表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/27

ファンタジーは大歓迎

 Q.炊事も掃除も洗濯も外出もできないママの役割って何?

 A.愛情♡


 ふざけている訳ではなくガチである。

 ロジーの情緒不安定さと過剰な執着は幼少期の愛情不足によるものという見解が全私一致で出ている。

 まずはそこの解消をして充足感を得てもらい、心の安定を計り私への執着を緩和する。

 結局のところ最終目標はそこだ。ママは息子に自立して幸せな家庭を築いてほしいのだ。


「ロジーが嫌ならしないけれど」

「ほんとうはわたし、人とお話するのが好きなの」

「ロジーが嫌ならしないけれど」


 シットサンドイッチ戦法でちょいちょい本音をぶつけつつ、基本は甘やかした。

 朝起きたらボサボサの髪を整えてやったり(私もやられる)

 事あるごとにお礼を言ったり(それだけの事をしてくれてる)

 服の解れを直したり(それ以上の事をしてもらってる)

 ……基礎能力が低くてできる事が少ないのが頭が痛いところだが、些細な事でも続けていると五日ほどでロジーに変化があった。妙に怯えた様子を見せなくなったし、私が動く度に監視するような目を向ける事がなくなった。

「ロジーが嫌ならしない」と繰り返した成果かもしれない。ついでに私が嫌な事もしないでと言ってあるし、要望がある時はちゃんと言うとか無理なら断っても構わないとか色々な事をお互い様にした事で肩の力が抜けたように思う。

 本当今までどれだけ一方的に理不尽な扱い受けてたんだと問い正したい。私はお人形じゃないけど君も奴隷じゃないんだぞ。


 最初に要望を聞いたら「君に触れたい」と言われた時は慄き「どのレベルで?」と問いかけそうになったが、ママメンタルに切り替えた事で「いってらっしゃいとおかえりのハグ」という平和なところに着地した。新婚みもあるしロジーも満足そうである。

 年頃の美少女が人攫いに遭ってこんなに健全に過ごせるとは思っていなかった。子供は作らないでいいとは言ってくれていたが、そうでなくてもいかがわしい行為なんて五万とある。その点彼は引き止めるための絡みつき以外は些細なスキンシップしかしてこないのでありがたい事である。

 最近はあの蛇のような絡みつきをされる事はなく、ハグの時も精々アサガオの蔓に巻き付かれる支柱の気分になるだけだ。大して変わらないと思われるかもしれないが、捕食対象から共生相手に変わったのは個人的に大きい。


 結局のところ、ロジーは寂しかったのだと思う。

 家族が欲しかったとか性欲の解消だとかが目的ではなく、ただ一緒にいてくれる人が欲しかったんだろう。

 たまたま目をつけた私という存在が歳の近い女だったからお嫁さんという役割に当て嵌めただけなんじゃないだろうか。まあ結局今はママやってるんだけど。

 そういえばロジーに年齢を聞いてみたら「たぶん二十くらい」と言われた。闇を感じる曖昧さ。

 でもまあ大体見た目通りだし前世さんはもうちょい年上だったのでママメンタルは維持できそう。正直この世界のママがどんなのかよく知らないけどなんとかなるなる。


 ちなみに来客は全無視してるが二人で散歩は日課にしているので何度かピチと遭遇している。

 出会い頭にマシンガン文句をつけられたがお話しちゃいけない事になってるのでロジーを窺うと、彼は「リリーに用があるなら僕を通して」とアイドルのマネージャー気取りだった。心なしか得意げ。ピチはもちろんドン引きしていたのでごめんねジェスチャーしておいた。そのうち改善する予定なので許してほしい。前途多難。


 それから更に数日が経った頃の事だった。

 トイレをデコるためのレースを編んでいるとトイレの方からけたたましい鳥の声と物がぶつかるような激しい音がした。


「ピョコちゃん……!」


 ピョコちゃん(トイレ窓の蜘蛛さん。ピョコピョコ軽快に跳ねる)の言って(?)いた鳥の襲撃だとすぐにわかったのでトイレに向かった。人が出ていけば寄ってこなくなるかもしれない。この一週間ですっかり仲良くなったので、何か力になれるといいと思いながらトイレのドアを開ける。

 窓を覗くと巣は壊されていた。ピョコちゃんの姿はない。音も止んでいる。


「ピョコちゃん……?」


 呼んでも出てこない。

 ふと、思い当たってしまった。

 何故今回も巣だけで済むと思ったんだろう。大抵の鳥は、虫を食べる。


「そんな……」


 私はその場に座り込んだ。

 なんでもっと親身になってあげなかったんだろう。鳥避けの一つくらい、ロジーに言えば対策してくれたかもしれないのに。ただ話相手ができたのが嬉しくて、あまり深く考えていなかった。蜘蛛の巣が壊されるなんてよくある事だと、心のどこかで思っていた。なんて最低なんだろう。

