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第43話 臆病な力

 此処は熱帯の草原地帯か、それとも、歴史に滅んだ闘技場か。

 実際のところ、コンクリートの建造物に挟まれた、平らな道路だ。

 似ても似つかぬ景色と錯誤してしまうのは、今まさに、怒れる獅子と象による決闘が催されているからである。

 

 ヘルキスが斧を振り下ろせば、硬いアスファルトもチョコレートの様。

 甚だ馬鹿げた威力だが、ジェシカによる型破りな斬撃も、引けを取らない。


 道路上を舞う美女と野獣は、共に凶悪な笑みを絶やさぬまま、命のやり取りを、二度、三度。

 そんな物騒な舞踏会を他所に、我々凡人には、凡人なりの戦場が用意されていた。


「同数での戦闘には付き合うな!死んだ奴は、団長に殺されるぞ!」


 指揮を執るクリードの忠告を皮切りに、掃討が開始。

 基地に蔓延していた緊張や怯えは鳴りを潜め、勇猛な声に溢れている。

 単身、先陣を切ったジェシカの、個の力が放つ輝きに、騎士団全体が意気軒昂としていた。


「私たちは残った魔獣を狙いましょう。予定通り、エリーゼさんは援護を」


「「了解」」


 弓を構えたダンの指示に息の合った返事をしたのは、エイラとエリーゼ。

 無言で剣を構えるジャックを含め、四人勢揃いだ。

 人殺しはともかく、専門分野の魔獣狩りとあらば、彼らの右に出る者は居ないだろう。


 余った獲物が、私とクリードの担当となる。

 空を見上げると、偉そうにはためくシスター服、その長いスカートから、唾が降ってきた。


「おい、あのユータとかいうガキ、お前等が匿ってんだろ?…彼の身柄を渡して下さい。お願いを聞いて頂ければ、民間人に危害は加えません」


「…それが、何者かに攫われてしまってね。俺たちも行方を追っている所だ」


「おいおいオッサン。下らない演技は止めな。…期待していますよ。賢明な判断を」


 翼竜の背中でヤンキー座りしていたアイディーは、表情を忙しなく変化させ、最後には淑やかに口元を抑える。

 いつの間にやら、大胆に開いた股も閉じられていた。


 交渉を持ち掛けられたクリードは、ぽりぽりと顎の下を掻き、長考。

 思わず、愛されし者にユータを売り飛ばしてしまうのではないかと疑うも、私の心配は杞憂に終わる。


「そんな事言われたって、居ないものは居ないからなあ。…まあ、仮に君の言う通りだとして、だ。テロリストの要求なんて呑んだら、団長に殺されちゃうよ」


「…そうですか、残念です。…魔法使い!俺のペットを山ほど殺した責任、取ってもらうぜ?」


 人格と会話相手を切り替えたアイディーが、舌をべろりと投げ出し、口内に仕舞っていたピアスを見せびらかす。

 ステンレスに反射した日光まで、此方をギラリ。

 

 ルーライトやアシュガルドで魔獣を殺めたのは、事実。

 だがやらなければ、私やオーランドさんが餌になっていた。


 加害者が身勝手に抱いた憎悪を聞き流した私は、クリードにだけ聞こえるよう、小声で問う。


「…経験ある?翼竜の相手」


「ある訳ないでしょ。君だけが頼りだ」


 クリードによる、相変わらずの他力本願。

 だが言葉とは裏腹に、声色の余裕は消えていない。

 そのせいで、私は彼のスタンスを咎める事ができなかった。


「無視とは良い度胸じゃねえか…全部燃やしてやるよ。お前等も、帝国の屑共も!」


 相手にされていない事に腹を立てたアイディーは、苛立ちを攻撃的な言葉でアピール。

 すると、飼い主の意図を汲み取った利口な翼竜が、顎をがばっと開き、そこに生まれた空間に炎の玉が作り出された。

 まるで隕石のように膨れ上がった炎は、見た目通りの挙動。

 空を見上げるちっぽけな存在目掛け、一直線だ。


 竜の攻撃を見慣れていた私は、横っ飛びで射線外へ。

 しかし、炎の変化をじっくり眺めていたクリードは、その場に取り残されてしまっていた。

 

