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異世界捜索  作者: ンゴ
第八章
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第60話 戦場に降る流星

 帝国騎士団副団長、クリード・ミラー。

 箔が付いたものだが、俺には優秀な部下たちとは違い、魔法、剣においても、才能が無い。

 所謂、凡人というやつだ。


 そのため、前線にしゃしゃり出るのは不向きであり、敵軍を掻き分けて目的地へと辿り着けるかどうかも怪しい。

 最高の騎士と名高いブライスでさえ、生き残れるかは分からない。

 ただ一つの命を懸命に燃やす俺たちにとって、戦争とはそういうものだ。


「副団長、何でこんな所でサボってるんですか!さっさと下がって仕事をして下さい!」


「いやいや、コレも仕事でね…」


 前線に一歩踏み込んだだけで、勘違いした顔見知りに叱られてしまう始末だ。

 これまでの行いのせいで、威厳も何もあったものではない。


 最短の道を選ぶために敵軍の密度を窺っていた俺は、口だけを動かして弁明しようとした。

 しかし、部下の死角から血塗れのナイフが迫ってくるのが視界の端に映り、どうでもいい会話は後回し。

 忍び寄る刃と、光の壁が衝突、硬い音。

 部下は、ギョッとして後ずさる。


「うおっ!?」


「あら、あらあらあら!随分イケメンじゃない!?なよい感じも好みだわぁ」


 言葉遣いに反し、野太い声。

 生物学的には、男。

 タトゥー塗れの肉体を晒すためか、上半身に何も身に着けていないあたり、命知らずの阿呆だ。


 彼は、俺の顔から足先までを見定めると、怪しく舌舐めずり。

 気持ちが悪いったらありゃしない。


「悪いけど、愛する人がいるんだ」


「良いの…愛は奪い取るものよ!」


 好意を拒絶しても、男はめげない。

 それどころか、更に興奮し長い舌でナイフを舐めると、跨った熊の魔獣のケツを叩いた。


 向かい来る彼の姿は、透明に。

 熊の上でナイフとズボンが浮いている様が、シュール。

 転移者の力は、バラエティ豊かである。


 俺は凡人だ。

 彼のように、特異魔法が使える訳でもない。

 代わりに、要領が良い。

 才能のない者が、魔法と剣の二兎を追っても生産性がないと、若い頃から悟った俺は、魔法の鍛錬の一切を捨て、凡人の剣を磨いた。


 実際に役に立つのは、初めてのこと。

 あれだけの時間を捧げてきたというのに、披露する瞬間は呆気ないものだ。


「乙女に戦場はお勧めしないね。…怪我をするよ」


「あら、紳士じゃない。けれど、肉食系だったのは意外だわ…!」


 男は、ナイフを握ったまま硬直。

 やがて、噴き出した出血の量に耐え切れず、白目を剥いて崩れ落ちた。


 至近距離での交戦だったが、痛手を負わされずに済んだ。

 キロの命を奪おうとした際とは異なり、体が拒否反応を起こすようなことも無い。


 勿論、直接手を下したのは初めて。

 とはいえ、自らの指示に従い命を奪う仲間の業を、共に背負う意識は元々あったため、日々の仕事と変わりはない。

 今は、帝国の盾としてこの危機的状況を打破するという、絶対的な目標に集中していた。


「助かりました、副団長。しかし、あなたが剣を振るところを見れるとは」


「君たちが優秀過ぎて、一生使い所がないかと思っていたよ。…先を急ぐ。後衛に敵が向かわないよう、上手くやって」


「はっ」


 往く道を決めた俺は、ぐっと手綱を引いた。

 馬が応え、嘶く。


 走り出しは、其処彼処にスペースが存在していたため、問題はなかった。

 けれども、奥へと進む程に、敵兵の割合が増える。

 俺の実力では、複数人の相手を同時には行えないため、馬を走らせる角度は慎重に決断しなければ。

 

