第6話 歪み
触れる細菌を滅してしまうくらいに、清い白。
大地を見下ろす背高のっぽな塔は、そんな、目が眩むような色に壁面を染め上げられていた。
此処はメドエストの裏手。
関係者用出入口。
俺たち一行は、大陸の医療についての情報を集めるために、ルークの案内の元、やってきた。
「大陸最大の医療施設として有名です。勿論、楽しい場所ではない」
神妙な面持ちのルークがそう言った意味は、すぐに分かった。
平和で朗らかな町とは打って変わって、施設内には緊張感が漂っていたのだ。
いや、飽和していた、と言ってもいい。
どっちを見ても、白いローブを着た大人たちが、忙しなく働いている。
職員は、殆どが回復魔法使いというわけだ。
「目を!俺の目を何処へやった!」
廊下に、戦慄が走る。
というのは俺の思い違いで、実際に驚いていたのは、俺とリリィだけだった。
俺たちだけが幻覚でも見ているかのように、皆慣れっこで、無反応だった。
苦痛に塗れた叫びは、運ばれてきた寝台から。
両目を包帯で塞いだ、細身の男によるものだ。
赤いローブはボロボロになっており、何がどうしてこんな有様になってしまったのか、想像も付かない。
その上幻覚に見舞われていた彼は、面識のない俺たちに向かって、手を伸ばしていた。
「俺が悪かった!頼むから、妻と娘に会わせてくれ!」
涎も鼻水も垂れ流し。
身に覚えのない謝罪と、懇願。
一回りも二回りも上の、大の大人の醜い姿が、どうにも恐ろしくて、俺の体は硬直してしまっていた。
こうなると、時間の進みがぐったりと遅くなり、待っても待っても、寝台は過ぎ去ってくれない。
嫌な感覚は暫く続いたが、後ろからトンと肩を叩かれたおかげで、やっと、解放された。
俺の目を覚ましてくれたのは、ルークの冷たい手だった。
「此処の一階は、重症の患者を扱っているんです。書庫は二階ですよ」
説明するルークの声は、至って冷静。
見慣れたもの、という感じだ。
そうはいかない俺たちは動揺しながらも、書庫のある二階へと歩を進め、患者の叫びから逃げ仰せた。
◇
「おお、凄え…!」
俺のお口のチャックが壊れて、そこから感嘆の声が漏れてしまうくらい、書庫は立派なものだった。
回復魔法の魔術書から、魔法医学、なんていう興味深い学問の論文など、この大陸の医療に関する文献が壁全面にずらり。
インターネットのないこの世界で、情報の海は此処にあった。
お堅い書物特有の色味の無さに、今だけは、心が躍る。
溜まった埃も、雰囲気が出て良いではないか。
「これなら、薬の件くらいは解決しちゃうんじゃない?」
ふらふらとぶらついて、適当な事を言うリリィの様に、楽観的になるつもりはないが、それでも、事の進展を期待せずにはいられない。
俺は、棚の左上に置かれた本を早速手に取った。
薬関係の文献を、片っ端から読んでみよう。
そうと決まれば、時間との勝負だ。
「少し用事があるので、私は席を外します。夕方、迎えに来ますね」
「ありがとう」
ページとページの間の暗闇に、どっぷりのめり込んで、生返事。
これを最後に、迎えが来るまでの数時間、俺は声一つ発さず、瞬きの回数を極力減らし、それらしい文献を全速力で読み漁った。
紙とインクの匂いの中、リリィは暇そうに欠伸をしていたが、それでも、近過ぎず遠くもない距離に、ずっと居て。
俺が一人になることは、最後まで無かった。
◇
リリィの要求により、晩飯も昼と同じ酒場。
出てきた料理自体に変化は無かったが、昼間の幸福度が高い食事とは打って変わって、味も食感も淡白だ。
「ダメだったかあ」
落胆して机に突っ伏した俺を見てリリィが嘆き、ルークに至っては縮こまってしまっている。
断じて彼のせいではないのだが、気を使ってやるような余力もなかった。
