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第71話 憧れ

「士道に似ても似つかない、可愛気のない顔だ…!」


「悲しいよ、俺は。再会早々、ルッキズムの餌食になるなんて」


「…今更、一言罵った程度で悲しいもないだろう」


「バレてら。やっぱり深ぁく血が繋がってると、心が通じちゃってイヤだね」


「一人前になったな…揚げ足取りだけは!」


 揃って負けず嫌いな上級国民共。

 俺、龍宮寺優太と、祖父、優造の間で、売り言葉に買い言葉が止まらない。


 もう一丁、言い返そうとしたが、突如、頭が重くなる程の悲鳴に抑え付けられた。

 足場が揺れている。

 錯覚、ではない。

 頭上高くで成り行きを眺めていた女神が、痺れを切らし、進行を開始したのである。


「静かにしてくれ」


 邪魔をするな。

 突っぱねるつもりで放った七色の熱線が、迫り来る女神の顔面を、突き抜けた。

 そこに出来上がった、半径六十センチメートルのフラフープを潜り抜けると、周囲の地面が腐食し、崩壊する。

 俺の足元だけが残り、まるで浮島の上に立っているようだ。


 一手一手に、死の可能性が付き纏う。

 じいちゃんの目が届く範囲で気を抜けば、対処を誤れば、すぐにあの世行きのチケットが発券される。

 此処が、大陸一の危険地帯であることは、間違いない。


 そんな場に身を置いているにも拘わらず、俺は貪欲だった。

 ただ敵を倒すだけではなく、精神的な解決感を求めていたのだ。

 かつての憧れを超えることで、未だ、心中で一向に嚙み合わないパズルが、遂に嵌ってくれるのではないかと、期待していた。


 だから、口喧嘩においても、隙を見せてはいけない。

 何もかも、すべての要素で勝利せねば。


「久しぶりだ。デカい女神、ぶっ壊すの」


「大いなる意思に背きし大罪人め…後ろの虫けら共々、地獄へ葬ってくれる」


「人を虫けら呼ばわりか…。そんなんだから、自分の手がどれだけ汚れているか、気付きもしない」


「殺めたのが一人なら、悪人なら、仕方ないとでも!?そんな道理はない!貴様も、立派な人殺しだ!」


「俺は、自分の罪を有耶無耶にしようだなんて、これっぽっちも思ってねえ…犯した罪に向き合わない、獣や機械にはなりたくねえって言ってんだよ!」


 じいちゃんの頭上で此方に狙いを定める槍を、細い熱線で薙ぎ払い、焼き尽くす。

 こうやって、拳が届かない距離で睨み合っていても、時間の無駄だ。

 俺はすぐさま後方へ炎を吹かし、向こう岸へとジャンプした。


 走り幅跳びの走者の様に体をしならせながら風を切って、放物線の頂点。

 下降が始まったところで、腕をバツ印に。

 突貫する俺を撃ち落とそうと、魔力を宿した槍が飛ぶ。

 幸運なことに、狙いは上手く定まらず、その内の一本が右肩を掠めただけだった。


 しかし、絆創膏では話が済まない。

 インクでも垂れたかのように、じわじわと傷口が紫色に染まっていく。


「私の『焦り』は、細胞さえも逸らせる!」


 じいちゃんが、力を誇示するように、そう言った。

 大地を腐食させた女神も、敵を蝕む槍も、奴の根源の名を聞けば、成程、相応しい魔法だ。


 肉体が侵されてしまう前に、さっさと処置しなければ。

 ルーライトで殺されたステナの姿が脳裏に過った俺は、緑の炎で傷を焼く。

 その躊躇いのなさに、じいちゃんがちょっぴり動揺したのが、分かった。

 もう、それが分かる距離だった。


 着陸前に、消毒は完了。

 大きな火傷になった右肩を空中でぐんと引き、覆い被せるように放ったパンチは、じいちゃんの頬骨を、砕いた。

 後ろの瓦礫まで、ぶっ飛ばしてやった。


 指の痺れなんて、構うものか。

 寧ろ、胸の痛みが誤魔化せて、丁度いい。


「埃の味は初めてかよ?俺は良く知ってるぜ」


 舞い散る砂埃の中で咳き込んでいるじいちゃんを、見下ろす。

 あの日とは、真逆の構図だ。


 ざまあみろ。

 そう舌鼓を打っていたのは、最初だけ。

 うすぼやけていた記憶の続きが、唐突に蘇ってきたのである。


 幼き日の隠れ家。

 床にぶちまけられた飴玉を貪った、あの時だ。

 嘲笑うじいちゃんの声色に何かを感じた俺は、ふと顔を上げた。

 するとそこでは、純然たる侮蔑とは言い難い、何とも複雑な表情が、こっちを見ていた。


「じいちゃんが帝国に向かわず、此処に残った理由…今なら分かる。思い出した」


「は…何を…?私は、部下の意見を…」


「怖かった。じいちゃんは、怖かったんだ。あの日、汚れた飴玉を頬張って、笑った俺が…そんな俺の、復讐が。だから態々、『来るな』なんて書き置いた」


「恐れていた…?ふざけるな…。思い上がりも、甚だしい!」


 杖の先端を地面に押し付けて、立ち上がるじいちゃん。

