第60話 戦場に降る流星
帝国騎士団副団長、クリード・ミラー。
箔が付いたものだが、俺には優秀な部下たちとは違い、魔法、剣においても、才能が無い。
所謂、凡人というやつだ。
そのため、前線にしゃしゃり出るのは不向きであり、敵軍を掻き分けて目的地へと辿り着けるかどうかも怪しい。
最高の騎士と名高いブライスでさえ、生き残れるかは分からない。
ただ一つの命を懸命に燃やす俺たちにとって、戦争とはそういうものだ。
「副団長、何でこんな所でサボってるんですか!さっさと下がって仕事をして下さい!」
「いやいや、コレも仕事でね…」
前線に一歩踏み込んだだけで、勘違いした顔見知りに叱られてしまう始末だ。
これまでの行いのせいで、威厳も何もあったものではない。
最短の道を選ぶために敵軍の密度を窺っていた俺は、口だけを動かして弁明しようとした。
しかし、部下の死角から血塗れのナイフが迫ってくるのが視界の端に映り、どうでもいい会話は後回し。
忍び寄る刃と、光の壁が衝突、硬い音。
部下は、ギョッとして後ずさる。
「うおっ!?」
「あら、あらあらあら!随分イケメンじゃない!?なよい感じも好みだわぁ」
言葉遣いに反し、野太い声。
生物学的には、男。
タトゥー塗れの肉体を晒すためか、上半身に何も身に着けていないあたり、命知らずの阿呆だ。
彼は、俺の顔から足先までを見定めると、怪しく舌舐めずり。
気持ちが悪いったらありゃしない。
「悪いけど、愛する人がいるんだ」
「良いの…愛は奪い取るものよ!」
好意を拒絶しても、男はめげない。
それどころか、更に興奮し長い舌でナイフを舐めると、跨った熊の魔獣のケツを叩いた。
向かい来る彼の姿は、透明に。
熊の上でナイフとズボンが浮いている様が、シュール。
転移者の力は、バラエティ豊かである。
俺は凡人だ。
彼のように、特異魔法が使える訳でもない。
代わりに、要領が良い。
才能のない者が、魔法と剣の二兎を追っても生産性がないと、若い頃から悟った俺は、魔法の鍛錬の一切を捨て、凡人の剣を磨いた。
実際に役に立つのは、初めてのこと。
あれだけの時間を捧げてきたというのに、披露する瞬間は呆気ないものだ。
「乙女に戦場はお勧めしないね。…怪我をするよ」
「あら、紳士じゃない。けれど、肉食系だったのは意外だわ…!」
男は、ナイフを握ったまま硬直。
やがて、噴き出した出血の量に耐え切れず、白目を剥いて崩れ落ちた。
至近距離での交戦だったが、痛手を負わされずに済んだ。
キロの命を奪おうとした際とは異なり、体が拒否反応を起こすようなことも無い。
勿論、直接手を下したのは初めて。
とはいえ、自らの指示に従い命を奪う仲間の業を、共に背負う意識は元々あったため、日々の仕事と変わりはない。
今は、帝国の盾としてこの危機的状況を打破するという、絶対的な目標に集中していた。
「助かりました、副団長。しかし、あなたが剣を振るところを見れるとは」
「君たちが優秀過ぎて、一生使い所がないかと思っていたよ。…先を急ぐ。後衛に敵が向かわないよう、上手くやって」
「はっ」
往く道を決めた俺は、ぐっと手綱を引いた。
馬が応え、嘶く。
走り出しは、其処彼処にスペースが存在していたため、問題はなかった。
けれども、奥へと進む程に、敵兵の割合が増える。
俺の実力では、複数人の相手を同時には行えないため、馬を走らせる角度は慎重に決断しなければ。
交戦する方が効率的だと判れば、敵兵を躊躇なく斬り倒し、生死を確認せずに前へ。
四人目を斬った瞬間、生温い返り血に頰が汚れたのは分かっていたが、俺は敢えて、それを拭わなかった。
そうやって、蹄の跳ねる小気味良い音を暫く鳴らしていると、敵の前線の最後尾辺りで、蟻地獄のように一点に群がる、人間と魔獣の渦を発見した。
その中心で、幾度も跳ねる青い光。
信じてはいたが、それでも、安堵が僅かに溢れてしまう。
やはりブライスは、生きてくれていた。
だがしかし、後押ししようと進軍する騎士たちは、立ちはだかる魔獣の壁の突破に苦しんでおり、未だにブライスは単身。
膠着状態から脱却し、勝負を仕掛けるためには、敵兵の海から彼女をサルベージする必要がある。
こんな場違いな所までやってきたのは、それが理由だった。
「飛べ、ブライス!」
喧騒の中、遠くで蒼く輝く、一番星の名を叫ぶ。
俺の我武者羅な声を、地獄耳で拾い上げたブライスは、迷いなく敵兵の頭を蹴り、大空を目指した。