 棒立ちの人影が、爆風と砂煙に呑まれる。

 余りに、呆気なく。


「クリード!」


 私は、焦燥感のままに彼の名を叫んだ。

 耳に届いた悲痛な叫びに、愉悦を覚えたアイディー。

 ペンキ塗りたてのベンチの様な真っ赤な鱗の上で胡坐をかいた彼女は、にやにやと此方を見下ろしている。


 そんな行いに対して何も感じぬくらいには、私はクリードの死を確信し、心中で自責に耽っていた。

 なのに、解けた煙の中に再び現れた影が、思いの外、人の形を保っているではないか。


「あーあ、こんなの喰らったら、火葬代掛からないじゃないか。折角今年から保険に入ったのに、意味が無い」


 煙が晴れ、露わになったクリードの軍服には、汚れ一つ無い。

 驚きはしたが、何故無傷で済んだのか、理由は一目で分かった。

 球形の壁が、彼を覆っていたのだ。


 源はきっと、鞘の中で緑色に輝く細剣。

 同じ色をした半透明の盾は、硝子細工の様。

 罅割れ、粉々になるのすらも綺麗だったが、竜の炎の熱だけでなく、その衝撃すらも耐え切る強度があった。


「そんな魔具、報告には無かったのですが」


「へえ…コレは知らないのね。…リリィ君、魔法を!」


 怪訝そうなアイディーの様子を面白がったクリードは、すかさず援護を要求。

 急いで私は杖を構え、尖った氷柱を形成、空に放った。


 砲撃の速度は決して遅くはなかったものの、発達した翼による敏捷性が、それを上回る。

 翼竜がくるりと旋回すれば、氷の槍は悠々と回避されてしまった。


「この距離じゃ当たらない!あんたの部下がやってたみたいに、魔具の攻撃で援護して!」


「…すまない、この魔具には盾を作る機能しかないんだ。先に言っておくけど、俺は魔法なんて使えないよ」


 支援を仰がれ、気まずそうに視線を逸らしたクリード。

 

 見る限り、帯びた剣はあの一本だけ。

 つまり、この男には遠距離攻撃の手段がない。


「クックック…ハーッハッハッハ!偉そうに命令してる癖、籠るしか能のねえインポ野郎じゃねえか!」


 状況を悟ったアイディーは腹を抱え、下種な笑い声を振り撒いた。

 

 彼女の言葉は汚く耳障りだったが、上手く反論できない。

 当のクリードに至ってはそのつもりすらないようで、自虐的に口元を歪め、同調すらしていた。


「その通り…俺はヘタレさ。だからこそ、この剣は良く馴染む」


「…あァ?殺しを他人任せにしておいて、開き直ってんじゃねえよ!」


「確かに、直接手を下した事は、まだ無い。それでも、彼らは俺の指示で命を奪っている。…俺だって、人殺しだよ」


 覚悟を語ったクリードに、剣が応える。

 彼と似て細く頼りない身から、眩い程の薄緑が溢れ出した。


 またも、球形の盾が空間に。

 しかし、光が包み込んだのはクリード本人ではなく、羽ばたいて宙に留まっていた翼竜の方だった。


「ここまで仕上げるのは大変だったよ。大きさは兎も角、狙い通りの座標に作るのは中々難しい」


「ッ…!出せ!出せ出せ出せ出せ!」


 状況の不味さを逸早く理解したアイディーの顔が、冷や汗塗れに。

 翼竜も、鳥籠に放り込まれた野鳥の如く暴れたが、光の盾から逃れることはできない。

 勿論、その場で無防備に膝を突いた私の、長ったらしい詠唱を咎める事も、叶わなかった。


「大地よ、星よ、全ての命よ。…聖なる光で碧霄へきしょうを断て、紫電一閃」


「おい…オイオイオイオイ!」


 古代魔法を一度その目で見ていたアイディーは、これから訪れる断罪に絶望し、慌てふためく。

 怯える彼女の声が余りに惨めで可哀想に思えたが、雷を纏った矢は無慈悲に放たれ、大空に轟音を響かせた。

 

 瞬く間に消えた矢の導線。

 その中間に位置していた光の球が真っ直ぐに貫かれれば、中で身を捩った竜の、自慢の翼が捥げた。

 

 背に乗っていたアイディーも無事では済まず、激しい電流に体を焼かれた全身の皮膚は真っ黒に。

 大量の細胞が死んで、固くなる。


「「ギャアアア!」」


 翼竜とアイディーのけたたましい叫びが、混じり合う。

 数秒後、翼を失った竜と無残な聖女の残骸が、重力を受け入れ、落下してきた。

 