文献によると。
グランシア大陸では遠い昔、先天性の症状や治療できない難病を、『神の傷』と名付けた。
以降、治療を目指した研究は各地で行われていたが、何処も結果は出ず。
そして、八年前だ。
魔法の国ルーライト、戦士の国アシュガルド間で、戦争が勃発。
過激化した際、ルーライトの援助に予算を回した事をきっかけに、生産性の乏しかった神の傷研究は、鈍化。
形式的な研究機関は存在するものの、事実上、断念となった。
なれば、神の傷すら治療する薬なんて、俺の居た世界における魔法みたいなもので、万能の薬、らしき情報には掠りもしない。
そんな現実だけが、分かった。
「…やっぱ無いのか?万能の薬なんて、都合の良い物…」
「そんなにガッカリしないでよ。まだ、この世界に来たばっかりじゃない。あんたのおじいちゃんが、もう見つけてるかも知れないし」
希望を失った俺が余りにも無残だったか。
普段はいじめっ子気質の強いリリィですら同情し、慰めてくれている。
だから、何だというのだ。
手がかりくらいは手に入るかという、あのちょっとした期待感すら、今はもう。
じいちゃん、俺は一体、どうすれば。
うじうじした俺の頭からは、きっと、茸でも生えてきそうだったろう。
だが、そのために必要な湿気も菌も、耳が痛くなる程の大声によって、吹き飛ばされた。
「坊主!そこの嬢ちゃんにフラれでもしたか!」
弱った俺の不細工を面白がって絡んできたのは、酔っ払って頬を染めた、大男。
許可なく肩を組まれると、その体躯に見合ったサイズの、ギラギラ銀ピカのネックレスが、顔に当たって痛い。
何故、こんな目に合わなければならない。
疲労した心を虐めてくる理不尽に、自問、自問、自問。
そうやって、胸の中で怒りと悲壮感が混ざり合った結果、俺も怒鳴ってストレスを発散するという、短絡的な結論に行き着いた。
勢い付けるために、椅子を足蹴にしてやった。
「…誰が、誰がこんな暴力女と!適当言ってると、その無駄にデカい腕と足、根刮ぎもぎ取るぞ!」
「そんなことされたら、賢者様に治してもらうしかねえな!」
「…賢者様?なんだそれ」
「あ?メドカルテじゃ、噂にもなってないのか!こりゃあ、分からん冗談を言っちまったな。アシュガルドでは有名なんだ。伝説の賢者、ってのがよ」
俺が首を傾げると、失態を犯したスキンヘッドが、ぺチンと叩かれた。
が、依然、何もかも不明なままである。
俺が会話のキャッチボールの順番を放棄すると、大男はじっくり眼を瞑って。
懐古、語り出す。
「五年前、アシュガルドで魔獣の集団暴走が起こったんだ。普段は現れないような魔獣も出現したせいで、俺達は為す術もなかった。そこにやってきた、転移者二人組。なんとこいつ等が、群れのボスを倒してしまった…らしい」
「らしい?現場は見てないのか?」
「その場に居た部隊は大体、気絶してるか、くたばっちまってたからな。でも、現場を見ていた男が、一人だけ居た。まあそいつも、戦いの恐怖で頭がおかしくなっちまってたらしいから、どこまで話を信用していいかは分らんが…。でだ。その転移者の片方は、真っ黒な魔法を操って、戦士が失った手足を治しちまった。痕跡一つない、完璧な状態に」
口にした本人である大男でさえも、少なからずの疑念を眉に乗せている。
それが伝聞でなかったとしても、こんな御伽話のような力を、疑わずにはいられないだろう。
一般的な回復魔法や薬では、回復を幾分か加速できても、細胞そのものを生み出す事は不可能。
だから、四肢の断裂のような症状は、まず良化しない。
魔法が文化に刻まれたこの世界であろうと、治療できる限界がある。
そのはずだ。
「神の傷すら治す魔法、か…」
