表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界捜索  作者: ンゴ
第八章
63/71

第63話 主演男優賞

「腹立たしい。上に立つ者が、命を蔑ろにするとは…!」


「御立派な矜持です。そこまで命を尊ぶと仰るのであれば…飢えに苦しむ貧民が、ちょっとは気に掛からねえかよ!?」


 黒竜の背からブライスに見下ろされたアイディーは、こめかみに血管を浮かばせながら、皮肉。

 ミロとキロが言っていた不満と、同じ内容だ。


 貧困の責任を他国に転嫁するのは、やはり間違っている。

 それでも、帝国の崩壊を目指し、これだけの大軍が押し寄せたのだ。

 我が国を富を独占する悪として認識している者が、少なくないという事実は、受け入れざるを得ない。


 それに、もしこの大陸全体を平和に、幸せにする事が可能なのであれば、追い求めるべきではないだろうか。

 同じ空を見て、同じ時を生きる人類の苦しみを、放置していて良いのだろうか。

 俺はそんな風に、今の帝国の政治に対し、疑念を持ち始めていた。


 ここ最近まで、政になど興味すらなかったのに、らしくもない。

 だが、この腕章を巻いてからというもの、自らが果たすべき責任の範囲が、国防の外まで広がった気がしてならないのである。


 未熟だった精神に、突然甲斐性が身に付いたせいで、自分が自分に思えない。

 まだ俺にとってのクリード・ミラーは、お姉さんの尻をひたすらに追いかける、ガキでしかなかった。


 結局考えが纏まらないまま、自らの成長痛に悩む時間は終わった。

 油断していると、帝国最強の剣士の動きに着いていけなくなってしまう。

 苦痛に揺れる黒竜の背を蹴った、ブライスの動きに。


 この特異魔法が、此方の命に干渉するもので無いと分かった以上、敵軍の中心であるアイディーを殺すという目的に、立ち戻るだけ。

 そんなブライスの意向に、異論は無い。

 異論は無いのだが、それをさせないための最終兵器が、我々の足元で忌まわしくうねる植物の波だということも、分かっていた。


 俺は漠然とした不安を抱きながらも、ブライスを受け止めるため、光の足場を作成。

 念じた通り完成した球体は、革靴に踏まれるという羨ましい役割を終えるより前に、飛来した小さな物体によって貫かれ、砕けて消えた。


 高速の飛び道具という、戦闘において一、二番目に厄介な力の行き先を、目で追っていく。

 空気抵抗に屈さずに飛び、直線上の大木に着弾、やっと足を止めたそれの正体を知った俺は、驚愕した。


「アレは…鱗!」


 なんと、幹で光っていたのは、真っ黒な竜の鱗。

 命を燃料にする事を命じられた黒竜は、身を守るための鎧さえも解き放ち、武器としていたのだ。

 自らのタイムリミットを自覚してしまえば、防具など必要ないという事か。


「生を奪われても尚、飼い主のめいを果たさんとするか…!」


 足場を失ったブライスは、忠犬のような黒竜の働きに眉を顰めてはいたが、同時に何処か、感心している。

 倫理に反した魔法によって手に入れた能力だとは分かっていても、その身を犠牲にして主人の助けになろうとする姿勢までをも、完全な悪とする事はできなかったのだろう。

 悪とするならば、やはり力の存在そのものであるべきだという考えは、俺と一致していた。


 そうやって、半分肯定するような立場を取ったからといって、攻撃が止んでくれる訳ではない。

 残弾は、竜の巨体を覆った鱗の全てだ。


 地面に落下したブライスは、受け身を取って衝撃を分散させ、それでも消え切らない痛みは、奥歯で噛み殺す。

 即刻大地を蹴って突進を試みるも、その脹脛と頰を、黒い弾丸が掠めた。


「そう簡単に通れるとでも!?」


「全く、厄介極まりない」


 血を流しながら顔の皺を増やしたブライスに対し、ピアスを揺らしたアイディーの、犬歯がキラリ。

 表情だけで見れば対照的。

 だが、向こうも同じか、それ以上の苦痛に見舞われているはずだ。


 魔剣を使ったジェイクと同様、汗の下で膨らんだ血管は浮き彫りになっており、人間と呼べる範疇から外れるのも、時間の問題。

 心臓のストックがあるとはいえ、そう遠くない内に限界は来る。


 どうやら、いつの間にか攻守はひっくり返っていた。

 翼竜を市街地に向かわせないために、積極性を必要としていた俺たちは今、時間稼ぎが最優先事項となったのだ。


 特異魔法の反動でアイディーが息絶えるまで、黒竜の攻撃から逃げ続けることができれば、帝国の勝利。

 戦いの終わり方が決まったなら、そこに至るまでを逆算するだけでいい。


「耐えるのは、盾の本分さ」


 自らに言い聞かせ、気合いを入れる。

 光の盾が鱗に貫通され、戦闘に介入する方法を見失っていたが、砲台に狙われ続けるブライスを守れるのは、俺だけ。


 愛する人を、最後まで守り通さねば。

 未完の技術を、駆使してでも。


「いい加減あの世に送ってやるよ、クソババア!」


「ギャオオオ!」


 いよいよアイディーの指示が下り、黒竜の全門が解放。

 試すように一発ずつ放っていた先程までとは違い、魚群のような弾幕が、軍服へと襲いかかる。

 肉食動物に追われる兎の如く、ビュンと駆け出したブライスの足跡が、次の瞬間には黒い鱗で埋め尽くされていた。


 森へと逃げ込んだブライス。