 道路に叩き付けられ、最期に唸り声を上げた翼竜。

 べちゃりと悲しい音を立て、道路に潰れたアイディー。


 片方は微動だにしなくなり、もう一方は、すぐに脈動を始める。

 彼女は正しい人の形を、何度だって取り戻す。

 姿かたちだけ、ではあるが。


「…俺から言わせてもらえば、死の宿命から逃げ続ける君たちの方が、臆病者だ」


「俺たちは、賢者様の悲願を叶えるための道具。死んでる暇なんてねえんだよ…!」


 細剣の刃を向けられたアイディーも、彼女なりの覚悟を絞り出す。

 そして、やっと回復した唇にまだ皮膚の無い指を食み、笛を鳴らした。

 

 僅かな間をおいて、ぐら、ぐらり。

 大地が、徐々に震動し出した。

 近寄ってくる低い音の方向へ恐る恐る目をやると、やってきたのは、身の危険。

 当初ヘルキスを乗せていた、あの巨大なサイの魔獣が、此方へ駆けてくるではないか。


「グラアアア!」


 側まで辿り着いたサイの魔獣が前足を高々と上げれば、私もクリードも、広い影の中にすっぽり。


 遠くで視認した際は、ヘルキスの身長のせいで分かり辛かったが、その体躯は地に伏せた翼竜を超えている。

 筋肉のみが詰まっているであろう奴の足に踏み潰されたら、私たちの体がどうなってしまうのか。

 そんなことは、想像に難くない。


「「うおおおお!」」


 私とクリードは、恐怖を叫びで誤魔化しながら、一目散に飛んだ。

 数瞬前に体が存在していた場所が、質量の暴力に襲われたのを、背中で感じる。

 急いで身を起こすと、私たちを支えていた地瀝青じれきせいが粉砕され、嵐のように巻き上がっていた。


 自然から連れ出された生命体の、強大な力に足が竦む。

 ただの人間と魔獣の間に存在する絶対的な差に、精神が降伏しそうになる。

 

 だがしかし、どんな敵が相手であろうと私は戦い、勝利し、生存し、いつか愛を伝えるその時まで、命を繋がねばならない。

 熱情は、瞳に輝きを灯した。


「…アレの攻撃、あんたの盾で何とかなるの?」


「馬鹿言わないでくれ!盾ごとぺしゃんこに決まってる!」


「古代魔法は隙が無いと使えない。けど、普通の魔法じゃ、傷が付くかすら怪しいわ。どうすればいい?あんたが決めて」


 クリードの目に、ストレートな訴えを。

 特別な事は出来なかったが、コミュニケーションを取る努力が、功を奏した。

 声の落ち着きが伝播してくれたのだ。


 勇気が、灰色の脳味噌をマッサージ。

 数秒掛けて、向かいの瞳孔が平静を取り戻し、呼吸の音も、静かに。


「いや、大丈夫…大丈夫じゃないか。戦況は悪くない。あと一時間もすれば、避難が終わって援軍も来る。時間さえ稼げれば、それで良い」


 確かにクリードの言う通り、騎士団と転移者の競り合いは一方的に優勢。

 問題のヘルキスも、ジェシカが抑えてくれている。

 避難が終わるまでこのサイをあしらっていれば、防衛線を下げる事が可能となり、援軍との距離を縮められる、という訳だ。


 サイの図体は脅威だが、幸い機敏に動ける生物ではない。

 そのため、この魔獣が他の標的を狙おうものなら、古代魔法で簡単に背中を打ち抜ける。

 

 命を失わないよう逃げ回っているだけで、状況は更に好転していく。

 落ち着いて考えてみれば、この戦いは、実質的な終わりを迎えていたのである。


「ごたごた言ってねえで、さっさとくたばっちまえ!」


 アイディーの命を受けもう一度突進してきたサイの角は、走って二手に分かれた私とクリードの間を通過した。

 やはり、この程度の速さであれば、致命傷を受けずにいられる。


「…癪だけど、仕方ない。逃げるが勝ちだ」


「足、震えてるわよ。ホントに癪だと思ってる?」


 クリードの強がりを指摘して笑う私は、正直なところ、チェックメイトの目前まで到達している気でいた。

 そう思ってしまうのも、仕方が無いだろう。

 盤面に駒が揃っていない事なんて、私たちには知る由も無かったのだから。


 勝利の匂いが香る中。

 人を乗せた黒い馬が、ジェシカとヘルキスが戦っている方へ走っていくのが、ふと視界の片隅に映る。

 

 二人の側で馬を減速させた騎手は、華美な赤いコートを風に揺らし、優雅に下馬。

 誰も関与しようとしなかった化け物の檻の中に、自ら足を踏み入れた命知らずに、私の心はざわついていた。

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