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万年筆 ――事実は小説より奇なり――

青年が手に入れた一本の万年筆は、驚くほど自然に物語を紡ぎ出す。

だが、その物語は必ず死で結ばれ、やがて書き手にも牙を剥くのだった。

中古屋の片隅で深い藍色の胴を光らせていた一本の万年筆。

小説投稿型のWEBサイトで駄作を量産していた青年、井川浩介は、三百円の値札に気楽な気持ちでそれを買った。


帰宅して原稿用紙を広げ、試し書きを始めた瞬間——インク瓶など用意していないのに、濃い黒がペン先からとろりと滴る。

その滑らかさは異常だった。

指先は勝手に動き出し、浩介の知らない誰かの人生を書き始めた。


幼い虐待。

すれ違いの初恋。

雨のプロポーズ。

死を悟った病室——


原稿用紙の四十枚目、主人公の女は線路へ飛び込み「赤い霧に溶けた」と書かれたところでインクはぷつりと尽きた。

浩介はあらためて、目の前に紡がれた物語を読み返す。

じっくりと見直せば、推敲も校正も必要のないほどの完成された文章であることがわかった。

ふと、原稿の欄外にさりげなく書かれた見覚えのない署名——「椎名由梨香」の名が目に留まる。

自ら書き起こしたはずなのに、その目で見るまで気づいてもいなかった。

何気なしにネットで検索すると、昨年飛び込み自殺した銀行員のニュースがヒットした。


何かの偶然か? 浩介は訝しんだ。

しかし背筋が凍る一方で、一晩眠りにつくとすっかり忘れていた。


その後PCでテキストに起こし、サイトに載せると「リアルすぎる!」と大反響。

アクセスは初めて万の桁を超え、浩介の虚栄心をくすぐった。


翌夜。

続編を求める読者の声に背中を押されペンを握るが、すでにカラ。

吸入機構を開くと、暗紅色の膜が貼りついている。

指を誤って切り、血が一滴落ちた途端、万年筆が小さく震え、傷口へ喰らいついた。

ペン先が肉を裂き、血を啜り上げる感触——。


再び文字が走り始める。

書かれているのは浩介自身の半生だった。

ゲームばかりの少年時代、初恋の失敗、ブラック企業での疲弊、人気作家への羨望と妬み。

やがて物語は現在へ追いつき、ラストシーンでこう綴られる。


「原稿を書き終えた浩介は、万年筆で喉を突いた」


「やめろ……」声にならない悲鳴。

放り捨てようとした手は離れず、ペン先が自らの首に突き立つ。

黒と赤が混ざる液体が血管を逆流し、視界が暗墨に沈んでいく。

最後に聞いたのは紙を走る筆記音だった。


〈——そして、物語は完結し、机には紙と万年筆だけが残った〉


翌朝、更新されるはずのない最終話が掲載されると、瞬く間に注目を集めた。


「まるで死を実況しているかのような臨場感」


またも圧倒的リアリティが絶賛され、しかし浩介がその喝采を浴びることはなく、その名は新聞の三面記事に印字され静かに折り畳まれる。


「作者急逝! いわくつきの大作」


数日後、家賃滞納で部屋を整理しに来た大家がその藍色の万年筆をポケットへ滑り込ませると、ペン先がただ静かに鈍く光った。

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