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第51話 追跡

「まさか、こんなに早く戻ってくる事になるとは」


「仕事だ。文句を言うな」


 頬杖を突いた俺、クリード・ミラーのぼやきを、上司が咎める。


 仰る通り。

 帝国の安全を守るという立派な仕事のため、俺とブライスの二人は馬車に揺られていた。

 国境の街、リンドにて。


 態々曰く付きの地へと出戻ったのだ、お巡りさんの如く、パトロールや交通整備をしに来た訳ではない。

 愛されし者のスパイ容疑が掛けられた、ミロ・アンテノーラとキロ・アンテノーラ、両名の身柄の確保。

 その重要な役割は、俺たちが賢者暗殺作戦から外れた理由でもあった。

 

 こんな場所まで来ずとも、掃除はもっと簡単に済む予定だったが、鼠はやはり鼠。

 嗅覚とすばしっこさだけは、人を上回る。

 二日前、アンテノーラ姉妹の宿泊している部屋へ突入すると、そこは既にもぬけの殻。

 先手を打たれてしまったのだ。

 

 それでもまだ、部屋に残された紅茶が熱を失っていない内に、端々の基地への連絡は済んだ。

 既に国境には包囲網が敷かれており、国外逃亡の術は無い。

 潜伏先も、候補は絞った。

 