「ここで終われば英雄譚なんだが…救世主の様に見えた転移者は、豹変した。魔法によって生み出した、禍々しい鬼を操って、治療したばかりの戦士を、バラバラにしちまった。このイカレた老人が畏怖の対象に、遂には、伝説の賢者とまで呼ばれるようになったってわけよ」
そこまで話すと、大男は急にギロリと目を見開き、顔をヌッと近づけてくる。
鼻先まで迫った瞳の奥を過る、攻撃的な感情。
体格に依存したものではない、何か別の迫力に、テーブル一帯が肌寒くなった。
「転移者ってのは、危険でならねえ。いっそ、この大陸から駆逐するべきだ。そうは思わねえか?坊主」
転移者を相手に会話しているとは露知らず、大男が物騒な事を言う。
冗談本意で偏った思想をひけらかしている、といった感じではない。
皆を黙らせてしまっているくらいに、彼は本気だ。
じいちゃんに憧れた俺は、正しさを信条に生きている。
だから、この許されざる考えと、正面から戦ってやったって、良いのだが。
男から噴き出した圧に怯んだリリィの呼吸が、詰まってしまっているのに気づいた手前、それを放置しておく訳にもいかない。
「…酒臭えんだよ」
「…ガハハ、すまんすまん!」
問いに答えずにはぐらかすと、大男はアルコールの心地良さに再び身を投げ、カバの様に大口を開けて笑った。
それと同時に、張り詰めていた緊張の糸も、プツンと切れて。
表情を強張らせていたリリィが、ホッと胸を撫で下ろす。
若者が自分の話に興味津々な様子が、余程気持ち良かったのか、大男は、俺たちの分の会計も払って帰った。
千鳥足を見送ってから、どすんと乱暴に頬杖を突いた俺は、嘆く。
「トンデモ接着剤野郎が、実在するとは思えないが…他に情報が無い以上、行ってみるしかないか」
「やることが決まっただけ、良しとするしかないわね」
「伝説の賢者か、いよいよファンタジーだな」
肩をぐっと伸ばしながら、片目で視線を寄越したリリィ。
彼女のポジティブシンキングに、俺も渋々、同意する。
希望が無くなった訳ではないと、まだ当てはあるのだと、今は自らに言い聞かせるべきだ。
五年前に突如起こった、魔獣の集団暴走を鎮めたと言われる、伝説の賢者。
回復魔法を使い、欠損した四肢を治療した噂が真実であるならば、最先端の魔法医学よりも、先を行っている可能性は否めない。
「賢者様は居ますよ」
ルークも、俺を元気付けようと同調してくれている。
これが、友人からの気遣い。
こんな些細な事でさえ、俺にとっては高級なプレゼントだ。
機嫌さえ持ち直してしまえば、グラスも皿もすっからかんになったテーブルに、思い残すことは無い。
そんな前向きな心持で席を立った俺は、ぞわり。
隣で椅子を引く音が、寸分違わずシンクロしたのだ。
「そういえば、忘れてないわよね?」
リリィが被った笑顔の仮面が、眉間へと詰め寄ってきた。
心当たりが無い俺は、大急ぎで記憶の土を掘り起こす。
せっせ、せっせと、数秒後、罪の箱を掘り当てたスコップがカチンと鳴ったその時には、残念無念、もう手遅れ。
彼女の怒りは、熱を持って真っ赤に膨れていた。
「誰が暴力女よ!私だって、あんたなんか願い下げなんだから!」
叫んだリリィの拳が、俺の横っ腹を打ち抜いた。
突然の暴力、いや、処罰に屈し、膝から崩れ落ちた罪人。
その姿を見たルークは、口元を手で覆って、吹き出すのを堪えているだけで、手を差し伸べようともしない。
本当に気遣いが必要なのは、今なのだが。
これからは、言葉選びに気を付けよう。
そう、神に誓った。
◇
懐が寒い俺たちは、ルークの温情によって、国営の宿泊施設を貸してもらえる事となった。
安宿ですら有難いのに、贅沢な環境で休めてしまうのだから、持つべきものは王族の友人だ。
