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異世界捜索  作者: ンゴ
第八章
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第59話 頭脳対頭脳

 国境に構えられた、拒絶の門。

 じわじわと進行してくる転移者の軍勢には、人間だけではなく、大量の獣、数匹の翼竜の姿が。

 門の飾りの物言わぬ竜にすら威圧感があるのだから、息衝く竜となれば、一入だ。


 尋常ではない物々しさに曝された、実戦経験がない青年の、武器を握る指が震えていた。

 体は鎧の如く鍛え上がっていたが、恐怖を防いではくれない。

 こういった、若さゆえの弱点を補ってやるのは、我々、大人の役割である。


「今日は寒い。でも、もうちょっとすれば日が昇って、午後には温かくなるって予報だ。それまで、辛抱できるね?」


「副団長…!大丈夫です。俺は、やれます!」


 指から伝わってくる感覚に、驚いた。

 何と、青年の肩をぽんと叩いた俺が、一言声を掛けただけで、視認できる程だった彼の怯えが、何処かへ行ってしまったのだ。


 きりっと敵を直視する青年。

 反対に、彼から目を逸らした俺は、頭を掻く。


「素直でよろしいよ、全く」


 呟いた俺は、自らの腕章の派手さ加減に、呆れた。

 成程、どうやら副団長様には、予想以上の信頼が集まっているらしい。


 自己評価を他者評価が過剰に上回っているせいで、部下の前では下手を打てない。

 息が、詰まる。

 これを超える重圧を、たった一人で背負っていたのかと思うと、ブライスへの尊敬の念は、高まるばかりだ。


 真面目に意気込む我が軍に対し、門を挟んだ向こう側で足を止めた敵軍は、各々下衆な笑いを浮かべ、此方を眺めている。

 彼らが求めるは、騎士を殺す悦びか、無力な民草を蹂躙する快楽か。

 理性の乏しい転移者たちは、今か今かと、その瞬間を待ち侘びているようだった。

 そんなちぐはぐな彼らが、辛うじて軍隊としての形を保っているのは、司令塔による抑止力が効いているため。


 竜の背の上にて、一心不乱に祈る金髪のシスター、アイディー。

 一見、人畜無害に思える彼女が、ならず者たちを手懐け、統制を図っている張本人だ。

 

 リーダーである彼女を乗せる竜も、また特別。

 他の個体より一回りは大きく、まるで大理石の様に艶めく、黒い鱗に覆われている。

 子供の頃、破れる程読み直した図鑑には載っていなかった、異質な魔獣だ。

 