 私の一番の友達は、鳥に食べられてしまった。


 どのくらい時間が経ったのか、帰宅したロジーがトイレの床に座り込んでいる私を見て慌てて駆け寄って来た。

 ああ、お帰りなさいのハグをしないと。

 ぎゅっとロジーの背に腕を回す。ロジーの腕も同じように私の背に回されるが、いつもとは全く違う心地だった。冷えていた心臓にじわじわと温かい血液が巡っていく。


「どうしたの、どこか痛い?」

「違うの、ピョコちゃんが……」


 私に泣く資格はない、と思いながらも話しているうちに涙腺が緩んでしまってどうしようもなかった。

 ロジーは要領を得ない私の話をただ静かに聴いてくれていた。


「外に出たいわ。なにか遺っているかも……」

「……リリーが望んでいるようなものは、たぶんないよ」

「いいの、それでも……」


 あの子の脚一本でも、巣の残骸でも、何か遺品になるような物を見つけたい。

 小さな蜘蛛だし、鳥は糸目当てなのでそれらが遺っている可能性は低いが、何もせずに終わらせたくなかった。


 二人で家を出てトイレの窓のところまで回り込む。

 すると窓から拳大の白い塊がぶら下がっているのが見えた。

 私はそれが何かわからなかったのだが、ロジーは「ぅわ……」と声を漏らした。

 近付いてみるとその塊にピョコちゃんがしがみついてるのが見えた。生きてる! なんて奇跡だろう!


「ピョコちゃん! よかった、無事だったのね」


 思わず駆け寄るとピョコちゃんがこっちを向いて左右の脚を一本ずつ掲げてみせた。なんだか誇らしげだ。コロンビアポーズっぽい。

 白い塊は糸玉のようだ。ピョコちゃんと比べると随分大きいので関心してしまう。


「すごい、こんなに糸を出せる、の……」


 スッ、と背後からロジーの手が伸びてきて視界を塞がれたので定かではないが、糸の隙間から鳥の羽根のようなものが見えた気がする。

 糸玉はまん丸というより細長く、ちょうど小鳥が翼を畳んだらこのくらいかなという大きさだった気がする。

 そういえばさっきのピョコちゃんはしがみついているというより、咬みついているように見えたかもしれない。

 そして誇らしげなコロンビア。

 全て糸で繋がってしまったな。蜘蛛だけに。


「おめでとう。ごはんの邪魔してごめんなさいね。またね」


 ピョコちゃんはジャイアントキリングを成し遂げた。水を差してはいけないので静かに退散する。

 ロジーに手を引かれ家の中に入り、ただいまのハグをする。彼の胸に頭をぐっと押し付けた。震える身体を宥めるように彼の腕が包んでくれる。


 本来、小さな蜘蛛が小鳥とはいえ鳥に敵う訳がなかった。それくらいの体格差があった。

 それなのに成し遂げたのは間違いなく私の入れ知恵が原因だろう。あの糸玉の糸はやけに太かった。編み上げた強固な糸で暴れる小鳥を絡め取ったのだ。あのけたたましい鳴き声はたぶん断末魔だったと気付いてちょっと吐きそう。


 罪状。殺鳥幇助。

 友の無事を喜べど、犯した罪の重さにその日の夜は枕を濡らした。



 大きな蜘蛛に糸で絡め取られる悪夢を見ながら迎えた朝、目を覚ますと胸の上にピョコちゃんが乗っていた。

 思わず声にならない悲鳴を上げて、異変を察知したロジーが飛び起きる。彼は私とピョコちゃんを交互に見てどうすべきか迷っているようだったので、とりあえず掌を向けて制止した。室内に出た虫は毎回彼が処理してくれるが、友達を殺されては堪らない。


「おはようピョコちゃん、どうしたの?」


 トイレから室内に入って来たのは初めてだ。ピョコちゃんは「見てて!」と言わんばかりに脚を一本挙げてから身体を震わせた。モゾモゾ。後退りするような仕草だ。するとピョコちゃんの尻が割れた。「ヒェ」と声が漏れてしまったがこれはもしや脱皮だろうか。割れたところからピカピカの尻が現れ、胸部、頭、そして最後に脚がスポンと出て来た。ピカピカピョコちゃん爆誕。