最後に俺を殴ってすっきりしたリリィは、宿に着くや否や、大欠伸。
寝ぼけ眼で部屋へ入っていった。
食べてすぐ寝ると牛になる。
きっと今頃、夢の中で草を食んでいることだろう。
まあ俺だって、健康的とは言い難い。
ルークから宿の従業員伝てに、深夜のメドエスト、最上階まで呼び出されていた。
目が冴えていたこともあり、散歩でもしようかと考えていたため、話し相手ができて好都合だ。
職員に誘導されたソファに座って、そう待たずして。
もう聞き慣れた革靴の音が、近づいてくる。
「お待たせしました。遅くに、申し訳ありません」
「構わないさ。けど、どうしたんだ?こんな時間に俺だけ呼び出すなんて」
「実はユータに、大事な頼みがありまして」
「良かった。早く恩を返したいと思ってたんだ。何でも言ってくれ」
頼み事の内容など、見当も付かない。
それでもやっと、助けて貰うだけの関係が終わることが喜ばしかった俺は、聞く前から積極的だった。
ルークの口元は柔らかく歪んでいるが、瞳はどうだろう。
蛍光灯の光が反射して白くなった丸眼鏡を、指でくいっと押し上げた彼は、一呼吸おいて、切り出した。
「ユータには、私たちの仲間になって欲しいのです」
「…仲間?どういうことだ?」
「昼間の大男の話を聞いたでしょう。転移者はこの大陸では気味悪がられ、あのような不当な差別を受けています。そんな差別を無くすための集団…それが、愛されし者です」
「愛されし者、ねえ…。何と言うか、カルト宗教っぽい名前だな」
失礼を承知で正直な感想を述べたが、ルークに気を悪くしたような素振りはない。
むしろ、その反応を待っていたかのように、ゆっくりと頷いた。
「そうかも知れません。しかし、賢者様の寵愛を受ける事は、私たち転移者にとって最大の喜び、そして誇りでもある」
「ルークが転移者…!?しかも、主導者はあの、伝説の賢者なのか!?」
「…私の生い立ちについても話しましょう。外では話せなかった、本当の生い立ちを。決して面白い話ではないけれど、君には聞いて欲しい」
微かに俯いたルークの、普段通りの声色に不思議と緊張し、俺は黙るのみ。
相槌すらも、できなかった。
俺が臆病風に吹かれていても、お構いなしの彼は、自らの過去を語り出す。
寂しいくらいに、淡々とした口調で。
「幼少期にグランシア大陸に転移し、ほどなくして奴隷商に捕まった私は、幼くして亡くなった第二王子の替え玉として、この国に。即日、自前の顔は焼かれ、転移者の魔法によって、王子の顔を移し替えられました。忘れもしません。顔を焼かれるあの痛み…初めて鏡を見た時の、言いようのないあの感情」
切れかけの蛍光灯が、パチパチと耳障りな声を上げる。
気にも留めないルークは対照的に、俺はその音が漠然と怖くて、頬にはじわり汗を浮かべでいた。
目の前の顔が作り物だなんて信じられなかったが、今日はエイプリルフールではないし、そもそも、異世界の地にそんな文化はないだろう。
これは、一生のトラウマ。
悲惨な記憶。
しかし、彼は言い淀むこともなく、口だけをパクパクと動かして、ロボットの様。
「その後も、碌な生活ではなかった。拷問器具を集めるのが趣味だった兄は、ギリギリまで私を拷問に掛けて、魔法で直す。それが、日課でした。そして二年前、とうとう腕を切り落とされました。戯れが、勢い余った。ただ、そんな理由でした。代わりを持って来なければ、と嗤われたあの夜は、酷く、絶望したものです」
「自分の都合で無理矢理連れてきておいて…。人間のやる事じゃねえ…!」
「不要になった私は顔と喉を焼かれて、城の外、ゴミ捨て場捨てられた。爛れた瞼で全てが闇と化した世界に…現れたのですよ。救世主が」
「例の賢者様か…じゃあ、その腕も」