 出し抜かれた自らのケツを拭くことに躍起になっていた俺は、無意識に貧乏揺すり。

 絨毯を挟んで、目を閉じ腕を組むブライスに、苛立ちや焦りは皆無。


 肝の太さが表れた堂々たる姿に、騎士は皆憧れる。

 彼女は正しく、騎士の鏡。

 俺とは、真逆の存在だ。


 本当は直視していたかったが、見惚れていると、仕事を控えた脳味噌が溶けてしまうような気がした。

 だから、俺は外を眺める。


 数日前に訪れたばかりの街。

 あの日との違いと言えば、死んだ英雄を尊ぶ落書きや、張り紙くらいだ。

 馬車の車窓から見える風景が、これからどうなっていくのか、未だに覚えたまま。


 いや、どれだけ長い時間が空いたところで、忘れられないのだろう。

 これは、掛け替えのない親友を失った瞬間の喪失感に関連付いた、墓まで引き摺っていく記憶だ。


 俺が物思いにふけっていると、ジジっとノイズを発した通信用の魔石から、聞き取れる程度の早口が。


「逃走中の二名、未だ潜伏中。副団長の指示通り、帝都からの派遣部隊によって、検問を継続しております」


「了解。暇過ぎて寝ないよう頑張って」


「…クリードさんこそ、サボらないで下さいよ」


 相手は二十歳の頃から馴染みのある、後輩。

 軽口は軽口で返ってきた。

 こういったやり取りを好む俺に、付き合ってくれているのだ。

 こんなにも可愛気がある奴は、からかってやらねば。


「ちなみに、団長も聞いてるよ。この会話」


「…失礼しました!」


 最高責任者が同席していると分かった途端、後輩は逃げるように通信を切った。

 その豹変っぷりが余りに可笑しくて、笑いを堪えられそうになかった俺は、口元に、手を。

 そうなれば、ブライスの眉に不機嫌の色が含まれる。


「…貴様は部下を甘やかし過ぎだ。今までとは立場が違うという事を忘れるなよ」


「そういうの、苦手でして。…アイツなら上手くやれたんでしょうがね」


 叱られた俺が逸らした視線の先には、自らの軍服の肩へがっちりと縫い込まれた階級章。

 ブライスの意向で空席となっていた副団長の座に、俺が任命された証である。

 帝都で行われたジェイクの葬儀の直後、俺は昇進を告げられていたのだ。


 ブライスの隣に居る権利、という意味では、予てより欲していたものだ。

 しかし、この場所を争った宿敵に譲り渡された結果、消去法でこうなっただけであり、決して自らの力で勝ち取った名誉ではない。

 そんな肩書など、何になる訳でも無い。

 達成感は無く、あるのは漠然とした責任感と虚しさだけ。


 今でもまだ考えてしまう。

 もしジェイクが生きていたならば、彼の方がブライスに相応しい男なのではないかと。

 民の命のため、躊躇なく魔剣を抜いたあの背中は、更に遠くなったように思えて、仕方がなかった。


「もうすぐ到着です。用意を」


 馭者に声を掛けられてすぐ、繁華街に入った馬の足が減速する。


 いけない。

 仕事中だというのに、無駄な事ばかりを考えていた。

 反省し、集中を求めて深く呼吸すると、ブライスが鼻を鳴らした。


「副団長の選考には、絶対条件があった。知りたいか?」


「…一応聞いておきます」


 らしくない、勿体ぶった言い回し。

 珍しさに釣られ、俺の視線は正面へと誘導される。


 そこには、常日頃と変わらない、厳しい表情。

 だが、久々に開かれたブライスの片方の瞼、その隙間から、僅かに別の感情が顔を出した。


「私を側で支える騎士は、常にライターを持ち歩いていなければならない。煙草の味も、吸えない辛さも分からない人間には、任せられん」


 俺は、見事に見入ってしまっていた。

 長い睫毛の間から現れた、銀と灰を帯びた色の、優しい瞳に。


 彼女にそっと触れられただけで、延々に頭の中を巡っていた引け目が、日に照らされた雪の様に溶けていく。

 普段他人に気を遣わない人だからこそ、この一時には、特別な価値があった。


「ブライス」


 何か言わねばと焦った俺が、彼女の名前を呼んだ瞬間、体が慣性に冷やかされる。


 目的地に到着。

 もう、扉は開け放たれていた。


「時間切れだ。上に立つ人間として、相応しい活躍を見せろ」


 そう言ったブライスの軍服が、光の下で生き生きと輝く。

 職務に不要な感情は、何処かへ消え去っていた。

 おかげで輪郭がはっきりとした、男勝りな魅力。

 素敵だ。


 想いが制御不能になる寸前だった俺も、彼女を追って馬車を下りてしまえば、騎士クリード・ミラーに。

 全能感すら生まれるくらいに頭は冴え渡り、踏み出した足には力が漲る。

 日々鍛え続けてきた口先も、絶好調だった。


「もし標的が暴れ出したら、ちゃんと守って下さいよ、団長」




 ◇




 華美な装飾をあしらった様々な器具が、騒がしい音を鳴らす。

 その音に脳を揺らされた人間が、涙や涎を垂らしている。

 緑色の広いテーブルをぐるり、等間隔にお利口に座った人々だって、同様。

 感情をこれでもかと昂らせ、今、とうとう気が狂ってしまった客が一人、黒服に連れていかれた。


 そんな、異様とも思える光景に、周囲は嘲笑を浮かべるだけで、驚きもしない。

 此処では、この程度の晒し者、日常茶飯事なのである。


「耳障りな箱だ。何が楽しいのか、全く理解できん」


 回転するスロットを一瞥したブライスが、顔を顰めている。

 想像していた通り、背筋の伸びた軍服姿が、酷く馴染まない空間だ。


 スロット、ポーカー、ルーレットなど、どれを取っても彼女が触れた事の無い文化だろう。

 およそ親しみを感じられる部分は、広いホールに充満する、副流煙の臭いのみか。


 リンド唯一のカジノ。

 俺は、この目がチカチカするような巨大施設に、逃亡犯が潜伏していると予想していた。


「この国で騎士が立ち入らない場所は、此処と性風俗店だけかと。人口密度も高く、派手な格好の人間も多い。隠れるにはピッタリでしょう」


「…あ、クリード様!遊びに来るの、久しぶりじゃないですか。待ってたんですからね!」


 酒を運ぶバニーガールが、気づいて話し掛けてきた。

 露わにされた体のラインにどうしても目が行ってしまうのが嫌だが、これは抵抗不可能な現象だと諦め、不埒な視線はそのままに。


 何処を見られているかなどお見通しだろうが、彼女も慣れたもので、嫌がる素振りは無い。

 寧ろ、背後のブライスの方が、機嫌を損ねている。


「カレンちゃん、ごめんね。最近仕事が忙しくてさ」


「…騎士が全く立ち入らない場所か。どうやら一名、入り浸っている馬鹿がいるようだが」


「こういった時のために現場を視察しておくなんて、ソイツは優秀ですね」


 ひそひそと背中に突き刺さる小言に怯えながらも、言い訳を絞り出す。

 理由があるにせよ、ブライスにバレていい話ではなかった。


 こうやって怒り出してしまえば、気が済むまで体罰を振るわれる。

 公の場であるため大人しくはしているが、ほら。

 密かに抓られている太腿の裏が、痛い。


「そういえばカレンちゃん、双子の魔法使いを見なかった?小さい女の子なんだけど」


「この辺りではそんな子見ませんでしたねえ。…もしかして、娘さんですか?」


 バニーガールの長い耳が、左右にプラプラ。

 俺とブライスを交互に見た彼女は、見当違いな予想を口にする。


 作戦の概要を漏らすわけにもいかないため、あやふやに返すしかない。


「そんなところかな」


「また適当言って。…それじゃあ、楽しんでいって下さいね」


 俺が曖昧に肯定した途端、更に増した痛みに顔を引き攣らせながら、離れていくバニーガールに手を振る。

 君のせいで、とんだ災難だ。

 恨んでいるのに、目だけは何だか喜んでしまっているのが、男の性。


 彼女が去り、俺の足がブライスの指から解放された。

 これでやっと、ホールを進める。


「さて、中央のルーレットより奥を探すとしましょうか」


「もう見当がついているのか?」


 俺が示した方針に、説明を求めるブライス。


 言わせてもらえば、頭脳明晰なこの俺が、当てずっぽうで行動する訳がない。

 過去の血の滲むような捜査で手に入れた情報を根拠とした、至極、ロジカルな判断だ。


「カレンちゃんは、ホール中央のルーレット…四番台までの接客担当ですから。ちなみに、あそこより奥はフローラちゃんの担当です」


「…詳し過ぎだ!」


 まだ赤い太腿が、長い脚に蹴り上げられた。

 実際、サボっていた際に手に入れた情報が活きているのだから、許して欲しいものだ。


 まあ、実のところ、こうやって叱られる事、暴力を振るわれる事ですら、俺は嫌ではない。

 そうでもないと、ブライスと日々を過ごすなんて、不可能である。

 きっと、ジェイクも同じ。

 被虐嗜好だったに違いない。

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