 逃すまいと、鱗の弾幕が木々を撃ち倒す。

 僅かでも姿を視認されれば、後は追い込み漁の要領で、再び開けた場所へと誘導されてしまった。


 弾数が山程ある以上、その殆どをブライスの足に回避して貰わなければならない。

 鍛え上げられた彼女の大腿四頭筋は、ここまでのブラック労働にも文句一つ言わないのだから、涙ぐましいではないか。

 実際のところは、揉み消されているだけだろうが。


「おい、何百発外せば気が済むんだ!?」


 中々直撃に至らないことに苛立ったアイディーが唾を飛ばすと、散弾のように鱗がばら撒かれる。

 範囲の広さに堪らずジャンプしたブライスは、空中に用意してあった光の階段を蹴って、蹴って、追撃してきた鱗まで華麗に回避して見せた。


「チッ、逃げ足だけは二十歳並だな…けれど、消費されているのは弾数だけではない」


 余裕の笑みのアイディーが言うように、逃げる此方側にも擦り減らしているものがある。

 ブライスの脚だ。


 筋肉は度重なる瞬発に疲労し、やがて壊れる。

 今ですら、鞭打って言う事を聞かせている状態だ。


 呼吸器だって、酷使を訴え出している。

 少しの休憩を見つけては、肩で息をしているブライスの肺を、木の裏で息を潜める俺のものと、交換してやりたい。

 こんな事なら、彼女にも禁煙を強要しておくべきだった。


「丁度、ダイエットでもしようかと思っていた所だ。良い運動になる」


 ブライスは強がっているが、切り裂かれた軍服に開いた穴から覗く肉体は、彫刻のように完全無欠であり、痩せる必要性など見受けられない。

 それでもこの全力疾走を、筋繊維がボロボロになるまで繰り返させるほかない。


「ギャオオ!」


 吠えた黒竜は、魔法の蔓の影響で更に長く伸びた爪を、横に薙ぐ。

 ブライスが地面に伏せてそれを躱せば、幼児の餌食となったジオラマの如く、背後の木々が吹き飛ばされ、その内の一本は、俺が隠れている倒木の真横に突き刺さった。


「運が良いのか悪いのか…!」


 日常ではその場から一ミリも動かない物が、目と鼻の先に降ってきた驚きに俺は目を丸くしてしまったが、固まっている暇はない。

 空中で逃げ場の無いブライスを狙った、鱗の連射に対抗するため、俺も剣へと魔力を込めた。


 宙に居るにも拘らず、ブライスは細剣を振り回し、数発の鱗を弾き返す。

 ただ一発、僅かに遅れてやってきた鱗だけが、意識の外だった。


 そんな不意の一撃に対し、俺は先程貫かれた物よりも、一回り小さな盾を用意した。

 サイズを縮小することで、硬度を上げたのだ。

 座標の調整の難度は高まるが、それも上手くいっている。

 俺は身を駆け巡る成功体験の快感に、ぎゅっと拳を握った。


 しかし、僅かな抵抗の後、盾は鱗に貫通された。

 握り拳は、間抜けに解けた。


 ブライスが咄嗟に身を捩ったため心臓からは逸れたが、代わりに左肩が撃ち抜かれる。

 肉を突き抜けた鱗を追いかけるように、鮮血。


「ぐあああッ!」


「ブライス!」


 計算が狂った事、何よりブライスに大怪我を負わせてしまった焦りに、隠れていたことなど忘れて、叫んだ。

 左肩を抑えたブライスが地面に落下し転がるのを見て、悦に入ったアイディーだったが、此方に気づけば、ジロリ。


「弱虫野郎、そんな所に居たのかよ…。女が血を流してるってのに、薄情な奴だぜ!」


「笑止」


 俺は、返す言葉もなかった。

 だが、休みもせずに立ち上がり、肩の出血を手の平で握り潰したブライスが、間髪入れずに返す。


 言霊という奴だろうか。

 ほんの数秒だけだったが、誰も口を開けない無の時間が、この場に生まれていた。

 黙らされたアイディー。

 ようやくその口が動き出すと、滝の様に暴言が流れ出す。


「あァ?何が違うんだよ。女一人に戦わせて、自分は隠れているだけの、フニャチン野郎だろうが!」


「分からないか…アレは帝国の希望だ。アレが居たから帝国は集団として機能し、今も勝利を追っているのだ。私の命程度の犠牲で、国の希望を守れるのならば、安い話ではないか」


「…ああ、そうかよ」


 アイディーは呆れて、気怠げに。

 話は終わりだという飼い主の意思表示を、言わずとも理解した利口な竜は、ブライスへ狙いを定める。


 今や両の手足以外の鱗は失われ、赤い肉質ばかりが目立ち、黒竜と呼ぶには相応しく無い惨めな姿だ。

 だがそれでも、弱ったブライスと俺に止めを刺すには十分。

 残りの鱗が完全に禿げるまでには、戦いは終わるだろう。


 さあ、勝利の為には何が要る。

 俺にできることは、何がある。


 ブライスは、俺の事を希望だと言った。

 ならば、俺だけは希望を捨ててはならない。

 あの人の期待を裏切るような男には、なりたくない。


 こういった時、ジェイクであれば腹を括る。

 今までの俺のように限界を見極めるのではなく、人生最高の力を発揮し、限界を超えようとするはずだ。

 帝国の矛の魂が、胸に宿っていた。


「ブライス、大丈夫だ。君は絶対に俺が守る」


 自信を口元に潜めた俺。

 珍しく強気な言葉は、虚だったブライスの灰の瞳に、輝きを蘇らせた。


 この劇場が幕を閉じれば、主演男優賞は俺のもの。

 後は、歴史上最大のはったりを、実現させるだけである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