 交戦する方が効率的だと判れば、敵兵を躊躇なく斬り倒し、生死を確認せずに前へ。

 四人目を斬った瞬間、生温い返り血に頰が汚れたのは分かっていたが、俺は敢えて、それを拭わなかった。


 そうやって、蹄の跳ねる小気味良い音を暫く鳴らしていると、敵の前線の最後尾辺りで、蟻地獄のように一点に群がる、人間と魔獣の渦を発見した。


 その中心で、幾度も跳ねる青い光。

 信じてはいたが、それでも、安堵が僅かに溢れてしまう。

 やはりブライスは、生きてくれていた。


 だがしかし、後押ししようと進軍する騎士たちは、立ちはだかる魔獣の壁の突破に苦しんでおり、未だにブライスは単身。

 膠着状態から脱却し、勝負を仕掛けるためには、敵兵の海から彼女をサルベージする必要がある。

 こんな場違いな所までやってきたのは、それが理由だった。


「飛べ、ブライス!」


 喧騒の中、遠くで蒼く輝く、一番星の名を叫ぶ。

 俺の我武者羅な声を、地獄耳で拾い上げたブライスは、迷いなく敵兵の頭を蹴り、大空を目指した。

 光は勢い良く垂直に飛び上がり、そして減速。

 重力と空気の抵抗を受け、遂に落下しかけた彼女の足場となったのは、球体の光だ。


「丁度、雑魚の相手に飽きていた」


「そりゃあ良かった」


 ブライスが口元を歪めたのが見えた俺は、相槌を打つ。

 そう、間にある長い距離など、何の障害にもならない。

 互いの意図、気分さえも、鮮明に伝わっていた。


 上へ上へと急ぐせっかちなブライスの、最高到達地点を予想して、光の盾を形成。

 そんな共同作業を数回繰り返せば、黒い翼竜の足元に、打ち上げ花火が辿り着く。

 すぐ側に危険が差し迫っていることなど、予想だにしていない竜とその飼い主は、放った炎が騎士を脅かす様を見下ろし、愉悦に浸っていた。


「ハッ、蜘蛛の子がまた数匹潰れたぜ!」


「ギャア!」


「ああ、偉いぞ。帰ったら、きっと最高の夜が待ってる。賢者様だって褒めてくれる!…何か、騒がしいですね。おやつなら後に…」


 危機を察知した周囲の翼竜が、黒竜の頰を撫でているアイディーへ、吠える。

 彼女は何かを感じてはいたが、先にブライスが、最後の一段を蹴っていた。


 緊張感を取り戻したアイディーの目の前に、青い流星が一筋。

 その眩しさにたじろいだ彼女は、飛来した何かの正体に気がついた。


「…どうやって此処まで飛んできやがった、クソババア!」


「此処は戦場…安全圏など、無い!」


 慢心を咎めたブライスは、首元へとまっしぐら。

 風を切った刃が正義を執行する、その筈だった。


 しかし、息を呑んだアイディーまで、僅か馬一頭分の距離に至ったブライスの身体が、物凄い速度の影によって、連れ去られる。

 何と、低い場所を漂っていた赤い翼竜の内の一匹が、ブライスの横っ腹目掛けて、突進してきたのだ。


 ブライスを鼻先で捉えた翼竜は、斜め上へと飛び上がり、アイディーから遠ざけていってしまう。

 剣を口に咥え、翼竜の鱗にしがみ付くことで、どうにか落下を免れていたが、風に靡く体は今にも吹き飛ばされそうだ。


「…は、ハハ、ざまあみろ!年増がイキんなってんだ!」


 焦らされたのが余程気に食わなかったのか、アイディーはこれでもかと暴言を撒き散らす。

 尊敬する上司が罵られるのは耳が痛くもあったが、確かにそろそろ俺たちも、若者とは言えない年齢になってきたのかも知れない。


「…鞭打ちになんてならないでくれよ」


 密集地帯から離れた場所で、俺は苦笑い。

 その手の中で魔力を注ぎ込まれた細剣から、緑色の光が溢れ出したと同時に、全速力で移動中だったブライスと翼竜が、衝撃に見舞われる。

 進行方向に突然現れた光の盾を、躱し切ることができなかったのだ。


 その際発生した軽くはない負荷を、難なく往なしたブライス。

 三秒後には、竜の頭上で体勢を整え、剣を逆手に握っていた。


「ご主人様の元へ、帰して貰おうか」


「ギャオオオ!」


 眼球に剣を突き刺された翼竜が、悲鳴を上げる。


 視界の半分を失ったことに混乱し、空中で暴れ回った竜は、ブライスに操縦桿を任せてしまった。

 旋回してアイディーの方へと振り返ると、大気に身を任せ、高速で滑空する。


 黒い竜も身を躱しはしたものの、直撃を回避するのが精一杯。

 大きく広げた翼膜だけは、剣の領域、半径一メートル七十五センチから、抜け出すことができなかった。

 交錯の直前、墓標の如く深々刺さった細剣が、強引に引き抜かれる。

 赤い血液を纏った青い刃は、次の獲物とした黒竜の翼を、切り裂いた。


「墜ちて来い、外道」


 そう言い残したブライスと、顔を歪めたアイディー。

 二人は刹那の間睨み合い、そして、離れ離れになる。

 時間が許せばアイディーも言い返したのだろうが、今回は言い逃げが成立してしまった。


 付近の森へと移動していた俺の側に、ブライスを乗せた翼竜が墜落し、砂埃を巻き上げる。

 見ている限り、大怪我は避けられない大惨事。

 しかし、煙が晴れてみれば、地に伏せた竜の頭を美人が踏ん付けており、靡く金髪は堂々掲げられた旗の様。


 竜の鱗の隙間に剣を刺し、それを手すりにしたようだが、常識を遥かに超える運動神経があってこそ。

 俺なら、握力が足りずに落下死だ。


 翼膜を裂かれ、高度を維持できなくなった黒竜も、後を追ってきた。

 アイディーは、神に最後の祈りを。

 竜は牙を剥き出しにして、此方を威圧する。


 冷ややかな風が吹き荒ぶ、国境付近の森林地帯。

 両軍が鬩ぎ合っている場からちょっぴり離れたこの場所で、大将同士の決闘が始まろうとしていた。

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