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とんだ害獣

 軟禁生活は三日目で終わりを告げた。

 何故って? 私が外に出たかったからである。


 昼寝で終わった一日目はともかく、あの物置小屋みたいなところで一日中過ごしてみろ。普通に病気になる。

 ぶっちゃけ生まれてこのかた城から出た事がないが、城は広い。部屋一つ移動するにも結構歩くし書庫もある。中庭でのんびり散歩したり日光浴したりもできていた。

 そのせいか娯楽もない狭い室内に引きこもっていたのは思いの外ストレスだった。あまりに暇すぎてスカートのうち一枚をケープに仕立て直してしまったくらいだ。

 余談だが教養として習った中で裁縫と刺繍だけは褒められた事がある。見て覚えて実践だったので言語関係ないからね。


 話が逸れたがつまりロジーをどうやって説得したかというと、「人間には適度な運動と日光が必要。さもなくば病気になる。そして死ぬ」と訴えただけだ。時々不穏さを見せる割にあまりにもちょろくて心配になる。

 一応私の事は大切にしてくれるつもりがあるようなので、これからも積極的に自分の身を盾にしていこうと思う。



 手作りケープを羽織って出た外はなんとも広々としていて開放的な気分になる。元々活発な方ではないのだけれど、目の前に広がる草原を見て無性に走り出したい気分だった。

 まあリードをつけた犬よろしくロジーと手を繋いでいるので無理なんだけど。


 他の家から遠ざかるように手を引かれてはいるが、私も昨日の今日で毒村人に接触しようとは思わないので構わない。

 本日の目的はトイレに置くための良い香りのする花を見つける事である。可愛ければなおよし。

 トイレは私の城である。私好みにコーディネイトしてやるのだ。

 いくら封水してあるとはいえ消臭や芳香剤は必要だ。消臭には何かの炭を置いたし、換気のために窓を作ってもらった。木製の小窓は下の部分を外側に押し上げ、つっかえ棒をすると庇のようになる。高めの位置にあるので覗きもできないだろうし、雨も入らない造りだ。余程冷える日以外は開けっ放しにしようと思っている。換気扇とかないので。

 ちなみにこの窓、外壁である煉瓦をくり抜くようにして穴を開ける作業があったはずなのだが、ロジーが一人でトイレに入ってドアを閉めた後、三十分もしないうちに完成している。どうやったのかは知らないがお前がナンバーワンだ。


 それにしても本当に自然以外何もない所である。

 草と花、それと木々。人工物は遠くに見える人家と木の柵くらいだろうか。遠目ながらどれも手作り感がすごい。いや機械で大量生産する技術はこの国にないので何もかも手作業なのは当たり前なのだが、それにしたって素人臭さが抜けない。道も舗装どころか草取りすらされていなくて獣道に近い。いよいよ辺境って感じだ。


 希望が薄れていくのを感じながら、花を見つけては屈んで香りを確かめた。いくつか候補を見つけたが、いまいち決め手に欠ける。芳香剤にはこだわりたいよね。

 そうしているうちに、森のような場所に近づいてきた。地面に咲く花もいいけど、木に咲く花もいいものだ。入ってみたいな。

 ちらりとロジーの様子を窺うと、彼は一度森に目を向けてから私を見て言った。


「血の臭いがする。なにかの死骸があると思うけど大丈夫?」

「だいじょうぶじゃないわ……」

「じゃあ森はやめとこう」

「うん……」


 森は怖いとこ。姫学んだ。

 そうして踵を返そうとした時、「ひょひーん」と悲壮感漂う鳴き声が聴こえた。

 犬でいうところのキャインみたいな。馬の声に近いので騎士が来てくれたかとも思ったが、あんな声出してるならどの道助けは期待できなさそうである。

 辺りを見渡してみると、案外近くにそれはいた。


「ひん……」


 禿げたアルパカだった。

 馬のように大きいので違うような気もするけど見た目はアルパカが一番近い。

 ラマっぽい顔に長い首。もこもこの白い毛。これはたぶん全身そうだったんだろうけど悲しいかな、胴体部分は見事に禿げ上がっていてぷるぷる震えていた。

 というかこれ、禿げというか刈られたんだろうな。どう見てもベッドに使った綿の素材元である。

 禿げパカがあんまりにも恨みがましくロジーを見るので、私もじっと見てしまう。

 するとロジーは私の方を見て首を傾げた。


「もっといる?」


 無慈悲である。

 間髪入れず首を横に振った。

 確かに素材としては大変優良で寝付きも寝起きも良かったのでありがたかったが、目の前でぷるぷるしている生き物に追い打ちをかけようとは思わない。……ちょっと枕用にもほしいな、とは思ったが口に出さないだけの理性はある。


