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第69話 トラウマ

 自動車が進む。

 三百六十度、何処を見ても損壊している宮殿内部に、師匠の魔法で穴を開けて、道を作って。

 モグラの如く、進む。


 後ろでは、巨人の足が、ズシン、ズシン。

 草履の縫い目が分かるくらいに近づき、遠のいての繰り返し。

 来た道は、跡形もなく踏み壊され、もう後戻りはできない。


 その間、どれだけ時計の針が進んでいたかは不明だが、体感では、無限に思えた逃避行。

 終わりは、至極間抜けなものだった。


「…おい、ガルダ」


「何?」


「今気づいたんだがな、油がもう底を突く」


「そっか、行きに飛ばしちゃったもんね。こうやって急に走れなくなると困るし、メーターも付けたいわ」


「…言っとる場合か!」


 師匠とゼン先生の会話を聞くに、どうやら自動車の燃料切れが近い。

 車両後部に取り付けられた無骨な容器が、カラカラ喚き出したのは、そのせいか。


 脚を壊したジェシカも、青ざめたゼン先生も、私だって、自動車無しには逃げ切れない。

 ユータとも、きっと距離が離れてしまったため、合流までは時間を要する。

 今頼りになるのは、師匠一人。

 他は、足手まといだ。


「だってもう、なるようにしかならないし…行けるところまで行くだけじゃない!」


 口喧嘩の片手間に、宙に浮かべた光の剣を乱射し、目前に迫った壁を取っ払う師匠。

 彼女は、自らの力のみで私たち全員を守り切れると、信じて疑わない。

 いや、できるできないではなく、やると誓っているのだろう。


 もやもやした心境の私と、煙を突っ切った車。

 景色は、振り出しに戻った。


 左右に沿ってずらり並んだランプが、波が押し寄せるように、一斉に火を灯す。

 その最奥で、数多の天使の微笑みが、照らされている。

 あれは、私たちがバルカンと合流した、青銅の扉だ。


「出たらすぐ、下り階段よ!」


「そうか…そりゃあ好都合だ、ちくしょう!」


 飛来した剣にめった刺しにされた扉が、バラバラになって吹っ飛んだ。

 天使は笑顔のままで、皆散り散りに。


 油切れの自動車は、余力で踊り場を、そして階段を駆け抜ける。

 吹きすさぶ強風に平手打ちされながら、私たちは叫ぶ。

 最早、落下しているだけと言われればそうではあるのだが、全員が胸中で走れ、走れと祈っていた。


 崩壊の音色から逃げ出した門番たちの間を押し通り、避難中のどよめきへまっしぐら。

 人を轢きかけたところで、ゼン先生がハンドルをがばっと切って、ようやく車輪が止まった。

 観衆の爪先すれすれに、タイヤ痕が弧を描いていた。


「おっさん、プロだな」


「ダラクに帰ったら、運転手で食っていくか…」


 添え木を上に、シートでひっくり返ったジェシカが、称賛する。

 また『言っとる場合か』と叱られるような気がしていたが、ゼン先生は意外にも、素直に受け取った。

 土壇場の今、敢えて未来の話をしたのは、彼なりのファイティングポーズだ。


 首を振って、ぼさぼさになった髪をどかしながら、車から降りた師匠。

 すると、半径五メートルくらいを囲んだ黒いローブの集団から、各種各様の切っ先を向けられる。


「仕事熱心なのはいい事だけど…頭、もっと悪くなっちゃうわよ?」


 師匠の警告に首を傾げた一同が、余計な言葉に怒り出すより先に、高所から爆音。

 見上げれば、影。

 降ってきたのは、ジャンプした鬼武者と、大量のコンクリート片だった。


 さあ、避難の再開だ。

 事態を逸早く察した一人がさっさと武器を捨てて逃げ出すと、それを真似て大勢が去っていく。

 手下の命程度、賢者にとってはどうでもいい。

 そう実感させられてしまえば、忠誠心など何処にあろうか。


 中には数名、訳が分からなくなって、その場にしゃがみ込む軟弱者もいた。

 きっと、罪深い奴らだ。

 此処で潰されても、何の文句も言えない奴らだ。


 けれど、救いはあった。

 刀を握って落下してきた鬼武者も、おまけの瓦礫も、光より出でし聖騎士の巨体が、受け止めていた。


 あの日、誰より生きていて欲しかったダラクの子供たちが救われず、罪人共が救われる。

 世界は、不平等だった。


「…あなたなら。そう信じて集った命でしょうが」


「失敬、老眼には小さすぎてな。蟻と見間違えてしまった」


 またも、相討ちだった。

 落下エネルギーが上乗せされた刀は、聖騎士の鎧を叩き壊し、対する大身槍が、鬼の面を貫く。

 二人の心中を反映するかのように、拒絶し合い、一歩も譲らない。


 次に始まるは、射撃戦。

 賢者の頭上に無数の槍が、準備される。

 師匠は当然、光の剣だ。

 あくまで同じ土俵で上回ろうとするのはプライドか、それとも、ただ反射的にそうしただけの事か。


 合図無しに放たれた武器の軌跡が重なって、弾ける。

 師匠は、自らに命中すると判断した槍だけを、精密に狙って撃ち落としていた。

 一方、自己回復が可能な賢者は、被弾を許容している。

 これでは、師匠の精神がもたない。


「何度見ても、グロテスクな力ね。そんなものに頼らなきゃ、女一人相手できないんだから、笑っちゃうわ」