 口では俺の主張を否定していたが、鳩尾を抑える手が緊張している。

 怒れる瞳の裏側に、牙に睨まれた草食動物が、縮こまっている。


 強気な見方を助長したのは、殴られて歪んだ顔面の、治りの遅さ。

 心臓の残りが、少なくなっている証拠である。

 どうやら俺の方が先に気づいていたらしく、今になって、やっと賢者がびっくりしていた。


「まさか、貯蔵が尽きている!?そんな筈はない!腹の中でまだ、こんなにも煩く…!」


 確かに貯金というものは、知らぬ間に溶けているのが世の常。

 しかし、この男が金で失敗したことなど、ありはしない。

 貯め込んでいるのが心臓であろうが、その管理は万全なはずだ。


 狼狽えていたじいちゃんは、自らの腹部をわさわさと探ると、ぴたっと動きを止める。

 目を丸くして、信じられないとでも言った様子で、呟いた。


「鼓動が、重なっている…?」


「命を混ぜ合わせて、一つにする。それが僕の根源、『寂しさ』の力」


 出どころは、じいちゃんの腹の中。

 戦いの最中にしてはあまりに穏やかな声が、しわしわな手の甲をすり抜けて、此処まで届いた。

 聞き逃してはならないと、俺の耳がグラブを伸ばし、ダイビングキャッチしたような、そんな感覚だった。


 遠い昔に思えるくらいの懐かしさが、眼球の裏をくすぐる。

 思い出していたのは、初めての友達だった男との、心安らぐひと時。

 ありふれたメニューがテーブルに並んだ、特別な食事風景。


「もしかして…そこに居るのか、ルーク」


 一歩だけ後退った靴が、急に重たくなって、動かない。

 呆然とした俺の問いは、行き場を失って消えてしまったが、それでもあの声は、幻聴などではなかったはずだ。

 ステナが食ったルークの心臓は、まわりまわって、じいちゃんの老体に棲み付いていた。


 医療の国、メドカルテにて、残忍な悪行を繰り返した男、ルーク・デ・メディチ。

 転移者である彼の特異魔法は、命の融合。

 人の尊厳を踏み躙るような恐ろしい魔法だが、賢者にとっては、天敵となる力だった。


 三人で宮殿に踏み入った時には、考えもしなかった。

 リリィとジェシカの二人に加えて、ガルダさん、ゼン先生、更には死んだはずのルークが、最終決戦の地に集結するなんて、誰が想像できただろうか。

 帝国に残ったクリードや、ブライス、騎士団の願いも、託されている。

 旅路の中で関わった人々の希望が、俺を運命の終着点まで連れてきたのだ。

 

 考えを巡らせている内、吹っ切れたか、はたまた自棄にでもなったか。

 引けていたじいちゃんの腰が、ようやくいつも通りの自信を取り戻していた。


 高圧的な視線。

 漲る殺気。

 それで十分だったのに、ご丁寧に、言葉まで。


「叩きのめす」


「ぶっ飛ばす」


 俺も簡潔に気合を口にして、一文字に唇を結ぶ。

 隔世遺伝が、やりとりに色濃く表れていた。


 互いに歩み寄る足音も重なって、呼吸すらも合わさって。

 拳と拳が、交差する。


 頬に打ち付けられたこれは、理不尽に対する怒り。

 または、悲しみ。

 なんで、どうしてと、語りかけてくる。


 さて、我が祖父よ。

 俺の拳からも、伝わっているか。

 こんな風になってしまっても、あなたを軽蔑しきれない、俺の葛藤が、伝わっているか。


 一度の相打ちによろめき、後は、殴り合う。

 プロレスの如く、攻守をかわりばんこにして、根性を比べた。

 混沌とした胸の内を、ぶつけ合った。


 じいちゃんは、永遠にでも、こうしていられそうだ。

 対して俺は、一発殴るたび、諦めがついていた。

 掛けがえのない存在が、俺にだって居る。

 そう信じたいがために生み出した虚像を、自らの手で叩き割って、散らした。


 子供に与えられるには、広い部屋。

 元はといえば、あの孤独から抜け出したくて、俺はじいちゃんを探していた。


 だが、今は一人じゃない。

 これだけの仲間が、俺の背中を支えている。

 だからもう、大丈夫。


「ああ、夢みたいだ。こうやって、君と青空の下で…」


 聞こえてくるその声は、か細く、空ろだった。

 独り言つので精一杯なのだろう。


 天は見事な夕焼け。

 うっすらと雲がかっており、青空とは程遠い。

 きっとルークには、違った景色が見えていた。

 人生の過酷さに負けて、道を踏み外してしまった彼に、泡沫の幸福くらい、あったっていい。

 俺は、そう思った。


 気が済んだ俺は、右腕を振り抜く。

 髭の上から顎をガツンと突き上げられた独裁者の体が、石像の如く固まって、そして倒れた。

 中で息衝いていた友の魂が、ふっと消え失せたのが分かった。


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