光は勢い良く垂直に飛び上がり、そして減速。
重力と空気の抵抗を受け、遂に落下しかけた彼女の足場となったのは、球体の光だ。
「丁度、雑魚の相手に飽きていた」
「そりゃあ良かった」
ブライスが口元を歪めたのが見えた俺は、相槌を打つ。
そう、間にある長い距離など、何の障害にもならない。
互いの意図、気分さえも、鮮明に伝わっていた。
上へ上へと急ぐせっかちなブライスの、最高到達地点を予想して、光の盾を形成。
そんな共同作業を数回繰り返せば、黒い翼竜の足元に、打ち上げ花火が辿り着く。
すぐ側に危険が差し迫っていることなど、予想だにしていない竜とその飼い主は、放った炎が騎士を脅かす様を見下ろし、愉悦に浸っていた。
「ハッ、蜘蛛の子がまた数匹潰れたぜ!」
「ギャア!」
「ああ、偉いぞ。帰ったら、きっと最高の夜が待ってる。賢者様だって褒めてくれる!…何か、騒がしいですね。おやつなら後に…」
危機を察知した周囲の翼竜が、黒竜の頰を撫でているアイディーへ、吠える。
彼女は何かを感じてはいたが、先にブライスが、最後の一段を蹴っていた。
緊張感を取り戻したアイディーの目の前に、青い流星が一筋。
その眩しさにたじろいだ彼女は、飛来した何かの正体に気がついた。
「…どうやって此処まで飛んできやがった、クソババア!」
「此処は戦場…安全圏など、無い!」
慢心を咎めたブライスは、首元へとまっしぐら。
風を切った刃が正義を執行する、その筈だった。
しかし、息を呑んだアイディーまで、僅か馬一頭分の距離に至ったブライスの身体が、物凄い速度の影によって、連れ去られる。
何と、低い場所を漂っていた赤い翼竜の内の一匹が、ブライスの横っ腹目掛けて、突進してきたのだ。
ブライスを鼻先で捉えた翼竜は、斜め上へと飛び上がり、アイディーから遠ざけていってしまう。
剣を口に咥え、翼竜の鱗にしがみ付くことで、どうにか落下を免れていたが、風に靡く体は今にも吹き飛ばされそうだ。
「…は、ハハ、ざまあみろ!年増がイキんなってんだ!」
焦らされたのが余程気に食わなかったのか、アイディーはこれでもかと暴言を撒き散らす。
尊敬する上司が罵られるのは耳が痛くもあったが、確かにそろそろ俺たちも、若者とは言えない年齢になってきたのかも知れない。
「…鞭打ちになんてならないでくれよ」
密集地帯から離れた場所で、俺は苦笑い。
その手の中で魔力を注ぎ込まれた細剣から、緑色の光が溢れ出したと同時に、全速力で移動中だったブライスと翼竜が、衝撃に見舞われる。
進行方向に突然現れた光の盾を、躱し切ることができなかったのだ。
その際発生した軽くはない負荷を、難なく往なしたブライス。
三秒後には、竜の頭上で体勢を整え、剣を逆手に握っていた。
「ご主人様の元へ、帰して貰おうか」
「ギャオオオ!」
眼球に剣を突き刺された翼竜が、悲鳴を上げる。
視界の半分を失ったことに混乱し、空中で暴れ回った竜は、ブライスに操縦桿を任せてしまった。
旋回してアイディーの方へと振り返ると、大気に身を任せ、高速で滑空する。
黒い竜も身を躱しはしたものの、直撃を回避するのが精一杯。
大きく広げた翼膜だけは、剣の領域、半径一メートル七十五センチから、抜け出すことができなかった。
交錯の直前、墓標の如く深々刺さった細剣が、強引に引き抜かれる。
赤い血液を纏った青い刃は、次の獲物とした黒竜の翼を、切り裂いた。
「墜ちて来い、外道」
そう言い残したブライスと、顔を歪めたアイディー。
二人は刹那の間睨み合い、そして、離れ離れになる。
時間が許せばアイディーも言い返したのだろうが、今回は言い逃げが成立してしまった。
付近の森へと移動していた俺の側に、ブライスを乗せた翼竜が墜落し、砂埃を巻き上げる。
見ている限り、大怪我は避けられない大惨事。
しかし、煙が晴れてみれば、地に伏せた竜の頭を美人が踏ん付けており、靡く金髪は堂々掲げられた旗の様。
竜の鱗の隙間に剣を刺し、それを手すりにしたようだが、常識を遥かに超える運動神経があってこそ。
俺なら、握力が足りずに落下死だ。
翼膜を裂かれ、高度を維持できなくなった黒竜も、後を追ってきた。
アイディーは、神に最後の祈りを。
竜は牙を剥き出しにして、此方を威圧する。
冷ややかな風が吹き荒ぶ、国境付近の森林地帯。
両軍が鬩ぎ合っている場からちょっぴり離れたこの場所で、大将同士の決闘が始まろうとしていた。