「口を開けば、挑発か。敗北が過った者の、常套手段だ」


「大人しくしてたら、いい気になっちゃって…!」


 近距離戦を望んだ師匠は、生成した光の剣を手に取って、全速力で前に。

 襲い来る氷雨を躱し、叩き落とし、賢者の懐まではすぐだった。


 賢者は咄嗟に杖を振るうも、ズバッと腕ごと切り落とされる。

 老いぼれにしては悪くない動きだったが、如何せんその得物では、小回りが足りない。

 過酷な戦場を多彩な技術で支配したと言われる、我楽多の魔術師を止めるには、一秒遅い。


 一矢報いたことで、ゼン先生が握り拳を作った。

 瞬間、宝物庫での戦いが、デジャヴする。


 その感覚は、いけない。

 もし師匠も、達成感を抱いていたら。

 心を舌で舐められたような不安に、私は叫んだ。


「師匠!」


「苦手かね?挑発は」


 やはり、二の矢は用意されていた。

 声が届いた頃にはもう、紫のコートを胸から斜めに貫通した槍が、師匠の太腿に刺さってしまっていた。


 後方に数歩よろめいて、顔を引き攣らせた師匠だったが、戦意は不変。

 即座に反撃の魔法を、イメージする。

 イメージ、していたはずなのだ。


「どうして…!?」


 腕を銃口に見立てた師匠だったが、空砲。

 疑問符に、痛々しい程の焦りが滲んでいた。


 幾ら彼女が器用とはいえ、戦術の軸は魔法。

 それを取り上げられてしまえば、強者の前に立ってはいられない。


 この一時だけ隻腕の賢者は、左手がくっついたままの杖を拾い上げて、力任せに、ぶんと振る。

 無慈悲な一発は、腹へ。

 師匠の体が、ダン、ダンとゴム毬の如く地面を跳ねて、自動車にぶつかった。


「神経がすっぽ抜けたようで、面白い感覚だろう?実験中の毒薬…転移者から力を奪う薬だ。…やはり、上着は胸ポケットがある物に限る」


 豪快に杖を振り切った賢者。

 その胸から生えた槍の先っぽから、緑色の液体が滴っていた。

 ぽたぽた落ちて、師匠が吐き出した血液と、混ざり合った。


 私だけだ。

 最悪の奇襲を、阻止する事ができたのは。

 意識を失ってでも、弱弱しい魔法であっても、撃てば何かが変わっていたかもしれない。


 あの日だって、そうだ。

 ダラクの子供たちの命は、私にしか守れなかったのに。

 圧倒的な力の前に、屈した。


 自責が頭の中を陣取って、デモ活動を始める。

 五月蠅い、五月蠅い。

 そうやって何度首を振っても、後悔は靄の様に纏わりついて、騒ぎ立てた。


「胸ポケットは、玩具入れじゃないのよ。仕舞うなら、ハンカチにしなさい…お坊ちゃん」


 師匠は、不安気な私たちに無様を曝すまいと、ぐらっと地に突きかけた膝を、持ち上げる。

 零れた赤を拭い去った口には、笑みすら浮かべていた。


 燃料切れの、車と魔法使い。

 こんな重荷を背負っても、えんやこら。

 母の足は、挫けない。


 彼女の強い心が折れたのは、たった一度きり。

 全てを奪われたあの日を越える苦しみは、ない。


「虚勢が過ぎる。見苦しい」


「…子供って、見ているわ。親がどれだけの愛を注いでくれているか、ちゃんと見ている」


「…何が言いたい、我楽多」


「本気の姿っていうのは、どうやったって見苦しいものよ。けれど、死に物狂いの不細工な顔も、いつか大切に想ってくれる。…お見苦しくて、結構」


 親としての矜持を語った師匠は、ロングヘアの一部を失い、手足は傷だらけ。

 綺麗だったワンピースも、端々に切れ込みを入れられてしまい、ボロ雑巾の様。


 でも、私はこの後ろ姿を、一生忘れない。

 彼女が老いて亡くなっても、その後、私が墓に入ろうとも、魂の奥底に刻まれたこの記憶は、不滅だ。


 ダラクで殺されたケニーたちも、きっと。

 墓の中か、天国か、何処に居ようと覚えている。

 あの日、信じる事が嫌いになった彼女は、そう信じて、心を燃やしていた。


「下らん綺麗事だ。惨めったらしく足搔いて、足搔いて、何の成果も得られぬ不甲斐ない親を、どうして子が愛せよう…!」


 何かが癇に障ったのだろう。

 余裕ぶっていた賢者のこめかみで、血管がピキピキと鳴る。

 血色など、他の変化は何もない無表情な怒りではあるが、確かに、激怒していた。


 感情の炎は、忽ち魔素をおびき寄せ、ブラックホールかのような深淵が、出来上がる。

 中から姿を現したのは、輪っかを掲げた、モノクロームの天使。

 数は、両の指に収まらない。

 後から後から、湧いて出てくるではないか。


 アレを斬ったジェシカの大剣は、錆びて使い物にならなくなってしまった。

 そんな魔法が、人体にどんな影響を与えるのか。

 死の恐怖が、怒涛の如く吹き付ける。


 絶体絶命のピンチを前にした私だったが、あまり、死後についての想像は、しなかった。

 蘇ったトラウマに胸ぐらを掴まれて、それどころではなかったのだ。


 木の床の、冷たさの上。

 意識が遠のく中、子供たちの悲鳴を黙って聞いているだけの、弱い自分が、何より怖い。


 私は、転んでしまわないように、砂の感触を踏み締めた。

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