 それにしても頭の悪そうな生き物だ。

 恐らく合意なく刈り取られたのだろうに、何故その犯人の前にのこのこ姿を現したのか。

 復讐にしたって頭が悪い。一度負けているんだし今度は肉にされても知らんぞ。村人が害獣駆除とか言ってたし、恐らくロジーはその道のプロだ。

 ただロジーも不思議そうにしているので、この迂闊さはこの種族の特徴ではなく、この個体が特別抜けているのかもしれない。


「ひょ……」


 哀れみの視線を向けていると、禿げパカと目が合った。

 悲しげだがとても澄んだ目をしている。


 訂正。この子は賢い。誰の同情を買うべきかをしっかり見定めている。

 見つめ合うこと十数秒、私はすっかりこの子に愛着を持ってしまったのだ。

 前世さんは地域猫に財布の中身を溶かされたことがあるし、ペットショップは水槽で群れている熱帯魚しか見られなかった。

 目が合うと駄目だ。表情がわかると駄目だ。個を認識すると駄目だ。片っ端から愛着が湧いてしまう。そういう性分だった。

 そういえば今生でも城の厩舎に通っていたし、なんかもう抗う術が思いつかない。

 私は猫撫で声を出した。


「パッカちゃん、そっちに行ってもいい?」

「えっ……あのファリーズと知り合い? なの……?」

「ファリーズっていうのね。なんて呼べばいいかわからなかったから……」


 お馬さん、みたいなノリで。

 ファリーズかあ、名前まで可愛い。妖精さんみたい。


「あれは人を攫うから、僕から離れないで」


 わあ、悪戯な妖精さんなのね。


「攫った人を高い所から落として、グチャグチャになったのを見て高笑いするんだ」

「わたしを離さないで」


 足らず姫は 正気に 戻った!

 とんだ害獣である。

 何故その日のうちに駆除しなかったんだ。


「ひん、ひん……」


 気付くと隣に来ていた害獣が鼻先をツンツンと押し付けてくる。

 一瞬心臓が冷える思いがしたが、ちゃんとロジーと手を繋いでいるし大丈夫だろう。何せ彼は飛べるしプロ駆除業者。本当に絶対離さないでほしい。フリじゃないぞ。

 ファリーズは身の安全が確保されている状態で見るとやっぱり可愛いし可哀想だ。

 仕草が甘える猫ちゃんみたいだし、禿げ部分は近くで見ると刈りムラがあって非常に惨めな姿なのである。

 とんでもない害獣だけれど、今回に限ってはロジーが加害者で元凶は私だ。どう賠償すべきか。無難なのは餌だけど草食っぽいしこの大自然では困ってなさそう。好物とかロジーは知っているだろうか。

 空いている手で頭を撫でてやりながら考えていると、ふとケープが視界に入った。


「パ……ええと、ファリーズ? これね、あったかいの。よかったら着てみない?」

「ひょ?」


 綿入りのキルト生地だ。地毛には敵わないだろうが、何もないよりマシだろう。紐で結ぶタイプなので調整もできるし。

 嫌なら嫌ですぐ外そうと、とりあえずケープを禿げた背中に掛けてみる。


「ヒョッ」


 するとファリーズの首がピンと伸びた。続いて耳がピコピコ動く。


「ヒョーーーーーーン!!」


 そして次の瞬間には高く跳び上がった。ビル何階分だろう。なるほどあの高さから落とされるならグチャグチャにもなるだろう。トマト不可避。

 密かに慄きロジーの手を握り直しながら、跳んだ拍子に落ちてしまったケープを見る。

 気に入らなかっただろうか、まあ野生だしな……と思っていたら音もなく着地したファリーズがケープを咥えて自分の背中に乗せようと悪戦苦闘していた。これは……?


「気に入ってくれたなら落ちないように結ぶけど……」

「ヒョッ!」


 元気なお返事は肯定だろう。

 説明するときには身振り手振りを混ぜてはいるが、どうにも言葉が通じているような気がする。食べるでもなく娯楽で人間殺してる辺りも含めて本当に賢いんだろうな。無駄な行動に時間を割ける生き物というのは大抵生存力が高くて賢い。

 流石に片手では結べないので、ロジーには後ろから腰に手を回してもらって安全確保しながらファリーズにケープを着用させた。

 ファリーズは尻尾を追いかける犬のようにくるくると回ってご機嫌の様子だ。

 こうしてると可愛いのになあ……。


「……いいの? たぶん、あの生地は僕じゃ手に入れられない」


 ロジーが所在なさそうにしながらボソボソと言った。

 確かに私が着ていた服は式典用のとびきり豪華なものだった。

 光沢のあるワンピースドレスが一枚。その下には何故かスカートを三枚履いていた。パニエの上にケープに生まれ変わった綿入りキルト生地。それを覆うようにフリルとレースのついた生地を重ね、更にフリルとレースをチラ見せするように刺繍生地が重ねられていたのだ。無駄が多い。これで着膨れする分コルセットで締め上げたりするので本当に正気の沙汰ではない。【急募】レイヤード風。

 理解できない着こなしだがどの生地もロジーの家のベッドシーツや服に比べると肌触りが段違いで、手放したらそれきり同ランクの物は新調できないだろうというのは箱入りでもなんとなく察せる。でもそれがなんだっていうのだろう。


「私にとっては、ロジーが誂えてくれたベッドの方がよっぽど価値があるわ」


 欲しいものが何だって手に入る訳じゃない。

 そんなのは城暮らしだって痛いくらい知っている。

 労せず最高の睡眠を得られたのだから、その割を食ったあの子にちょっとしたお返しをするくらいなんでもないのだ。まだスカート余ってるし。


「…………」


 黙り込んでしまったロジーから視線をファリーズに戻すと、そこにはもう何もいなかった。辺りを見回しても影すらない。

 さっきも思ったが移動が速すぎる。

 あの害獣っぷりを聞いているとただただ恐怖でしかない。

 音もなく忍び寄られてピョーングチャッである。

 こんなんお散歩もおちおちできないけど、マジでこの辺の人どうやって生き延びてきたの?


 軟禁終了日にして逃走どころか独り歩きすらできない事を思い知ったのだった。




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