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異世界捜索  作者: ンゴ
第七章
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第44話 最大の敵

 赤と緑の髪が、そして火花が跳ねる。

 ジェシカ、ヘルキスの両名は眼前の敵に神経を集中、ただひたすらに打ち合っていた。

 それもそのはず、他の存在など彼らからすれば矮小であり、そこに注意を巡らせるメリットなど無い。


 刃には、明確で純粋な殺意。

 大剣と斧が互いの喉元に迫らんとする様子を見ているだけで、腹の奥にぐっと力が入ってしまう。


 二人が湛えた笑みは虚勢ではなく、心の底からの喜び。

 同等の実力を有した相手との立ち合いは、普段得られない快感を脳内に分泌していた。


 高みに到達した戦士にとって、得物を数回振るった後、標的が生き残っている事は珍しい。

 過剰な力には、虚しさが伴う。

 その虚しさをボリボリと噛み砕くのが、強者にとっての日常なのだ。


「下手糞が。そんな調子じゃ俺は殺せねえぞ」


「本当に口が良く動く。紅代わりにグリスを塗っているとしか思えんな。そっちも機械仕掛けにしたのか?」


 軽く煽ったジェシカに、応えるヘルキスも楽し気。

 勝利という結末を求めているようで、その反面、永遠を求めていた二人は、どこまでも戦いに没入していた。


 そんな、完全に思えた空間に、突如異物が混入する。


「まさか、この程度の仕事も任せられないとはな」


 背筋が凍りそうな程冷たい声には、およそ人間であれば持ち合わせているはずの感情が、見受けられない。

 無機質さを絵に描いたような男の目は、彼の身を包むコートよりも、深い赤に沈んでいた。


 ヘルキスのそれとはまた違う、静かで暗い威圧感が、距離の離れた私たちの肌をピリつかせる。

 純粋な世界を汚す嫌な空気の発生源を、勿論ジェシカは煙たがった。


「仲間外れにでもされてんのか?馬で来たのは手前だけだぞ」


「フン…魔獣の臭いが付いては敵わんだろう。鼻が腐ってしまっていれば、それも分からぬだろうがな」


 男は当然だとでも言わんばかりに、鼻で笑った。


 コートの至る所で主張する派手な装飾を見るに、身分の高い富豪か。

 周囲を見下したような高慢な態度も、予想を後押しする。


「そのせいで遅れたくせに、偉そうな口を…!」


 ジェシカと男のやり取りを聞いたアイディーが、向こうに届かないよう、呟く。

 おかげで、私はあの男が愛されし者の人間であると、敵であると判別できた。


 あの女ですら、不満を直接ぶつけられない相手。

 きっと、どれだけ警戒しておいても無駄にはならない。


「グレイド…今終わらせるところだ」


「貴様の役割は何だ?その女と遊ぶ事か?…違うな。帝国の愚民どもを見せしめに虐殺。それだけだ。我々に逆らえばどうなるのかを知らしめるために、貴様は此処に居るのだ」


「クッ…時間切れだ、戦士の女よ」


「逃げんのか?いっそ、二人纏めてかかってきてもいいんだぜ?」


「此方にも、やらなければならない事がある」


 表情を仕舞い込んだヘルキスは、挑発に乗らず引き下がる。

 しかし、後ずさった銀の斧は、追いかけてきた大剣の刃に捕まってしまった。

 ジェシカ・グリーンウッドは、一度狙った獲物を簡単に逃がすような女ではない。


「無抵抗の人間殺して回るのが手前のやりたい事か?…んな訳ねえだろうが!」


「ヌゥ…!」


 先までの嬉々に代わってそこにあるのは、怒りと失望。

 戦士として同次元にいるヘルキスが、自由とプライドを手放し、言われるがままになっている無様に御立腹だ。


 ただ殺すための剣とは違う更に重い攻撃に、感情の揺らぎが見え隠れ。

 後数秒あれば、その刃は何か大事な部分に届きそうだった。

 