 脱皮殻はまるでピョコちゃんがもう一匹いるかのように原型を残している。見事な脱皮に思わず拍手。嬉しそうにピョコピョコ跳ねるピョコちゃん。

 わざわざ見せに来てくれたのでニューボディを褒めそやしていると、ふと気付いた。


「あら、おめめが増えてる」


 以前は四つだったのが六つになっている。脱皮ってすごい。

 ロジーの視線が妙に物言いたげだったが、彼は口を開かないまま朝の支度を始めた。


 ピョコちゃんはその後満足そうにトイレに帰って行ったが、朝から想定外の出来事があったせいか、それとも日常の繰り返しによる油断か。私はついにロジーの尻尾を掴んだ。

 洗面の準備をしているロジーの背中を見て彼の髪を整え損ねた事に気付いたので、寝巻きのまま彼に近付いた。

 いつもならベッドの上でお互いの髪を整え、ロジーが準備をしているうちに私が着替えをするので、その間彼はこちらを見ないようにしてくれるのだ。

 だから彼は私がすぐ後ろまで来ている事に気付かず、洗面器にかざした手から水を注いだ。そう、手から、水が、出た。


「まあ……!」

「!!????」


 思わず声を上げた私の近さにロジーが飛び上がる。盛大に水が零れた。


「り、リリー……っ、服、じゃなくて、どうして……! ち、ちがう、なにも」

「すごい、どうやったの? わたしにもできる?」

「??????」


 ロジーがめちゃくちゃ動揺しているのはわかるのだが、ファンタジーを目撃した私はウッキウキでそれどころではなかった。

 異世界転生したら誰だって魔法を期待する。私だってそうだった。だのにここには魔法っぽい物を使える不思議生物はいても、人間が魔法を使えるという話は聞いた事がなかった。

 解明できない不思議な力を持つ生物……例えば火を纏う鼠とか空を飛ぶ蛇とかそういうのはディマスと呼ばれ、人々の脅威とされている。前世的に言うなら魔物とかモンスターだろう。そういったものの対処に長けていたのが私のご先祖様で、その方法はディマスを使役しての武力制圧――要はテイマーだったらしいのだ。ご先祖様はそうして人々を護り国の主になったらしい。

 現在城の厩舎にいる馬達は衛馬と呼ばれ、ご先祖様の使役したディマスの子孫だという。額に輝く鉱石が素敵な彼らはバリアのような物で騎手を護ってくれるので、治安維持に並々ならぬ貢献をしてくれている。衛馬の管理、それを使役する騎士の育成・派遣による治安維持が王様の最たるお仕事なのだ。

 王族はご先祖様の稀有なる才能を継いでいるとされているが、実際衛馬を駆る騎士達は貴族の令息や平民上がりもいるので首を傾げるところだ。あのお馬さん達は優しく友好的でとても可愛い。衛馬の管理するの王族である必要あるか? 誰でも良くない? と首を傾げる事案である。 

 ちなみに女性の騎乗ははしたないとされているので、現在衛馬を駆った事のある王族は父と弟の二人のみだ。


 ただご先祖様は他にも色々なディマスを使役していたらしいので、魔法染みた能力があったのではないか、そうだったらいいなとは思っていた。


 だけどまさか、こんなにも露骨な魔法使いがいるなんて!

 いや、わかってはいたんだよ。初手から空飛んでたし。

 ただ明らかに隠そうとしてるからさ。今更なのに!

 無理やり暴くのも可哀想かなと思っていたのだ。今更だけど!

 だからわかりやすくボロを出すのをそわそわ待ってたんだけど。

 盛大に出したねえ!! ボロ!!!!


「そのお水ってどれくらい出るの? のどが乾いたりしないの? 空を飛んでたのはどうやったの? あんなに速かったのにフードとか取れなかったのはどうして? 重たそうな荷物を軽々と持ってたのはその応用? 外から閂を開けたのは? あ、食事があったかいのは火を出してたの? ヤケドしないの? エクスプロージョンできる??? エターナルフォースブリザードは? アイス食べたい。すごいかたいやつ」


 一週間もよく我慢したよね。その結果がこれ。

 ロジーは興奮やまない私に目を白黒させ、たっぷり間を取って口を開いた。

 なんて答えてくれるだろう。すごく楽しみ。


「リリーって――――すごく変だ」


 は? キレそう。

 お前が言うなベストスリーに入るぞ。


「ディマスの仔って聞いたことない? 僕みたいのをそう言うんだけど」


 初耳ですね。

 なんだ、魔法使いの存在は認知されt


「ディマスの仔は、生まれてすぐ処分されるんだ」


 はしゃいでいた心が萎んでいくのを感じた。

 温度差ァッ!!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