「失われた腕と仮初の顔を神の魔法で修復し、あの方は仰った。転移者の力を知らしめ、何方が劣等種であるか、理解させようではないか、と」
思い出に浸って、瞳を輝かせたルーク。
それまではできる限り無感情に話していた彼の声に、憧れの気配がある。
逆に、誘い文句となった思想の危うさに、俺は不安を覚えていた。
力を知らしめる、という目的が暴力によるものならば、もし仮に達成しても、旗の色がひっくり返るだけ。
また違った差別を、助長するだけだ。
俺はそれを伝えようとしたが、心酔し切ったルークは止まらずに、捲し立てる。
怒涛の宗教勧誘に、口を挿む余地はない。
「完治して戻ってきた僕を見た兄は驚愕し、それ以降、気味悪がって関わろうともしてきません。おかげで僕は、自由になった。メドエストによる大陸随一の研究力を、愛されし者のために活用できる!」
「ルーク、もしそんな奴らに加担しているとバレたら、間違いなく大事になるぞ」
「忠告、ありがとう。…ですが、あの方の野望を叶えるためには、国家権力の一部を握る、私が必要。この絶対的な事実こそ、圧倒的、幸福!」
抑圧されていた感情を解き放つように、両腕をのびのびと広げたルークの姿は、国民を愛し、愛された王子様とは、やはり別人のようだ。
こんな一面を合わせ持つなんて、思ってもみなかった。
いや、それはどうだろう。
記憶を辿れば、出会った瞬間から、何なら、俺がルークに助けられた状況から既に、違和感はあった。
何故、あのような何もない場所に、馬車が都合良く通ったのか。
第二王子ともあろう者が、領地の外に、護衛も無しで。
それも、愛されし者の一員として、秘密裏に活動していたのだと考えれば、納得がいく。
「ユータ、僕と共に来てください。そうすれば、会いたいと言っていた賢者様にも、謁見できる!」
同胞を迎え入れようと、ルークがその手を伸ばしてきた。
彼の突拍子もない誘いには、賢者に会うまでの面倒事をすっ飛ばせるという、確かなメリットがある。
それに、転移者が集まるコミュニティなら、じいちゃんが今何処に居るのか、情報が手に入るかもしれない。
何より、初めての友人の頼みだ。
だが、もう一つの結論にも、目を向ける時が来てしまったようだ。
寿命を迎えた蛍光灯が、最後に一際激しく弾けたのが、号砲代わりだった。
「当然、差別されるのは嫌だ。人道的な世の中であるべきだと、俺も思ってる。じいちゃんの孫として恥じないような生き方をして、相応しい姿で会いたいんだ」
「それなら尚更、好都合じゃあないですか!ようこそ、愛されし者へ!」
勢いでハグでもしてきそうなくらい、ルークは歓迎ムード。
対して、過去の違和感をぐるぐる巡り、必要以上に答え合わせを繰り返していた俺の表情には、暗く、影が落ちていた。
何故、メドエストの運営をしているだけの男が、とち狂った患者を前に、ケロッとしていられるのか。
何故、あの患者は俺たちに向かって、必死に手を伸ばしていたのか。
彼は、闇雲に手を伸ばした訳でも、幻覚に謝っていた訳でもなかったのだ。
何かがあると、分かっていた。
ただ、ルークが友達と呼んでくれたあの瞬間から、俺は思考を止め、その後も全ての違和感から目を背け続けた。
なのに、盲信的な彼による嬉々とした罪の告白が、俺を心地良い夢から覚ましてしまったのである。
だから、ふらりと立ち上がった俺は、寝起きのようなものだったわけだが、寝ぼけ眼ではなく。
かけがえのない初めての友達を、睨んだ。
「話、聞いてたか?俺は、人道的であるべきだと言ったんだ、ルーク。…患者の目を刳貫くようなマッド野郎と、仲良く勧誘できる訳ねえだろうが…!」
後悔している自分が居るのが、嫌になる。
悪人を鋭く捉えたはずの視界は、どうしても、ぼやけていた。