さい頃に……。
お父さんたちはぞろぞろと、僕の部屋に入ってきた。
迫力に圧されて、思わず横に飛びのいてしまった。
ベッドのほうに向かって速足で近づいていく。
いつの間にか、ベッドに僕が寝ていた。
僕はここにいるのに。
ベッドは僕の部屋にあるもとは違うものになっていた。
というか、僕の部屋じゃなくなっていた。
机もテレビも、プレステ5もないし、お気に入りのガンプラもない。
寝ている僕はあっという間にお父さんたちに囲まれて、僕から僕が見えなくなった。
ふと、お父さんたちのすぐ後ろ、床になにかが落ちているのを見つけた。
しゃがんでまじまじと見つめると、そこにあったのは白い色の大きい紙だった。
拾い上げてみる。
それはなんとなく古い包帯のような匂いを放っていて、嗅ぐと指先がしびれるような感じがした。
裏返すと、上段に僕の名前が書いてあった。
そのすぐ下に「令和7年 5月13日 02:07」とある。
右手に持ったままだったスマホの画面を見ると、今もその時刻のままだった。
日付と時間が書いてある欄は……。
ああ、そうか。
僕が気づいてなかっただけなんだ。