 しかし、そうはさせまいと襲い来る紫の炎が、水を差す。

 泣く泣く肉体言語による説得を中断した彼女は、大剣を斧に押し付けた反動で後方へ跳ね、すんでのところで炎を躱す。


「あのお方の駒に過ぎない我々に、個人的感情など不必要」


「野暮な野郎だな。そんなに俺との二人っきりがお望みかよ」


「どうせすぐに消し炭になるのだ。誰が相手であるか…そこに意味はない」


 冗談に眉をピクリとも動かさないグレイド。

 彼が操った炎は悪魔の腕を形成し、ジェシカへと襲い掛かった。

 持ち前の反射神経と野生の勘で、指の間をすり抜けたジェシカの代わりに、その威力に曝された道路がごっそりと抉れる。


「あの炎、似てる…」


 私は独り言を呟いた。

 グレイドの炎と残された爪痕に、既視感を覚えたのだ。


 否応なく想起させられたのは、ルーライトで賢者と遭遇した際に見た、ユータの青黒い炎。

 もしユータが邪悪な衝動に屈すれば、あの男のように人間味を失ってしまうのだろうか。

 惚れた相手の性格が百八十度変わってしまうなんて、絶対に嫌だ。


「リリィ君!」


 戦場で下らない事を考えている時間などない。

 そんな常識を忘れて感慨にふけっていた私は、クリードの声に頬を叩かれ、ようやく我に返った。


 既に眼前まで迫っていた紫色の風は、展開された光の盾に直撃。

 持ち前の高熱で、障害を難なく食い破る。

 それでも一瞬の猶予ができたおかげで、横っ飛びが許された私は、軽い火傷のみで済んだ。


「ごめんなさ…」


「おい、誰かアレを止めろ!」


 ぼけっとしていた事に対する私の謝罪は、焦燥に遮られる。


 グレイドが抜いた刀の相手でジェシカが動けなくなった結果、解放されたヘルキス。

 彼は、街の奥へ駆け出していた。


 一般人には不可能な速度で移動する、アスリートチックな走り姿に、破壊されたルーライトの絶望的な情景が頭を過る。

 そうはさせまいと、私は魔力を絞り出し、電撃を放った。


 しかし、ヘルキスと私の間に立ちはだかった壁が、何もかもを遮断。

 サイの魔獣が割り込んできたのだ。


「形勢逆転、ってやつだなァ?」


 これから始まる地獄を想像し、下卑た笑みを浮かべるアイディー。

 頭で物事を考えるタイプとは対極だと思っていたが、見かけに寄らず、盤面を広く捉えていた。


 あの魔獣の足の速さでは、反応してから魔法に間に合わせる事は無理だ。

 つまり彼女は、最適解を瞬時に把握し、事前に行動していたのである。


「残りの魔力を全部吐いて盾を作る!その時間で詠唱を…」


「だめ、もう間に合わない…!」


 クリードが即座に提案するも、手遅れ。

 ヘルキスの背は、既に古代魔法の射程外まで離れてしまっていた。


 あとは、ゴールテープを残すのみ。

 誰も彼もが手一杯であり、もう脅威に抗うための手札は、残されていない。

 騎士団全員の表情に、絶望の色がちらついた。


 しかし、今行われているのは戦争であり、将棋とは違う。

 棋士だけではなく、駒自ら手を打つ事が可能だ。


「よく耐えた。エクセレントだ…クリード」


 それは、男らしい低い声。

 何処かで聞いた特徴的な声は、ヘルキスの向こう側、防衛線側から聞こえてくる。

 その主が誰なのかと、私が目を凝らしたと同時に、視界の端でヘルキスの体が爆発した。


 まあ、それは実際の話ではないが、爆発的ではあった。

 何かに衝突した筋肉の塊がビタッと止まり、その際に生じたエネルギーが空気と大地を一斉に揺らしたのだ。


 ヘルキスを覆った砂煙が風に消えると、身を張って巨体を制止していたのは、派手なドレッドヘアが印象的な、黒人の騎士。

 過剰な負荷を掛けられた両手両足が、はち切れんばかりに膨らんでいたが、それでも彼は、真っ白な歯を剥き出しにしている。


「ああ!手前、ユータ泥棒じゃねえか!」


 目だけで様子を窺っていたジェシカが、男の正体に気付いた。

 

 あの日とは服装が違っていたが、そう見間違えるような容姿でも無いため、断定できる。

 彼は間違いなく、一ヶ月前にユータを連れ去った馭者と、同一人物。


「…信用していいのね?」


「ジェイコブ・ジャクソン。俺の最大の敵であり、最高の仲間だ」


 あの男が現れた途端、クリードは落ち着きと自信を取り戻していた。

 

 文句の一つくらいはぶつけておきたい相手ではあったものの、そうも言っていられない。

 あのヘルキスの正面に立てる時点で、ジェイコブは掛け替えのない戦力。

 信用できるかできないか、ではなく、信用する他ないのだ。


 未だにヘルキスの足はじりじりと前進していたが、嵐の如き勢いは殺されている。

 きっちりと着た軍服の下でパンパンになって主張する、ジェイコブの強靭な肉体が、私たちにとっての最後の希望だった。


「ジェイク、でかした!今晩の酒は俺の奢りだ!」


 友との再会を喜んだクリードの声が戦場に響いた瞬間、ジェイコブが動いた。

 柔よく剛を制す。

 ヘルキスの推進力をしなやかに腰を捻って受け流した彼は、その勢いを利用し、巨体を地面へ。


「…私が酒を飲まないと知っている癖に、何を調子の良い事を」


「はて、そうだったかな」


 とぼけるクリードは顎に滴った汗を拭いつつ、したり顔を忘れない。

 勝利を確信していたアイディーは、その変化を見逃さず、渋い顔で舌打ちした。


 戦いは終盤。

 防衛線を突き破るための弾丸となったヘルキスを、時間いっぱい弾き返さなければならない。

 全ては、あっという間に軍服を脱ぎ去り、上裸でステップを踏んでいる、様子のおかしいあの男に託されたのだ。

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