 緊迫した空気の中、単騎で接近した黒竜は、風を巻き上げながら、悠々と国境に着地した。

 その凶悪な顔の上まで駆け上がったアイディーと、騎士団の先頭で仁王立ちしていたブライスが、拒絶の門を挟んで、相対する。


「これはこれは、準備万端。情報が漏れていましたか」


「割に、余裕綽々だな。帝国相手に勝利を確信とは、自信家が過ぎる」


「ふふ…そうでしょうか。少なくとも、過信ではありません。その証拠として、皆殺しにして差し上げましょう。…永遠の命を手にした、皇帝以外は、ですが」


「永遠の命…?それは、夢の見過ぎというもの。陛下の若さは、化粧、手術の賜物だ。そこに、魔法も何もない。…賢者が望むものなど、存在しない」


「貴女が言うなら、そうなのでしょう。…だけどよォ、それがどうした?俺にとって都合が悪い話は、全部嘘として扱うだけだっつーの」


 噂の真相を聞いたアイディー。

 会話の途中で突如豹変した彼女は、下品に舌をべろりと見せ付ける。

 その拍子に、毛先がふわっと浮き上がり、耳朶に丸々開いたピアスの穴が、此方を覗く。


 ただ、二面性の不気味など、ブライスは気にしない。

 彼女の瞳にとっては、どいつもこいつも、ただのテロリストなのだ。


「理性の足りない獣畜生との会話など、時間の無駄か」


「…手前ら、クソッタレな帝国を蹂躙しろ!」


 愚弄され、苦虫を嚙み潰したような顔をしたアイディーは、黒い翼竜の背に括りつけられた、オンボロな拡声器へ、怒鳴り付ける。

 すると、呼応するかのように、地響きが。

 愛されし者の転移者と魔獣が、一斉に進軍する足音は、中々に威勢がいい。


 黒竜も翼をはためかせ、一気に空へと。

 その高度が安定する頃には、顎の中で炎の巨弾が完成していた。


「受け入れなさい…我々をけしかけ、人類を一掃しようという、神の意思を!」


 身勝手な思想をアイディーが語り終えるのと、竜の炎が放たれるのは同時だった。

 大気圏を超えた隕石の如く燃え盛る炎は、ブライス目掛けて一目散。


 それは、骨も残さず消滅させる程の攻撃だったが、前提として、相手が一般的な人間の場合に限った話だ。

 そう、帝国騎士団長ブライス・ハワードは、人間よりも、鬼神に近い生命体なのだ。


「温い」


 ただ一言、ブライスが発すれば、真っ二つに切り裂かれた炎の巨弾の残骸が、地に堕ちて勢いを失っていた。


 細剣の青い輝きが、舞い散る火の粉を払う。

 何事もなかったかのように、淡々と進む彼女だったが、魔獣の攻撃に対しての使用は実験無しのぶっつけ本番。

 帝国の技術者が立てた仮説を信じて疑わないのは非常に彼女らしいが、それでも、軽率に命を懸けるのは、止めてもらいたいものだ。


 そのまま接敵したブライスは、熊に乗っかった戦士に飛びつき、その左胸を切り裂くと、力を失った戦士から手綱をひったくって、更に、また更に交戦。

 手を拱いた敵軍の前線中央は停滞し、隊列がくの字に歪む。


「撃て!」


 すかさず、上から前へのハンドサイン。

 俺が叫び、横一列に並んだ自軍から、光の弾が発射された。


 魔具による一斉放射の、揃った軌跡が美しい。

 着弾した際の白煙さえも、殆ど同時に散り広がっていく。


 しかし、愛されし者の大群が、煙の中から再び。

 数の多さで効果が分散している上、特異魔法や純粋な回避行動で瞬時に対応できる、優秀な人間も混ざっている。

 幹部以外は簡単に対処できた前回とは、敵の質が違う。

 どれだけ都合良く戦局が進んだとして、死人の山が築かれるのは、必至。


 だから、何だ。

 こんな分析に、何の意味がある。

 自らを襲った負の感情を振り払い、俺も、アイディーと同じく拡声器に指示を飛ばした。


「騎馬隊は、団長が崩した箇所を追撃。後衛、援護中も翼竜の射線だけは常に管理しろ!怪我人は即座に後退、名誉の死など無いと思え!」


 忠実な騎士の隊は、やや尖形に変化すると、敵軍が放った魔法を掻い潜りながら、衝突。

 魔法の直撃で死んだ騎士はいなかったが、敵の跨っている魔獣が馬より力強いせいで、吹き飛ばされて落馬した一人が、蹴り殺された。


 アレは、さっきの若い騎士だった。


「翼竜の援護があるんだ、長期戦も不利じゃねえ!それでも早死にするような馬鹿の墓石にゃ、早漏野郎って刻んでやるぞ!未来永劫笑い者だ!」


 音質の悪いアイディーの声が、戦場に響く。

 知性の欠片もない荒々しい口振りだが、内容に関しては、的確じゃないか。


 敵は国土から離れて支援がろくに受けられない状況だが、一日と半分の時間を耐えてさえしまえば、先に崩壊するのは、此方側。

 戦いが長引けば長引く程、集中力を欠いた兵が、竜の炎に巻き込まれる可能性が高まるからである。

 つまり、最終的に市街地を防衛するためには、攻撃的に戦闘を終わらせる意識が必要だ。


 更に、アイディーの指示の影響を受けたのは、愛されし者の兵士だけではない。

 それが、一番の問題だ。


「舐めるなよ、下民共が!」


 嫌な予感がした直後、激昂した若者が前に出た。

 此方にまで届いたアイディーの舐めた語り口が、騎士の愛国心を弄って、スイッチを入れてしまったのだ。


 当然、単独行動は失敗。

 左右から狙われ、あえなく首を刎ねられる。


 斧を振るい、その無様を笑っていたのは、訓練も積んでいないような、ただの荒くれ者だった。

 あのような素人にチャンスを産んでしまうくらいに、感情という弱点が勝負を左右することを、アイディーは知っていた。


「気を急くな、過程を徹底しろ!甘えれば死ぬぞ!」


 状況がこれ以上悪化しないよう、再び拡声器を握る。

 取り敢えず、騎士たちは落ち着きを取り戻してくれたが、後手を打たされた事実は消えない。

 予想以上に狡猾な敵の指揮官が、微妙な表情をしていた俺を、空の上から嘲笑っていた。


 その嫌な視線に気付いた俺は、睨み返す。

 アイディーは、この笑みが強がりだと勘違いしているに違いない。

 実際に企みが動き出しているとは、露知らず。


「確かに君は馬鹿じゃなさそうだね。…けれど、君を失えば、彼らはどうなるのかな?」


 たとえ俺が死んでも、騎士は騎士。

 身体能力だけではなく、個人で考える力もある程度は備わった者が殆どだ。

 しかし、敵軍はそうではない。

 この機に便乗して戦線参加した傭兵は、個人の思考が鍛えられておらず、アイディーに操られた魔獣に至っては、ただ本能的に戦うだけである。


 あの脳味噌をぶち撒けてしまえば瓦解する。

 ならば、往くのみ。


「俺も前に出よう。まずは、ブライスに追い付かなきゃ」


「…副団長、ご武運を」


 遠くで、周囲の標的となっているブライスを見据えた俺は、高齢の騎士にその場を任せ、馬に跨る。

 高みの見物を決め込む悪魔の巣へと至る道筋は、既に構築されていた。

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